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09.命名「攻略情報ノート」

 ……

 …………重っ。


 イヤイヤ、重すぎだよ。私の名前があったから、つい開いてしまったけど、予想もしてなかった、まさかの深刻っぷり。


 お嬢様の闇を見た。


 ちょっと、これ……見なかったことにして、元に戻そうかな……私こそ、動悸と手汗がひどい。

 これ、だいぶ分厚いけど、この後も恨み辛みが書き連ねてあるんだろうか。……いや、読むけど。読んだほうがいいとは思うけど。


 うーん。でも今日じゃないな。もう私のキャパは限界で、これ以上ツライ成分を摂取したら、病気になるまである。

 うん。よし、隠そう。


 とりあえず立ち上がって、元ある場所にノートを収めた。


 それにしてもこれ、読む前は気付かなかったけど、持った感じが、普通より重いような、普通より冷たいような気がする。単純に私の気持ちの問題かも知れんけど。

 ……まさか、呪いとかかかってないよね。いつか、誰かに相談できたら見てもらいたいな。最後に触った人が死ぬとか。ありそうで怖い。


 こんなときはあれだな。ハーブティーだな。あ、真夜中だからお湯もらえないか……

 魔術が得意なら自分で沸かせるのに……


 はぁ……なんか、もうだめだー。あ、空が綺麗……


 現実逃避とばかりに、よじよじと窓枠に登り、膝を抱えながら、白んでいく空を見つめていた。窓ガラスに頭をこてんとつけると、ひんやりと気持ちいい。


 ……だけど、この状況、なんか聞いたことある気がするんだよね。あれかな、前世でよく読んだ悪役令嬢もの。断罪といえば、定番だよね。


 よく分からないけど、お嬢様の言うあの女っていうのも、きっと主人公だったんじゃないかな。

 あれ? そうすると、全然、気付いてなかったけど、お嬢様って、悪役令嬢だったのか。

 確かに、美人で気が強くて。うん、適役だね。始まる前に逃げ切るとか新しいけど。


 よし。あのノートを攻略情報ノートと呼ぼう。普通ならネットで攻略情報を調べるところだけど、その代わりに。


 もし、本当に私が悪役令嬢の代わりなら、攻略者の貴重な情報が分かるのはありがたい。よく読めば、破滅を防げるかもしれないし。


 だけど、ちょっと怖い(重い?)から、とりあえず、主人公と、フィリップ殿下と、義弟クリフ(?だっけ)を出来るだけ避けて暮らして、どうしようも無くなったら続きを読もう。


 方針を決めた私は、すっかり明るくなった外を見て、そろそろいいかと、侍女を呼び、ハーブティーを飲んで寛いだ。もちろん、落ち着かないので退室してね、と頼むことは忘れない。にわか侯爵令嬢は、周りに人がいると落ち着けないのだ。




 *******




 お嬢様、元気かな……


 怒涛の展開に自分のことだけで精一杯だった私は、ハーブティーをゆっくり飲んで、はふっと息を吐き出すと、改めてお嬢様のことを考えた。


 酷い境遇だった私をせっかく拾ってもらったのに、日々の我がままに、ただただ白目で付き合うだけで、お嬢様の気持ちに何一つ気付かなかった。


 ここまで深い闇を抱えていたのに、一番近くにいたのに、我がまま放題のお嬢様の辛さに気付けなかったことが、心に重くのし掛かっていた。のん気すぎでしょう、私。


 前世を合わせて三十うん年、ここ数年はずっとそばにいたのに。よくよく観察すれば、手を差し伸べることができたかもしれない。


 前世でも、にぶいにぶいと言われてたけど、自分のにぶさに、ずーんと落ち込んだ。完全に才能ない気がするけど、頑張ろう、人間観察。


 罪悪感と、ブレずに目的を達成したお嬢様への賞賛と、色々なベクトルの気持ちがごちゃ混ぜになって、なんとなくお嬢様に抗議したい気持ちが、ぷしゅーと小さくなってしまった。


 いや、私だって大変だったよ? みんなを騙して、王族まで騙して、内心真っ青ですよ。

 でも、お嬢様の半生を知った今、それでも戻ってこいとか、鬼でしょ。鬼の所業でしょ。


 心が折れて、今も呪いを発していそうなお嬢様を含めて、アムスベルク家全員(使用人含む)、今まさに、崖から飛び降りてるような状況だけど、なんとか軟着陸を目指したい。


 自分が犠牲になってもいい、とまでは思えない。だけど、私も、この家のみんなも、無事に生きられる道を探すくらいなら出来るかな。


 だって、このまま私まで逃げたら、お嬢様がまた捕まっちゃうんだよね……そうなったら、もうホラーですよ、多分。怖い。


 自分の罪悪感をなんとか拭うためにも、より怖ろしい未来を避けるためにも、もうちょっと頑張らなきゃいけないのか。そんな諦めにも似たやる気が芽生えてきたころ、静かに、だけど迷いなく、ドアが開けられた。


「ゾフィーお嬢様。侯爵さまがお呼びです」


 クールな表情を崩さない侍従ルドルフの登場である。


 うん、そうだよね。短い付き合いだけど、ドアはノックしないタイプだろうと思ってたよ。

 軽くため息をついた私は、平常運転のルドルフになんとなく安心しつつ、立ち上がってアムスベルク侯爵の執務室を目指した。

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