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05.誕生パーティー(そのに)

 侯爵は、私の髪を見ながら、誰にも聞こえないようにささやいた。

 私本来の栗色の髪と瞳は、侯爵の魔術によって、お嬢様と同じ薄桃色の髪と瞳に変えられている。


「魔術においてうちより優れた王族には、髪色と眼の色を変える魔術は見破られると思ったほうがいいよ。さすがに祝いの場で、無理矢理、解除するようなことはしないと思うけど、頭に入れておいてね」


 そう爆弾発言を落とすと、侯爵はさっと顔を離した。


 不穏な発言に思わずポカンと放心しかけたが、問い詰めようとする私を見放すように曲が終わってしまった。固まりかけた私だが、なんとか踏ん張り、優雅に礼をして中心から下がった。


 周りの目があるので睨むことは出来ないが、この非常時にそんな大事なことを伝えないなんて、侯爵は本気でどうかしてる。


「……そんな重要なこと、先に教えておいてください!」


 不器用な笑顔を貼り付けたまま、小さな声で抗議する私に、侯爵は飄々と答える。


「だって、そんな時間はなかっただろう? ゾフィーをパーティーまでに相応しく磨き上げようと侍女たちも殺気立っていたでしょ。あれを引き剥がしてゆっくり話し合いなんて、できるわけないよ」


 あの後、広間に向かった侯爵は、なぜか私を本物のお嬢様と信じる侍女たちを引き連れて、戻ってきた。なにをしたのか怖くて聞けない。もちろん契約の魔術にそんな力は無い。


 ともかく、私をお嬢様と信じる侍女たちは、昨日まで完璧に仕上げてきたはずのお嬢様の、髪にも肌にも艶がなくなっていることに悲鳴を上げ、私のカサついた手を取ると、あまりのショックで倒れかけた。


 その後、決意を秘めた表情で男性陣を部屋から追い出すと、私の悲鳴も構わず、お風呂で全力で私を磨き上げ、ベットで全身を香油で揉みまくった。正直ずっと痛かった。ひたすら文句を叫んでいた私は、今日一番お嬢様らしかったかもしれない。


 そして、やりきって満足した侍女たちから解放されたのは、お昼近く。そろそろドレスを着ないと間に合わないというころで、挨拶の仕方など覚えるのが精一杯、侯爵と細かいすり合わせをする暇は確かに無かった。


 理解はできるが納得はできない侯爵の言葉に、恨みがましく目線で反抗する。


「フフッ……ゾフィーらしくなってきたね。それだけ元気があれば大丈夫。……ほら、挨拶したい人たちがこっちを伺っているよ。今は微笑んで」


 侯爵はそんな私の態度を気にした風もなく、私の髪を撫でつけると、そう促した。


 視線を上げると、タイミングを見ていたのか、同世代の男の子が近づいてきた。金色の髪と青い瞳、爽やかな笑顔がキラキラしい。男性陣はシックな装いが多い中、白の軍服風に金の刺繍を散りばめた衣装も負けずに輝いている。


 すると、いつのまにか私の側に控えていた侍従ルドルフが、すっと耳元に口を寄せ、説明してくれた。


 -アルタイル王国第二王子のフィリップ殿下です。やや奔放な性格ですが、彼の一番の後ろ盾は、我が侯爵家です。ゾフィーお嬢様に失礼はしないでしょう。-


 いきなりか! もしかしたら今日一番の難関が近づいてくるのを見ながら、私は手を強く握りしめた。




 *******




「フィリップ殿下。本日はお越しいただき、光栄です。パーティーは楽しんでいただけていますか?」


 侍従のルドルフに教えてもらった名前を呼んで、もはや定番になりつつある引きつった笑顔を貼り付かせながら、淑女の礼をとる。


「ゾフィー嬢、本日はお招きいただき感謝する。噂のアムスベルク侯爵令嬢にやっと会えたな。これだけでも来た甲斐があったよ」


 フィリップ第二王子は、笑顔を深めて挨拶を返す。溢れる自信で神々しく輝く笑顔が眩しくて、思わず目を細めた。キラキラしすぎて胡散臭い気がしてしまうのは、私が淀んでいるせいだろうか。

 でも噂? お嬢様の噂ってなんだろう? 噂とあまりに違うと、さっそくバレそうで怖い。


「まあ。どんな噂をお聞きになったんですか? ……あの、……差し支えなければ、教えていただけません?」

「ふむ。まあ、ハハハ……ゾフィー嬢を間近で見れば、噂ほどあてにならないものもないとわかるからな。気にしないことだ」


 つい気になって追求してしまったが、笑って誤魔化された。これはあれか? アムスベルク家のお嬢様はわがまま放題的なやつか? 今のところ、噂と違うことについて好意的なようだから、ぜひこのまま距離を取っていただきたいものだ。


「ところで、挨拶がひと段落したら、私とダンスをどうかな?」


 そんな願いむなしく、誘われてしまった。


「フィリップ殿下、お誘いありがとうございます。大変ありがたいお申し出ですが、先ほど見ていただいたように、私では殿下のお相手には力不足ですので……」


「それなら大丈夫だ。私がリードするとも」


 貴族たるもの断るときは曖昧に? を意識して、ダンスが下手なことを理由に断ろうとしたら、第二王子は食い気味に返事をかぶせてきた。この自信ありげな態度。きっと、自分が嫌われてるかもとか、考えたこともないんだろうな。


 うーん。この場合、どうしたら断れるのかな? 所詮付け焼き刃、たいしたスキルもない私は、困ってアムスベルク侯爵を見上げて助けを求める。


 どうにか断ってもらえまいか、そんな私の気持ちを汲み取ったはずの侯爵は笑顔で力強く頷いた。


「殿下はお優しいから、多少失敗しても大丈夫だよ。いっておいで」


 ……ええー。髪色の魔術が王族にバレるとかいう話は一体どこへ? お気楽な侯爵の言葉に、思わず遠い目になる。


「では、後で声をかけよう。ゾフィー嬢に挨拶したい方々が並んでいるからな。ここは、ひとまず引くとしよう」


 フィリップ第二王子は、寛大な自分に満足そうな態度でそう言うと、ほぼ放心状態の私を置いて、颯爽と去っていった。


 仕方なく侯爵に目線で抗議するが、侯爵は何処吹く風といった風情でニコニコしている。諦めて前を向くと、第二王子が挨拶を終えるのを待っていたのか、私の前に、行列が出来ていた。


 正直、顔と名前が分からない。教えてルドルフさん! と念を侍従のルドルフに送ると、ため息と共に、名前と簡単な説明を耳元で囁いてくれた。


 有り難いけど、ため息は不満だ。今朝からの怒涛の展開で、私の限界はとうに超えている。お嬢様と一緒に勉強した貴族年鑑だって、顔まで分かるようなものじゃなかった。ルドルフこそ、なぜ知っているのかと問い詰めたい。むしろ、これまでのストレスを全てぶつけてやりたい。


 内心不満を募らせていると、子どもをあやすように、後ろ手に腰をポンポンされた。心が通じ合っている仲でもないのに、謎の以心伝心。解せぬ。


 そんな攻防をおくびにも出さず、行列が無くなるまでなんとか挨拶をこなすと、衣装替えという名の休憩を侯爵から促され、やっと部屋に戻ることが出来た。

誤字報告、ありがとうございます(役不足→力不足)

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