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28. アーレンバーグの姓。

 ジェイクに姓を尋ねられたとき、ルイは“アードルング”だと答えた。けれども老婆に言われて思い出した。


 自分の姓は“アーレンバーグ”であったと。


 五歳のとき王に引き取られ、エングフェルトの姓をもらってから、この姓を名乗ることはなかった。ゆえに旧来の姓を忘れていたのだ。


 そういえばジェイクに教えた“アードルング”の姓は、旧姓を知りたがったルイにベンジャミンが教えてくれたのだった。


 どうして彼は、自分に本当の姓を教えてくれなかったのだろうか。多くの王族の名前を正確に記憶している彼が、ルイの姓を忘れているはずがない。


『あまり、バーベット王国の民とは関わるなよ』


 ベンジャミンの忠告する声が脳内に鮮明に蘇る。全身に鳥肌が立ち上ったとき、老婆が一層強い力で腕を掴んだ。


「ぼうっとしてなんだい、気持ち悪い。やっぱり悪魔の子は頭がおかしいんだな」


 吐き捨てるように放たれた言葉。老婆から腕を引っ掴んできたのに、汚いものでも触ったように振り払われる手。怒り心頭の様子で離れていく老婆を引き止めた。


「ちょっと待ってください! どうして僕の姓がアーレンバーグだと知っているのですか。悪魔ってなんの話ですか」


 肩を触ったら、ぱしっと片方の手で退かされた。その鋭い眼差しのまま、


「バーベット王国で“赤毛とペリドットのような瞳”を見たら、ルアーナの処刑を思い出さない国民なんていないんだよ!」


 と叫ぶと、彼女は今度こそ雑踏に消えていってしまう。


 やけに視線が刺さる感覚があるが、路上で揉めごとを起こしていたからではないだろう。老婆と話してから見ると、街行く人々は恐怖と好奇の目でルイのほうを盗み見ている。


 奥底にある記憶を引っ張り出そうとするも絡まるような不快感。“ルアーナ”という女性の名前には、聞き覚えがある気がしてならないが、明確には思い出せない。エングフェルト王国では公開処刑を行わないことになっているので、処刑と言われてもイメージさえ湧かない。


 何事もなかったように小料理屋に戻ることも出来ず、壁のほうを向いて立っていた。


 すると背後から肩を掴まれた。またあの老婆か、と警戒して振り向くと、そこにいたのは微笑んだシェルマンだった。


「ああ、やはりルイさんでしたか。どうされたんですか?」

「どうしてここに……」

「今日のパフォーマンスを見て、私の興奮が治らなくてねえ。今ならお二人に感想を伝えられるんじゃないかと思って追いかけて来たんです」


 これまでと変わらない穏やかな口調を聞いているうちに、なぜだか涙が浮かんでくる。気付かれないように瞬きを繰り返して誤魔化す。


 そういえば、老婆は言っていた。『思い出せない国民はいない』と。


 彼もなにかを知っているかも、と思って、言葉を選びながら縋るように尋ねる。


「シェルマンさまは、その。僕の髪を見てなにか思ったのでしょうか」


 彼ははっとした表情をした。周囲を見回し、刺さる視線を感じ取る。


「誰かに聞いたのですか。あの処刑のことを」


 壁のほうに顔を向け、耳打ちする彼は顔面蒼白だった。老婆のことを話すと、大きなため息をつく。


「口に出してはいけないと散々言われているのに」

「僕にはなんのことやら分かりません。いえ、うっすら分かりそうで分からない。どうか教えてくださいませんか」

「……後悔しませんか。世の中には知らないほうが良いことも多くありますよ」


 厳しい言い方に一瞬怯んだが、ルイははっきりと答えた。


「教えてください」


 ため息混じりに、分かりました、と言ったシェルマンは、ルイを連れて小料理屋の建物の陰に入った。周りを気にする素振りを見せる。


「エングフェルト王国とバーベット王国は過去に約束をしたのです。『“あのこと”を語り継ぐような真似はするな』と。私がルイさんにお話しするのは命懸けだとご理解くださいね」


 頷くと、ひとつ深呼吸をして話し始めた。路地裏はやはりゴミの異臭が充満している。


「ルアーナ・アーレンバーグ。それがルイさんのお母さまの名前です。十五年前に亡くなっている、そうですよね?」

「はい。僕に母の記憶はほとんどありません」

「ルアーナはベンジャミン陛下の兄、ロマン陛下の婚約者でした。このことはエングフェルト王国では公表されていませんでしたが、バーベット王国では噂になっていました。ロマン陛下についてはご存知ですか?」


 ロマン・エングフェルトとは会ったことがない。けれどもベンジャミンからよく話を聞いている。ユーモアに溢れ、スクールでも友人が多かった一方で、確かな威厳がある次期王にふさわしい人物であった、と。


 それを話すと、シェルマンは深く頷いた。


「その通りですね、隣国にまでお噂は届いていましたよ。誰もが、彼が次期王になって国を導くと信じて疑わなかった。しかし、彼はベンジャミン陛下を身を挺して守り、亡くなった」

「守った、というのは?」

「ベンジャミン陛下の側近であった男性が、裏切ってクロスボウでの暗殺を図ったようです。男性については詳細が公表されていませんので詳しいことは分かりませんが」

「つまり僕の母は突然婚約者を亡くした。その後母は僕の父と結婚したはずですが、なぜ母が処刑なんて……」


 シェルマンは目を伏せた。口に出すことを躊躇している様子を見て、ルイは先を聞きたくないと思った。


 けれどもここまで聞いた以上、もう元には戻れない。もう今までと同じようにユスティーナやソフィアに接することも出来ない。


 静かに彼が口を開くのを待つ。すると彼も一度唇をきゅっと結んでから言葉を発した。


「ルアーナは、ベンジャミン陛下の妃を……殺害したのです」


 ルイの喉がヒュッと変な音を立てた。

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