07.誕生パーティー(そのよん)
「やあ、ゾフィー。そのドレスも可愛いね。ほら、こっちにおいで」
会場に戻ると、侯爵がさっそく気付いて私の手を取り、広場の中央の高台へと誘った。
「これから、私とフィリップ殿下で魔術を使った模擬戦をやるんだ。ゾフィー、君はここで見守っていて、勝者に祝福してね」
模擬戦!? おめでたい誕生パーティーで、そんな物騒なことをやるとは思わなかった。
「あの、お父様? お怪我に気をつけてくださいね?」
この期に及んで、侯爵にまで何かあったら困る。どちらかというと自分の心配から、声をかけた。
「大丈夫。ゾフィーは、優しいね。これからやる模擬戦はね、ほら、そこにある大きな石造りのチェスの駒を魔術で動かすんだ。だから、壊れるとしてもあの石像だけで、危険はないよ」
侯爵は、ふわっと笑うとそう言って、目の前の石像群を指した。さっきは気づかなかったけど、確かに整然と石像が向かい合っている。
「本当は、ゾフィーの魔術のお披露目のはずだったんだけど、正直、今のゾフィーの魔術ではお披露目にならないから……」
侯爵は、残念そうに私を見た。なるほど、私ではお話にならないと。分かります。魔術の才能に必要なのは、血統とも聞く。私があまりにしょぼい魔術を使えば、侯爵令嬢としての正当性に疑問符がつくかもしれない。
一番得意な風魔法で頑張って、やっと小石を浮かせられる程度の私が、この大切なパーティーで実力を露わにしたらまずいということだろう。
「フィリップ殿下に、ゾフィーの体調不良ということでご相談したら、代わりの余興に乗り気になっていただけたので、急遽、準備したんだ」
「なるほど。お気遣いありがとうございます。では、ここで応援していますね」
やるべき仕事が減った私は、にっこりと侯爵に笑顔を送る。負担が減る分には、大歓迎だ。
「じゃあ、ここで応援してて。ルドルフ、君は念のため、ゾフィーを守ってね」
そういうと、侯爵はさっそうと高台を降りていった。招待客も大きなチェス盤の周りに、遠巻きに集まってきていた。フィリップ第二王子も対面で準備完了といった様子だ。
「では、始め!」
いつのまにか私の隣にいた、アムスベルク侯爵家の執事が、開始の合図を送る。
「水の民ウンディーネよ! 我が求めに応じてその矛を石像に宿せ!」
「火の民サラマンダーよ! 永久の友、我が告ぐ! 顕在せよ!」
水属性の魔術を使うアムスベルク侯爵に続いて、火属性の魔術を使うフィリップ第二王子が声高に告げると、それぞれの掲げた手の平に光が集まり、その光が放射状に石像群を照らした。
ガシャッ! 光を受け、向かい合った石像が、足を揃え敬礼すると、前列全てが盾を構えながら、向かいの敵に向かって進みだした。
あれ? チェスってこんなんだっけ? 困惑する間にも、石像はズズッ、ガシャッ! ガシャッ!と派手な音を立てて進んでいく。
「どうかなさいましたか?」
内心困惑していると、後ろから万能侍従のルドルフが声をかけてきたので、小声で聞いてみる。
「チェスって言っていたから、一駒ずつ動かすのかと思って」
「魔術の競い合いですから。一駒ずつ動かすゲームは、どちらかというと知略の競い合いですよね」
そうなの? まあ、そうか、そうかもね。当然のように言われると、それが常識って気持ちになってくる不思議。
話している間にも、石像同士の距離が縮まる。と、侯爵側の石像が剣を抜く。青い炎を纏った刀身をザンッと振り降ろすと、目の前の石像が真っ二つになって、上半身がドシャッと地面に落ちた。
うわ! 一撃なんですけど。盾の意味ないじゃん!
焦っていると、端のほうで、今度はフィリップ第二王子の石像が、こちらは赤い炎を纏った剣を抜いた。こちらも一撃を奮うと石像が叩き潰されたように粉々になる。お返しとばかりに、侯爵側の石像が、剣を横向きに振るって、三体ほどの石像を粉々に吹き飛ばした。
目の前の惨劇に、もはやあんぐりと口を開けることしかできない。紳士のスポーツ的な何かを想像していたのに。なんなんだ、この破壊の限りを尽くす殺伐とした空気は。
優雅なはずのパーティー会場が、あっという間に砂ぼこりの舞う荒涼とした大地に変貌した気がした。ただ、実際には、結界のようなものがあるのか、チェス盤を超えて破片や砂ぼこりがこちらに来ることは無かった。
呆然としている間にも、侯爵側の石像の一つが、バラバラになった元石像の破片を乗り越え、キングに立ち向かう。対するフィリップ第二王子も、何体もの石像で守りを固め、盾で凌いでいる。
先ほどは役に立たなかった盾も、今は侯爵側の剣をなんとか防いでいる。魔力を込めると違うのだろうか。侯爵もフィリップ第二王子も、一見落ち着いて見えるが、魔術に詳しい人が見れば、二人の激しい駆け引きが見えるのかもしれない。
と、侯爵側の後ろから一つの石像が、重い身体を物ともせず、味方の石像の背中を駆け上がって、飛び上がりながらキングに剣を振り下ろした。
グシャッと大きな音を立て、キングの頭が砕かれる。第二王子側も、飛び込んできたこの石像を後ろから切り捨てるが、間に合わなかったようだ。
「チェックメイト! 勝者、アムスベルク侯爵!」
執事がそう叫ぶと、歓声が沸き起こった。私も、あまりの迫力に、我を忘れて賞賛の拍手を送っていた。
侯爵が手を振り下ろすと、もうもうと砂ぼこりが巻き上がっていたチェス盤の範囲に雨が降り、パーティー会場は、あっという間に元の清浄な空気を取り戻した。
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「素晴らしかったです! お父様!」
「ありがとう、ゾフィー」
高台に戻ってきたアムスベルク侯爵に、興奮覚めやらぬまま紅潮した顔で駆け寄ると、ひょいと片腕で抱き抱えられてた。細身なのに意外と力持ちなのね……って、段々と恥ずかしさが優ってきた。
「ちょッ、お父様! 恥ずかしいです! 降ろしてください」
「ダメー。勝者に祝福でしょ」
そう言って顔を近づけてくる侯爵に、思わず首を傾げる。えっと? 祝福と言われてもなにをすれば?
はてなマークを派手に飛ばしていると、侯爵が顔を近づけてきた。
「女神の祝福といえば、ほっぺにキス、でしょ」
……うわー。想像しただけで恥ずかしい。いや、無理でしょ、今日一番の無理案件。出来ません。真っ赤になって、首を高速でブンブンと振った。
「しょうがないなぁ」
そんな私を見て侯爵はそう呟いて、私の手に優しくキスすると、招待客にも見えるように、私の手を高く掲げた。
真っ赤になって俯く私と、私を抱えて離さない侯爵に、招待客から模擬戦が終わったとき以上の拍手が送られた。恥ずかし死ねる。真っ赤になって頭から蒸気を出し始めた私をやっと降ろした侯爵は、フィリップ第二王子を高台に招いた。
「若干14歳にして、私と同等以上の戦いを見せたフィリップ殿下にも、惜しみない賛辞を!」
侯爵がフィリップ第二王子の手を掲げると、先ほど以上の歓声と拍手が鳴り響いた。
私と侯爵のやりとりを見て苦笑いをしていた第二王子は、それでも高台に上がると、キラキラしい笑顔で招待客の歓声に手を振った。こちらも、さすがに慣れているのか、客のあしらい方にそつがない。
フィリップ王子は、にこやかに私に近づくと跪いて手を差し出した。
「ゾフィー嬢、残念ながら敗者となってしまったが、私にも祝福の栄誉を賜れるだろうか?」
えっ? ……えっ? 栄誉ってなんだ。ほっぺにチューなら当然、無理だけど。というか、ほっぺにチュー体勢にも見えないし……
だいたい、王子を跪かせるのってまずいのでは……どうしたらよいか分からず、オロオロと挙動不審になりかけたところで、いつのまにか背後にいたルドルフに手を差し出すように促される。
なんだ、手に手を乗せればいいのか。ふー、無駄に焦ったが難しいことでは無かった。せっかくなので、さっきの感動をお伝えしよう。第二王子の手に自分の手を重ね、声をかけた。
「フィリップ殿下、素晴らしい試合でした! どうか負けたなどと思わないでくださいませ。14歳だった頃のお父様より今のフィリップ王子の方がずっと強いだろうと思いますもの。どうか私たち国民のために、このまま研鑽を続けてくださいませね」
にっこり笑うと、両手でフィリップ第二王子の少しゴツゴツした手を包んだ。きっと、日々、剣も握っているのだろう。最初は自信過剰すぎると思ったが、努力家が国の上に立つのは良いことだ。一国民として心強い気持ちになる。
ただ、偉い人に跪かせたままでは落ち着かないので、そのまま、ニコニコしながら第二王子に立ち上がるよう手を引いた。
フィリップ第二王子は、びっくりした顔をして一瞬固まったが、苦笑いした後、立ち上がって私に恭しく礼をした。
「ゾフィー嬢、……感謝する」
後からルドルフに、普通は手の甲にキスしてもらうものと聞いて固まった。びっくり顔の意味はそういうことね。でも、そうして欲しいなら直接言ってくれればいいのに。……情緒が無い? あ、そう。