04.誕生パーティー(そのいち)
「皆さま、本日は私のためにお集まりいただき、ありがとうございます。会場には、王都では珍しい、我が侯爵領自慢の食材を、当家自慢のシェフが腕によりをかけた料理もございます。また、会の後半には、ちょっとした趣向もございます。どうぞ、本日はゆっくり楽しんでくださいませ!」
薄桃色の髪をアップしてサイドに流し、その髪色に似合う上品なクリーム色のドレスは、デビュタントらしくハイウエストからふんわり広がるくるぶしまでのドレスだ。優雅にお辞儀をすると、会場から盛大な拍手が沸き起こった。楽団に目線で指示を出すと、華やかな音楽が始まった。
14歳の挨拶としては及第点だろうか。不安と緊張と、大役を果たした開放感から気が抜けて、身体が少しよろめいた。
隣のアムスベルク侯爵は、目立たないようにそつなく私の腰を支える。そして、子どもの成長を見守る父のように、優しげな眼差しで見つめながら囁いた。
男性に触れられることに慣れていない私は、思わず俯いて赤くなる。
「よくできたね、ゾフィー。あとは私とダンスをすれば、最初の関門はクリアだよ?」
お嬢様にしてきたように優しく声をかける侯爵を恐る恐る見上げる。……侯爵は、本当に上手くいくと思っているのだろうか?
差し出された右手を、冷たく震える手で握り締めながら、なんとか笑っているように口の端を不器用に上げる。
「汗で手が滑っても、許してくださいませね。お父様?」
「大丈夫。絶対に離さないよ」
端正な侯爵の優美な微笑みに、周りの女性陣から歓声が上がった。この非常時に余裕なものだ。貴族は笑顔で化かし合いとはよく聞くが、侯爵ともなると本心を隠すのはお手の物ということだろうか。
私の多少の不自然さも、侯爵の甘やかすような態度によって、社交界デビューを迎えた娘の、普通の緊張のようにみえるのだろう。
まだまだ若いはずの侯爵の老獪な態度に、切り捨てられたときのことを想像して一瞬不安になる。だけど、なにかあれば一蓮托生だ。こっちこそ絶対に離さないぞという気持ちを込めて、手をギュッと握り返す。
「フフッ……ホントに汗がすごいね。終わったら、肘まである上品な白手袋を用意しようね。頻繁に取り替えるよう、侍従のルドルフに準備させよう」
私の気持ちをよそに、侯爵はそんなことを呟きながら、ご機嫌な様子だ。まさかと思うが、こんな状況なのに楽しんでいるのだろうか。ホントに読めない。
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侯爵にお嬢様との入れ替わりを提案されたとき、あまりの事態に、一周回って怖いものが無くなった私は、入れ替わりを受け入れる代わりに条件を突き付けた。
我ながら不敬な態度だったと思うが、それで前向きに取り組めるならと、侯爵は面白がるように条件を受け入れてくれた。
1.今日の誕生パーティーを成功させた時点で、私に成功報酬を確約すること。具体的には、王都から離れた郊外に、住居と生涯生活に困らないだけの資金を準備すること。
2.お嬢様の捜索は継続すること。見つかり次第、それぞれが元の立場に戻れるよう手を尽くすこと。
3.どうしてもお嬢様が見つからない場合、侯爵家の跡継ぎは養子を迎えることとし、私に後を継ぐのを強要しないこと。この場合、私はお嬢様の立場のまま、郊外に引きこもることにする。
侯爵から見たら穴だらけの提案かもしれないが、私も命がかかっているのだ。必死に考え、さらに侯爵の契約の魔術で、約束を破棄できないようにして、やっと少し安心した。
契約の魔術は、契約した内容を破ることが出来なくなる便利な魔術だ。もちろん契約した内容に穴があれば抜け道もあるだろうし、侯爵自身が魔術をかけるときになにかしていれば防げないが、少なくとも都合が悪くなった途端、問答無用で切り捨てられることはなくなったと思う。たぶん。きっと。……大丈夫だよね?
侯爵は、にこにこしながら、そんなことでいいのなら、と簡単に了承した。私が思いつく限り、最大限ゆすったつもりだったが、大丈夫だろうか。後で不敬罪で捕らえられたりするのだろうか。
ご機嫌な侯爵の姿にかえって不安になる私をよそに、侯爵は私の右手を取ると、私の手の甲の上で魔法陣を描いた。契約の魔術を初めて見たが、光る魔法陣はなかなか美しい。
思わず魅入っていると、魔法陣はくるくると回りながら捻れて小さくなり、私の小指にリングのように収まった。キラキラとして重さを感じないリングが枷のように感じ、思わずため息が出た。
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……しかし、ダンスは苦手なのに、上手い人と踊るとこうも違うのか。元々、一人でレッスンを受けたくないとわがままを言うお嬢様の付き合いで習っていただけのダンスだ。お嬢様より褒められればへそを曲げて、その後のご機嫌とりが大変なので、いつも適当に手を抜いていた。
それなのに、大きなミスもせず、別のことを考えても躓くこともなく踊れるのは、ひとえに侯爵の技術のおかげだろう。
「ゾフィー、ちゃんと集中しないと、足を踏み外すよ?」
私の意識が戻ってきたのに気付いたのか、侯爵が声をかけた。あくまで優しい態度を崩さない侯爵に、それでも気を許せず、ぎこちなく笑顔を返した。
「申し訳ありません、お父様」
参加者全員が注目するファーストダンスで上の空はまずかったかもしれない。若干、後悔しながら、今度はしっかりと侯爵を見つめる。
「フォローすると約束したからね、大丈夫。それよりこの綺麗な髪と瞳だけど……」
不安な顔で見上げる私を安心させるように微笑みながら、侯爵は爆弾を投下した。