22.クリフの家出
朝起きると、なんだか家の中がバタバタとしていた。私が起きてすぐ部屋にやってきたルドルフに、髪をとかして貰いながら理由を聞く。
「ねえ、ルドルフ。朝から、なんだか騒がしいけど、何かあったの?」
「クリフ様が、いなくなったようですね」
「ふーん、そうなの。……って、え?」
今日の天気は晴れ、と言うのと変わらない冷静さだったので、思わず流してしまった。
「大事件じゃない! え、それで、どうするの?」
「そうですね。本日のフィーお嬢様の予定ですと、もう少ししたらダイニングで侯爵様とご朝食、その後、午前中はマナー、午後は領地経営と家政の座学となっております」
うわっ、惹かれない。朝食だってマダムがいるし、楽しい予定が一つも無かったんですけど。
というか、クリフの家出をどうするのか聞いたんだけど。うーむ……これはもう、私がクリフを探しに行くしかない? 決意を胸に、勢いよく立ち上がった。
「分かったわ! クリフを探しに行きましょう!」
「フィーお嬢様……お勉強がイヤ、というのが見え見えです」
ルドルフは、残念な子を見る目で私を見ながら、状況を教えてくれる。
「それに、お嬢様のときと違って、そこまで秘密裏に探す必要もないので、捜索に人数を出しておりますし、侯爵様がヴェルガー男爵にも連絡を取っておりますので、すぐに見つかるかと」
「ヴェルガー……?」
「……この間、アムスベルク家に乱入したクリフ様のお父様です」
「ああ、あの。粗野さんね」
なんで覚えてないんだという、ルドルフのさらに冷たい視線を感じた。だって、粗野さんって言ってくれないと分からないもの。
「……まあ、覚える価値もないとは思いますが。ともかく、クリフ様のお父様にも連絡しておりますし、クリフ様自身、まだ幼いですから、一人では王都の門も抜けられません。騒がなくても、早晩見つかるかと」
淡々と告げるルドルフに違和感を覚える。というか、あんなに嫌っていたお父様に連絡するかな、あれだけ怒っていたクリフが? あの粗野さんがクリフの行きそうな場所を知ってるとも思えないし。
うーむ、これは、……これは、私の出番が来たというやつか。望まれちゃったなら、仕方ない。
探偵的洞察力?と本能的直感力?の優れた私が、華麗に解決しちゃう的な。ヒロインが危険な目に遭うのを待ってから、颯爽と駆けつけちゃう的な。頭の中に、名探偵のテーマソングが駆け巡る。
「フィーお嬢様……一人では、探しに出ないでくださいね」
私の思考を機敏に察知したルドルフに、釘を刺される。まあ、確かに侯爵令嬢一人で探しには行けないよね。だけど、ただ家で待つだけなんて……
あ、そうだ。お嬢様の攻略情報ノート!
クリフのこと、なにか書いてあるかも。……見るの怖いけど。でも、見るとなると、まずはずっと一緒にいるルドルフをどうにかしなきゃ、かな……
でも、ルドルフって、寝るとき以外はずっと一緒だし、考えてることもすぐ見破られるし、出し抜ける気は全くしない。
……ルドルフって、私の味方なのかな。もし味方だって言うのなら、逆に協力してもらうのもあり?
「フィーお嬢様。まずは、朝食を食べに行きましょう。早くしないと、侯爵様が出かけてしまいますよ」
悩んでいても解決しない。淡々と私の準備を続けるルドルフに、直球で聞いてみる。
「ねえ、ルドルフ。そんなことより……ルドルフは、お父様と私のどちらの味方なの?」
「……雇用主は、侯爵様ですので」
うん、まあ知ってた。となると、ルドルフに協力してもらうのは諦めて、内緒で夜に読むしかないか。それにしても、夜かー……ますます、読むの怖いな。
「……ですが、私は、常にフィーお嬢様の味方でいるようにと、侯爵様に言われております」
んん? さっそく諦めかけた私をよそに、味方でいてくれるというルドルフ。さっきは私より侯爵様優先と聞こえたけども。……つまり?……つまり、どういうことだってばよ?
はてなマークを盛大に浮かべて、ピヨピヨしている私に、ルドルフは説明を続ける。
「ですから、もし侯爵様のご意向と、フィーお嬢様のご希望が相反する場合でも、私の知恵の及ぶ限り、フィーお嬢様のご希望が通るように動きます」
「侯爵様は、懐の深い方ですから、家が没落するほどの我がままでなければ、交渉の余地はあるかと」
ほほー。つまり、万能侍従のルドルフが、味方になってくれると? 侯爵様とも交渉してくれると。私一人で侯爵様に交渉しても勝てる気がしないし、それはとてもありがたいけども。
だけど、それより何より、あのノートを見せるために、一番大事なのは……
「……秘密も守ってくれる?」
ルドルフに、攻略情報ノートの存在を教えることで、お嬢様の幸せが壊されるのは、やだな。クリフは大事な弟だけど、ずっと辛かったお嬢様の、今の幸せも守りたい。今、幸せなのかは知らんけども。
クリフ、ごめん。だけど、ルドルフが侯爵様に伝えてしまうようなら、見せるのは諦めよう。そんな気持ちで、最後の質問をした。
「侯爵様に危険が及ぶような秘密で無ければ、けして漏らしません」
「危険じゃなければ、お父様にも伝えないと約束できる?」
「誓います」
……まだ、信じきるには、知り合ってからの期間が短いんだけど。でも、なんとなく。ルドルフは、嘘はつかないんじゃないかな。そんな直感を信じてみようと思う。
「分かった。まずは、お父様に今日の予定をキャンセルして、独自にクリフを探したいって交渉に行きましょう。協力してくれるのよね?」
「仰せのままに」
よし、出陣だ!




