06.誕生パーティー(そのさん)
部屋に戻り、バタッとソファに飛び込もうとしたら、侍女にやんわりと道を塞がれた。さすが、あのお嬢様のお世話に慣れている当家の侍女たちだ。あっという間に取り囲まれてしまった。
「ゾフィーお嬢様。お疲れとは思いますが、お立ちのまま、衣装替えにご協力くださいませ」
「でも、足が痛いの」
侍女の有無を言わさない態度に、それでも口を尖らせながら弱音を吐く。先ほどまでは緊張で気にしていなかったが、いったん気付いてしまうと、綺麗に歩くのが難しいくらい、足が痛い。お願いだから、そこのフワフワのソファに座らせて欲しい。
「そうですか。……では、いったんお座りください。おみ足失礼します。……擦りむけていますね。靴のサイズが合いませんでしたか?」
「そうみたい」
足の大きさは、お嬢様とほぼ変わらないはずだが、さすがにぴったりフィットとはいかなかったらしい。慣れない高めのヒールに、ふくらはぎまで痛む。
「失礼します」
ふくらはぎをさすっていると、侍従のルドルフが足元に跪いて足首をつかんだ。
「きゃッ!? ちょ、ちょっと、ルドルフ、なにをしているの!」
思わず、全力で足を抜こうとジタバタするが、細身の身体に似合わない強固さで固定されていて、ほとんど動かせなかった。というか、今まで男性に足を触らせたことなんてない。羞恥から思わず涙目になる。
「治癒の魔術を使います。私の場合、適性の問題で患部に直接触れないと治せないので」
ルドルフは、私の混乱を気にせず淡々とそう言う。というか、そうだとしても跪いたルドルフの目線の高さまで足を持ち上げることなくない? 触られたところが熱を持っている気がする。あまりの恥ずかしさに目が回ってきた。
「もう、やだッ……!」
ルドルフがスカートの下に手を潜り込ませ、ふくらはぎに手をかけたところで、限界を迎えた私は、ルドルフを全力で突き飛ばした。
「……もう、痛くないと思いますよ」
なんとか解放されたところで、ソファの上に縮こまりながら涙目で睨みつけると、ルドルフは淡々とそう言った。
そう言われてかかとを見ると、確かにさっきまで赤く擦りむけていたところが綺麗に治っていた。ふくらはぎも心なしか楽になっている。
「あの、……ありがとう。でも、急に触るのはやめてよね!」
突然、触られたことへの恥ずかしさはあるものの、とりあえず礼を言う。でも怒ってるんだからね! とキッと睨むことは忘れない。
「もう少し、しっかり触れさせてもらえれば、もっと楽になると思いますが」
「遠慮しますぅ!」
そんな私を気にしてもいない様子のルドルフの提案は、さっくり却下した。これ以上は、心臓がもたない。
「ゾフィーお嬢様。こちらの靴はいかがですか?」
そうこうしているうちに、離れていた侍女が水色の靴を持って戻ってきた。試してみると、ストラップ付きの柔らかい靴はヒールも低めで履きやすい。
「ありがとう。でもいいの? 少しカジュアルな気がするけど」
にっこり笑って問いかけると、靴を持ってきた侍女がピシリと固まった。どうしたの? と周りを見渡すと、周りの侍女たちも固まっている。と、最初に固まった侍女が再起動を果たして動き始めた。
「失礼いたしました。……まさかゾフィーお嬢様から、お礼を言われるとは思いませんでしたので……」
全員固まるほど意外だったらしい。騙すならまず身内からとも聞くし、イメージ戦略を失敗したかもしれない。
「予定のドレスとお色も合いますし、パーティーの後半は、年相応の可愛らしさをイメージして、少しラフな髪型とドレスにする予定でしたから、問題ないかと」
そう言いながら、靴を履かせてくれた。
「靴擦れも治ったようですし、ドレスを合わせながら、サンドイッチをどうぞ。苦しいタイプのドレスではないので、しっかり食べられますよ」
そう聞くと、お腹がぐーと鳴った。そういえば、ご飯を食べたのはいつだったか。今日は、支度中に少しお菓子を摘まんだ程度で、ほとんど食べていないことに今更気付いた。
一口サイズに揃えられ、色とりどりの具材を挟んだサンドイッチは、今日一番忙しいだろう料理長の気遣いが感じられて優しい気持ちになる。ウキウキと立ち上がると、さっそく後ろに回った侍女がドレスの背中を開け、床に落とした。
突然の思い切りのよい侍女の行動によって、一瞬にして下着姿になった私は、しばらく呆然と固まった後、ギギギ…とルドルフのほうを見る。と、普通に目が合った。恥ずかしさに顔が赤くなる。
「侯爵さまから、常にお側にいるように仰せつかっていますので」
出ていくように涙目で強く睨むと、ルドルフは淡々とそう答えた。なるほど。ルドルフではお話にならない。恥ずかしさより怒りが優った私は、今度は周りの侍女たちに目線を送る。
目線に答えた侍女たちは、さっそく全員で取り囲んでルドルフを廊下に追い出した。さすが、集団の女性は強い。
下着姿で腰に手をあて侍女たちに指示を出す私って、少しゾフィーお嬢様らしかったのではなかろうか。私は、自分の演技に満足しながら、ルドルフが出ていくのを見守った。
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髪をハーフアップにし、タートルネックにノースリーブ、ストンとしたラインの水色のドレスに着替えた私は、侍従ルドルフと一緒にパーティー会場へと急いでいた。
一見、パーティーにはシンプル過ぎかと思えるこのドレス、長めのスカートの腰から下に隠れたプリーツに極少の宝石のかけらが刺繍されていて、ダンスでクルクルと回るたびに、キラキラと綺麗に輝くはずという、お嬢様の力作だ。
ちなみに前半のドレスより高いらしい。そりゃそうか。
「ゾフィーお嬢様。フィリップ殿下に、髪色の魔術を指摘されたときの対処法なのですが」
プリーツをキラキラさせるのが楽しくて、歩きながらフリフリとドレスで遊んでいた私は、ルドルフの言葉に硬直した。そうだった、なぜか役目を果たした気になっていたが、一番の難関が待ち受けていたのだ。
ルドルフを真剣に見つめ、ゴクリと唾を飲む。
「もし尋ねられたら……上目遣いに、乙女の秘密ですッ! と仰ってください」
「……は?」
「上目遣いに、乙女の秘密ですッ! です」
大事なことなので、二回言った? しかも、声色真似てきたよ、この人。真顔なだけに破壊力がある。
目を瞬いて、ルドルフを見直すが、冗談を言っているようには見えない。
「えーと、冗談よね?」
「もちろん冗談ではありません。侯爵さまからも、そのようにせよと仰せつかっております」
一応、確認してみるが、侯爵公認の案らしい。二人でそんなやり取りをしているところを想像するとニヤニヤしてしまいそうだ、当事者で無ければ。
完全に意味がわからないが、ほかによい案も思いつかない。それに、侯爵は私の、いわば雇用主だ。
「侯爵さまがそう言うならやりますけど、その後の責任は持てませんよ?」
フィリップ第二王子に聞かれると決まったわけでもないし、万が一のときはやってはみるかと思いつつ、会場となっている庭へ出た。