23.クリフの捜索(そのいち)
「いいよー」
「ほへ?」
「だから、いいよーって言ったの。ルドルフと一緒に探しに行っておいで。あ、うちの家のが見つけたら、すぐにフィーに伝えたいから、常に場所が分かるようにだけ、しておいてね」
朝食の席で、アムスベルク侯爵を説得するつもりで、前のめりでクリフを探しに行きたいと伝えたところ、これである。
あれあれ? 私のこの前のめりな気持ちはどこにやれば? 力強く協力を申し出てくれたルドルフの出番は無い訳ですか?
あまりに簡単に許可が出たことに肩透かしをくらい、逆に不満顔をしてしまった。
「ふふっ。フィーの望みどおりなのに、何が不満なの?」
「あ、いえ。不満というか、もうちょっと反対されるかなーと思っていたので、意外だったというか」
侯爵に笑われ、慌てて言い訳をする。
「元々、クリフを見つけたら、迎えに行くのはフィーに頼もうと思ってたんだ。僕が行くと嫌がるかもしれないし……」
アムスベルク侯爵は、声をだんだんと小さくしながら呟いた。
「大体、……みんな、ちょっと僕に冷たくない? 僕なりに優しくしてるつもりなのに、クリフは出てっちゃうし、フィーはうちを継ぎたくないって言うし……」
「あ、いえ……あの、お父様は、とっても優しいですよ? たぶん。クリフも、お父様が嫌になって出て行った訳じゃないと思います、たぶん。」
なんだかしょんぼりしてしまったアムスベルク侯爵を、慌てて慰める。根拠は特にない。
「うわーん。フィーが優しい! よしよししてあげるから、僕のお膝においで?」
「遠慮します」
泣き真似を始めた侯爵を、能面のように感情を捨てて切り捨てる。もう、そういうお年頃じゃないです。というか、イケメンな侯爵のお膝に座るって、どんな罰ゲーム……
「えー? じゃあ、アムスベルク家を継いでくれる?」
「遠慮します」
能面のようになった顔を、ますます硬くしてきっぱりと断る。お膝に抱っこの次の選択肢が、侯爵家継承って、ますますどんな罰ゲーム……
「そっか、残念。まあ、その辺はおいおいね」
おいおいでも遠慮します。そんな私の冷たい空気を気にする様子もなく、侯爵はマイペースに食事を終え、ナプキンで口を拭うと立ち上がった。
「先生方には、僕から謝っておくから。……マダムも、我が家の事情で申し訳ありません。本日はお帰りいただけますか? マダムのお宅を経由して仕事に行きますので、このまま私の馬車で送らせてください」
侯爵がスマートに手を差し伸べると、これまた優雅に手を乗せるマナーのマダム先生。おお! これで、今日の朝食は、自由に食べれるぞー。やほーい。
「光栄です。……ルドルフさん。本日のお嬢様の様子、後ほど、きちんと報告してくださいね」
解放されて内心浮かれている私を見逃さず、ルドルフに声をかけるマダム。今日の開放感が、ぷしゅうと小さくなった。顔に喜びを出さないようにしてたのに、なぜか警戒されている様子。ちゃんとお嬢様らしく振舞うのに。なぜだ。
「ルドルフ。フィーのこと、僕にも報告よろしくね。後、日中なにかあったら指示できるように、執事を家に待機させておくから、何かあったら家に連絡してね」
「すべて承りました」
侯爵からもルドルフに声がかかる。ルドルフは、侯爵とマダムに恭しく礼をした。
……しかし、私への信頼度に比べて、このルドルフの信頼され感。日頃の行いの差でしょうか。いや、私、頑張ってるよね?
ね、頑張ってるよね? という意味を込めて、控えていた侍女に振り向き、目線を送る。侍女は、一瞬目線を泳がせたが立ち直り、私に向かって、にっこり笑ってくれた。うんうん。私、頑張ってるよね。
にっこりの意味を前向きにそう捉え、一人になったテーブルで、朝食を美味しくいただいた。
*******
朝食を終え、急いで部屋に戻る。一人で好きなように食べられる。そのあまりの開放感に、ついたくさん食べて遅くなってしまった。すまん、クリフ。
部屋に戻ると、くるりとルドルフに向き直り、改めて確認をとる。
「ルドルフ。これから、この部屋で見ることは、お父様への報告禁止ね」
「心得ております」
ルドルフの淀みない答えに、ほっと一息つくと、あの攻略情報ノートの隠し場所を伝える。
「じゃあ、悪いんだけど、そこの机の奥の、……そう、そこのはめ板を外してくれる? ……あ、ちょっと待って!」
うっかりしてたけど、ルドルフが触って呪われたりしたらまずい。そう思い出して、慌てて止める。
「あの、……触る前に確認したいのだけど、ルドルフって呪いに詳しい? そのノートなんだけど、……それ、呪われてると思う?」
おそるおそるそう聞くと、ルドルフは、ノートを取ろうとしていた手を止め、少し考えて、私に向き直る。
「あいにく素養はございませんが。……このノート、すでにフィーお嬢様は、触れているのですよね?」
「そうなの。私の呪いが移るかもしれないから、触らないほうがいいかな? あんまり触りたくないんだけど、不安なら私が開くよ」
もし呪われてるなら、ルドルフは触らないほうがいいかも。そんな提案をした私の顔をじっと見た後、ルドルフはひょいっとノートを手に取った。
え? いやいや、そんな適当に扱ったら、元のお嬢様の生き霊が出てきて怖いことになるかもよ?
「あのー……もうちょっと丁重に扱ったほうがいいんじゃない? なにか怖いことが、起こるかもしれないでしょ」
不安そうに声をかける私を少し面白そうに眺めた後、ルドルフは、ノートをパラパラと振り回しながら答えた。いやいや、そんな扱いしていいの?
「呪い、というと闇の魔術の一種ということになると思います。私に闇属性の素養はありませんが……」
「日々楽しげにすごしておられるフィーお嬢様が、実は呪われているということだけは絶対に無い、と確信を持って言えます」
「……なんだか、バカにしてるように聞こえるんだけど」
「しておりません。フィーお嬢様が、明るくて逞ましいというお話です」
「……逞ましい令嬢ってありなの? まあ、褒めてると言うなら、大人しく受け取っておくけれど」
「もちろん。褒めておりますよ」
むー……私が逞しいかどうかは大いに反論したいが、ルドルフがノートが怖くないというなら、ありがたい。
私は二度と開く気になれなかったので、遠慮なくルドルフに触ってもらおう。
「じゃあ、まあいいわ。でね、そのノートなんだけど」
「フィーナへ、と書いてありますね」
「そう。ゾフィーお嬢様が、身代わりになる私のために色々と書いてくれたノートなの。だけど、なんだか、お嬢様の恨みつらみが重くて……」
「正直、私一人では、一生読む気になれなかったから、ルドルフが呼んでくれるなら、助かる」
「なるほど?……ちょっとよく分からないのですが、ゾフィーお嬢様の、恨みつらみが書き連ねてあるノートに、クリフ様を捜索する手がかりが書いてあると?」
「多分ね。いいから、少し読んでみて」
ルドルフは、私の提案に大人しく従い、パラパラと読み始めた。




