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08.パーティーの後

「緊張しているのか?」


 堅い表情のまま内心ダンスのステップを数え続ける私に、お相手のフィリップ第二王子が声をかけた。ちょ、ちょっと待って……今、カウント忘れるとつまづきそうなんですけど。


 なんとかカウントを続けながら困った顔で見つめると、気持ちが通じたのか、少しいじわるそうに口角を上げて、耳元に近づくとささやいた。


「お前はダンスのステップは考えなくていい。俺のリードだけ見ていろ」


 いきなりのお前呼びに思わず息がぐっと詰まる。あっという間に真っ赤になった私に、笑みを深めると、ボールドを強めて、少し強引に身体を動かし、曲の少し先を教えてくれる。


「ほら、考えなくても大丈夫だろう?」


 第二王子は、平気な顔でそう言うが、男性との接触に慣れていないこちらは、強く密着する身体に、かえってなにも考えられなくなった。


「あ、あの……もう少し離れてもらえますか?」


 涙目で訴えると、第二王子はますます嬉しそうに目を細め、さらにホールドが強まった。ダンスって、ここまで密着する必要あるの? 紳士、淑女の境界超えてると思うんですけど!?


 数少ないダンスの先生との密着度の違いに、混乱で目が回り始めた私に、顔を近づけてきたフィリップ第二王子は、爆弾を投下した。


「……ところで、お前から魔力の揺らぎを感じるが。……悪巧みでもしてるんじゃないだろうな?」


 混乱の最中、軽い世間話の雰囲気で聞いてきたので、うっかり頷きそうになる。やばい。背中を変な汗が伝う。なんて返せば? えっと……えーと? なんだっけ? ルドルフがなんか言ってたような……


「お……」

「お?」

「お、…乙女の秘密ですっ!」


 恥ずかしさと混乱で涙目になりながら言い切った。すると、調子良くステップを踏んでいたフィリップ第二王子が、ガクッと崩れ、足を踏みそうになった。


 曲も終わりかけだったので、これ幸いと第二王子のホールドを抜け出し、礼もそこそこに、目を伏せたまま、アムスベルク侯爵の元に駆け出した。


 もうムリだ。色々無理だ。礼儀がどうとか言ってられない。今日はこれが限界。アムスベルク侯爵に泣きついて、残りの時間は、侯爵の後ろにくっついて過ごさせてもらおう。


 フィリップ第二王子が呆然と見つめているのも気付かず、私は今日の仕事の終了を、心の中で宣言した。


 その後のことは、あんまり覚えてない。


 夕方にパーティーが終わり、ぐったりした私を、侍女たちがまたしてもお風呂で磨き上げ、疲れすぎて呼吸が苦しくなったあたりでようやく解放され、そのまま倒れるように眠りについた。


 このままでは、また過労死してしまう……というのが、最後の記憶だった。




 *******




 目が覚めると、あたりは真っ暗で。身体は思ったよりスッキリしていた。倒れたのはほぼ夜だったから、これだけスッキリしてるなら、次の日の夜になっていてもおかしくないな、とまず思った。


 寝過ぎたせいか、真っ暗だというのに眠気が全くというほど無くなった私は、誰かを起こさないようにゆっくりと部屋の中を歩き回り、今日の怒涛の展開について考えた。


 今日は本当に大変だった。また過労死するのか、そんな考えが頭をよぎるくらい、正直、身体も心も限界だった。割と過酷なこの世界でも、14歳で過労死を心配するのは、私くらいだろう。そもそも過労死ってこの世界にあるのか? 前の世界では、ちょこちょこニュースになっていたけども。


 そう……実は、私は前世の記憶を持っている。生まれたときから知っていた知識が、この世界のことじゃないと段々分かってきた子ども時代。最初の頃は、ムキになって周りに説明してたけど、だんだんと口をつぐむことを覚えた。だって、誰も信じないのだ。そうして、誰にも言わないことに慣れていった。


 前世で私は、小さい頃から夢だったアニメの制作に関わるため、専門学校で勉強し、なんとか作画の仕事に就いたくらいの年齢だったと思う。


 好きな仕事に不満は無かったけど、定番の低賃金に長時間労働はやっぱりしんどくて、なんとかノルマをこなして深夜にコンビニでチューハイを買い、歩いて帰る途中で胸が苦しくなったことだけ覚えてる。


 アニメの途中で、なんか主人公の顔が変だなと思うことがあったら私かも。すまぬ。あれは手抜きではない、下手なだけだ。これから上手くなる途中だから、暖かい気持ちで見守って欲しい。脱線……


 とにかく。気付いたときは孤児院で、魔術が生活に根差した世界を知るにつれ、あー、これが転生かー、どうせなら、チートな能力とか、人外の美貌とか欲しかったなーと思ったことを覚えてる。


 転生前の親は悲しんでるかもしれないし、せっかく就いた仕事のことは残念だったけど、彼氏もいなかったし、一人暮らしの寂しい生活に、どうしても戻りたいとまでは思わなかった。


 ただ、薄い本とか、コアなアニメとか、誰にも見せられない黒歴史を処分すればよかったと、誰かに見られる可能性を考えては身悶えてた。親に見られたら恥ずかしくて死ねる。こんな娘で申し訳ない。


 なぜか転生したこの世界、孤児院なんて厳しい環境に生まれちゃったなあと思ったものの、たまたま貴族の義務として施しに(イヤイヤ)来ていたゾフィーお嬢様に、気まぐれで拾ってもらえてラッキーだった。


 昨日までの私は、呑気にもそう思っていた。


 まさか、あんなに何も考えていなそうな、我がままゾフィーお嬢様が、今日を狙って姿を消すとは。私が身代わりになるなんて荒技を、侯爵さまが思い付くとは。


 人生なにがあるかわからない。


 コツン……っと、……思考にハマりすぎていて、ゾフィーお嬢様の机の足にぶつかってしまった。ぶつけたすねをさすった後、意味もなくツヤツヤした机を撫でながら思う。


 ……ゾフィーお嬢様、早く見つかって欲しいなあ。こんな暮らし、小市民の私には負担なだけですよ……私、どうしたらいいんでしょうか。


 ふと、昔、ゾフィーお嬢様とかくれんぼした日のことを思い出した。あの日、単なるかくれんぼはつまらないと、お嬢様の号令で、使用人が総出で2人を探し出す、一大イベントになった。家中を使用人たちが駆け回る中、この部屋に戻ってきた私たちは、この机の中に隠れることにしたのだ。


 この机、引き出しの後ろに少しスペースがあって、引き出しの後ろの板を外せば、なんとか子どもが1人は隠れられたんだよね。


 もちろん、ゾフィーお嬢様は私に指示を出すだけで、実際にスペースを作ったのは私で。作ったスペースにはお嬢様だけが入って。上手に隠れたと得意顔のお嬢様だったけど、机の前に立ちすくむ私を見た使用人たちが、あっという間にこの机に狙いをつけ、お嬢様を発見したのだった。


 そうそう、この裏の板って、なぜか外れるんだよねー。わー、懐かしい。


 深夜のテンションのせいか、パーティーの後の高揚感のせいか、なぜかかくれんぼスペースの確認を始めた私は、ガタンっと外した板の下から、日記のようなものを見つけて固まった。


「フィーナへ」


 表紙には、見覚えのあるお嬢様の書いた文字が黒光りしてみえた。

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