28.間話:クリフ
「クリフ。君には、魔術の才能があるんだってね。よかったら、うちに養子においでよ」
アムスベルク侯爵が突然うちに来て、子どもの僕と視線を合わせてそう誘ってくれたとき、この底辺の暮らしから抜け出す、チャンスだと思った。
典型的な浪費家の父親がお金を好きに使うせいで、一見、煌びやかにみえるヴェルガー男爵家の内情は火の車、下手な平民よりも苦しい生活だった。
プライドだけは高い父親は、唯一の後継の僕を渡すことを渋っていたが、大金を積まれた途端、喜んで僕を差し出した。
薄っぺらな父親のプライドなんて、そんなものだ。愛情なんて元々こちらだって持っていなかった。これでクズの父親から離れられるなら、いらぬ苦労もしなくてすむなら、清々する。
そんな冷めた気持ちは隠したまま、健気にみえるようにアムスベルク侯爵に遠慮がちに笑いかけた。
アムスベルク家で僕の居場所をつくる、そんな決意を秘めて。
そんなやりとりをした数日後、あっという間に段取りを整えたアムスベルク侯爵は、僕を迎えに来ると、一人娘だというゾフィーお嬢さまに僕を紹介するために、ダンスのレッスンをのぞきに行った。
「あ、あの……クリフです。よろしくお願いします!」
アムスベルク侯爵にぐいぐいと前に押され、緊張しながらも、なんとかゾフィーお嬢さまに挨拶した。
これからアムスベルク家での居場所を確保するためにも、お嬢さまには気に入られておきたい。
そう思って、精一杯、元気よく挨拶したつもりだったが、それまで楽しげにダンスをしていたお嬢さまは、僕を見て、ピキッと固まってしまった。
ーどうしよう。最初から、嫌われちゃったのか?
不安に思いながらも、お嬢さまの反応をじっと待っていると、じりじりとお嬢さまが近づいてきて、僕の両手をがしっと掴んで、宣言した。
「クリフ! 私、あなたの恋を全力で応援します! どんな相手でも私、必ず味方になるから。だから、好きな人ができたら、隠さず教えてね?」
「ええ? あ、あの、……ありがとうございます?」
なんなんだ。恋? なんだそれ。僕が誰かを好きになる? そんな日なんてくるわけないのに。この世知辛い世の中に存在するのは、利用されるやつと利用するやつ、それだけだ。
行動は若干挙動不振だが、結局は、ふわふわと幸せのことしか考えていないのか。そんなお嬢さまに、口先だけのお礼を返すのが精一杯だった。
だけど、そんな僕にお嬢さまは、にっこり笑いかけて手を強く握りしめてきた。おかしな女。フィーお嬢さまの最初の印象は、そんな感じだった。
彼女は、僕の内心も気にせず、フィー姉さんと呼んで欲しいとか、仲良くしようだとか、アムスベルク侯爵と平和なやりとりを始めた姿をなんだか気が抜けて、笑ってしまった。
「……ふふっ。フィーお姉さまは、楽しい方なんですね」
僕の笑顔を見て、びっくりした顔をしたフィー姉さんだったが、突然なにを思ったのか、僕の手を部屋の真ん中まで引っ張っていった。
「よし、クリフ。踊りましょう!」
「ええっ!?」
ちょっと本気で意味が分からない。ただ、ダンスも習ったことのない僕をひたすらくるくると振り回し、目が回って座り込むフィー姉さんを見て、悪い人じゃないのかもしれないとだけ、感じた。
翌日から、フィー姉さんと同じ家庭教師について、同じ授業を受けた。真面目に勉強し、周りの使用人たちにも気を使う日々。正直、疲れるけどこの家で生きてくために頑張ろう。
フィー姉さんは、ウトウトしたり、面白い質問をしたり、真面目にやってるのか疑問だけど。
そんなしんどくも充実した日々を過ごしていたのに、父親がアムスベルク家に来た。大金を受け取ったはずなのに、あっという間に使い切ったのかもしれない……
粗雑に振る舞う父親に、上品なアムスベルク家の使用人が対応できる訳もなく、ずかずかと入り込んでくる父親にイライラした。
いつもそうだ。僕がどれだけ頑張っても、あの父親がすべてを台無しにする。
今回だって、さらに金銭を要求してくるような父親を持つ僕のことを、アムスベルク侯爵は、投資する価値が無いと判断するかもしれない。
自分の居場所を求めて、頑張ってきた日々が急に虚しくなる。追い出されるくらいなら、自分からいなくなろう。
そんな自棄な気持ちになった僕は、夜中にふらっとアムスベルク家を出て行くことにした。
*******
王都に出てきたものの、実家には戻りたくない。行くあてもなく、うろうろと歩いたあげく、お腹も空いて、疲れて、結局、道端で蹲ってしまった。これからどうしようか。
これからの不安や父親への憎しみが、胸の中で、黒く重く、渦巻く。
「ま〜ち〜な〜さ〜あ〜〜い!」
暗い気持ちに浸っていた僕の耳に、突然の大声が聞こえて振り返ると、なぜかフィー姉さんが、僕を睨みつけながら、全力で駆け寄ってくるのが見えた。
ドレスを掴み上げ、髪を振り乱して走るフィー姉さん。いつもの天然おっとりした感じは鳴りを潜め、もはや鬼のようにみえる。
見えている光景が信じられなくて、思わず凝視してしまった。やばい。なんだか分からないけど、あれはやばい気がする。
そろそろと立ち上がると、フィー姉さんが迫ってくるのと反対方向に、とにかく逃げた。
なんとか撒いたかと思って歩いていた商店街で、またしてもフィー姉さんが突進してきた。くそっ、なんなんだよ。僕がいなくなって、アムスベルク家で困ることなんて無いだろうに。
なんで追いかけてくるのか、そんな疑問も、必死すぎるフィー姉さんに捕まるのがなんだか怖くて、こちらも必死に逃げた。
「西の出口をふさげ! 手の空いてるものは、網を張るんだ!」
本気で意味が分からない。中央広場までなんとか逃げたと思ったら、冒険者を従えたフィー姉さんに、数の力で捕まった。ここまでするフィー姉さんはいったいなんなんだ。
網に捕われて、諦めてフィー姉さんの前で大人しくしていると、慌てながら網を外したフィー姉さんが、ひどく落ち込みながら、謝ってきた。
「あの、……クリフ。こんな無理やり捕まえて、ごめんなさい。信じてもらえないかもしれないけど、ここまでやるつもりはなかったの」
いや、普通の人がやろうとして出来る規模じゃなかったよ。そんな突っ込みをしたくなったが、泣きそうな姉さんを見て、なんだかどうでもよくなってしまった。
今まで、僕のことをここまで真剣に追いかけてくれた人なんていなかった。いい顔をし続ける僕には、上部だけの知り合いくらいしか作れない。
こんなバカみたいに全力で追いかけてくれるフィー姉さんが、急に大切な存在に思えてきて、力が抜けた。
「はぁ……フィー姉さんがお騒がせっていうのは、分かってたから、もういいよ」
「ご、ごめん。……あの、屋台の食事でも食べる?」
「……」
僕のことを気にして、しょんぼりしているフィー姉さんが、可愛くみえて、思わず笑ってしまった。
「……ふふっ。いや、もういいよ。なんか怒るのもバカらしいし」
「……ほら、屋台の食事奢ってくれるんでしょ? 取ってきてくれる?」
「……はい! 喜んで!」
罪滅ぼしのつもりなのか、僕の頼みに全力で駆け出す姉さん。疲れてるだろうに、僕のために走って行く姉さんを見ていたら、暗く重く、沈んでいた僕の心が暖かくなってきた気がした。
今まで望んでも望んでも得られなかった、僕の家族。諦めていたそんな願いに、光が当たった気がした。
この後、もう一話更新します。




