21.クリフと授業.ダンス
クリフとダンスの授業の時間。
今日は、さすがに侍女たちの応援はない。彼女たちも、粗野さんとクリフの関係に、うっすらと気付き、遠慮してるんだろう。
しかし、あれだけ怒っていたのだ。授業なんて受けない! と野山に駆け出してもおかしくないと思ったのに、きちんと参加するクリフ。偉いなー。
……たとえ、だいぶやさぐれでいたとしても。
向かい合って手を繋いで、簡単なステップを繰り返す。少し余裕が出てきたので、チラッと顔色を伺うと、舌打ちが返ってきた。
「……チッ。なんだよ」
ちょっと目があっただけで舌打ちとか、ちょっと、いや、だいぶひどい。昨日までの、はにかみ笑顔はどこへ行った?
まあ、いいや。とりあえず、さっきのことを謝ろう。
「さっきは、ごめんなさい。……隠れて見ていたりして」
プロレス実況したことは謝らない。どうか、気付いていませんように。
「……どうせ姉さんも、俺の父親があんな男だって分かって、俺のこと、バカにするんだろう。くそっ……なにもかも、台無しだ」
ドキドキと祈るような気持ちで返事を待つと、そんな答えが返ってきた。うむ。プロレス実況的には、セーフね。
ほっとして、思わず笑顔になってしまう。が、そんな邪な思いが漏れ出てしまっこことを、はぐらかすように慌てて答えた。
「そ、そんなことないよ! あなたのお父様はともかく、……クリフは才能があって、努力もしてるんだから」
そうそう。あまり考えずに口を出た答えに、自分で納得する。
大体、今、やさぐれているからと言って、昨日までのクリフの頑張りが、無駄になる訳じゃないよね。親がどうこう言うなら、私だって大差ないわけだし。
しかし、クリフの父親ね。教会に捨てた私の父親よりは、ましな気がするけど。いや、でも毒親なら、いないほうがまし?
……いやいや、私とクリフどっちがましか、みたいな底辺自慢は、不毛だからやめとこう。
「……それより、むしろ、親から教育を受けられたようにも見えないのに、クリフがここまで出来てたことに、びっくりしたよ」
これは、本心から。私より才能の恩恵を受けてるとは思うけど、それでも、お嬢様と一緒に、何年も教育を受けてきた私ですら、先生方からの評判は、正直、平々凡々なわけで。
あの粗野さんが親では、ろくに教育を受けることは出来なかったろう。なのにクリフは、来てからずっと、大きな失敗もせず、周囲ににこやかに振る舞い……授業でも全力で……
そう、まるで、誕生パーティーのとき、無理して、背伸びして、なんとかこなした私と同じようなことを、クリフは、二週間も続けていたのだ。
私は、たった半日無理するだけで、三日も寝込んだのに。私より幼いクリフが、あんな無理を何週間も、いやもう一ヶ月近くか。そんなに続けていたら、病気になるまであるのでは?
ダンスなんてしている場合じゃないんじゃないか。急にクリフのことが、とてつもなく心配になり、足が止まってしまった。すると、ダンスの先生が、手をパンパンと打ち、声をかけてきた。
「はい。今日は、もう止めましょう! 身の入らないダンスほど危険なものは、ありませんから。怪我をしてからでは遅いのですよ」
ダンスホールに入ったときから、私たち二人の、いつもと違う雰囲気に気付いたのだろう。静かに最初の指示を出した後は、声も出さずに見守ってくれていたが、どうやら限界が来たようだ。
いつも優しく爽やかな先生に怒られて、つい、しょぼんとしてしまった。かっこいい女性として、男役スターのようにキラキラと輝いているダンスの先生。いいところを見せたいと、受けてる授業の中で一番、頑張っていたのに。
「特にクリフ。今日の貴方は、ダンスのパートナー失格です。女性をそんなに投げやりにリードするのは、失礼ですよ」
つい、しょぼんとしてしまったが、先生のお怒りは、特にクリフに向かっているらしい。あ、クリフは、確かに、今やさぐれているけれども。確かに、だいぶひどいけれども。今日は、今日だけは、怒らないであげて欲しい。
そんな焦る気持ちで、ついおかしなことを口走った。
「あ、先生! ち、違うんです。クリフは、私のことを気遣ってくれて、……あ、そうだ! 今日、私、女の子の日なんです!」
嘘だけど。私の爆弾発言に、周囲が一瞬で凍りついた。沈黙に耐えきれなくなったピアノの演奏者が、気まずげにした咳払いがホールに響く。
すると、一番に起動したクリフが、私と繋いでいた手を思いっきり振りかぶって外した。いや、肩が痛いです。恨みがましい目をクリフに向けると、クリフは、こめかみにシワを寄せ、信じられないものを見るような目で、私を睨んでいた。
「は? いきなりなに……いきなりなに言ってるんだよ? 大体、そんなこと急に思い出すとか、バカじゃないの?」
確かにだいぶバカっぽかったが、クリフを守ろうとして発言したのに、当の本人には大不評だった様子。姉は悲しいです。
「クリフ! 女性に失礼ですよ?」
男役スター先生は、慌てて間に入って、優しく私の腰に手をかけ、心配そうに、じっと目を見つめて声をかけてくれた。
「フィーお嬢様。同じ女性なのに、不調に気付かず、申し訳ありません。お辛くないですか?」
はわわ。ち、近い、近いです。キラキラした先生にこんなに近寄られると、どうしたらいいかわからない。真っ赤になって、先生と私の間を両手でブロックする。
「あの、お辛くないです! 大丈夫、大丈夫ですから! もうちょっと離れて……恥ずかしい……」
完全に今、蒸気が出てる。プシューと音がしてもおかしくないくらい恥ずかしい。そんな私を見て、男役スター先生は、爽やかに笑った。
「おやおや、……フフッ。フィーお嬢様は、可愛らしいですね。さあ、今日はダンスはお終いにして、一緒に温かい紅茶でもいただきましょう」
私がテレテレしているのも気にせず、男役スター先生は、腰に当てた手を離すこともなく、ホールの端にあるテーブルまでエスコートしてくれる。
そのままスマートに侍女に紅茶を頼んでくれるが、その間もずっと腰から手が離れず、私の顔は赤いままだ。なんとか、手を外してもらおうと、もぞもぞする。
「お辛いときは、腰を温めるとよいのですよ」
いや、大丈夫です。そう言いたかったが、もう嘘です、すみませんとは言えない雰囲気。
というか、先生がかっこよすぎて、ムリ……緊張しすぎ、興奮しすぎで、なぜか感情が昂ってしまい、涙腺が崩壊した。ポロリ、涙が一粒こぼれ落ちる。うわっ、恥ずかしい。慣れてなさすぎでしょう、私。
「フィーお嬢様! ……そんなにお辛かったのですね。大丈夫ですよ、今日、明日の予定をやめられるよう、侯爵様にもにも伝えておきましょう」
泣いてしまった私が本気で心配になったのか、今度は両手をしっかり握って、私を覗き込み、ひたすら優しい男役スター先生。ほわわ。……思考が溶ける。いまだかつて、こんなにかっこいい人に、こんなに優しくしてもらえたことがあっただろうか……
というか、もう、先生と結婚すればよい気がしてきました。
「先生、すき……」
「おやおや、フフッ。光栄です」
謎の雰囲気に流され、思わず先生に告白してしまった。余裕のある先生もかっこいい……
「……バカじゃないの? もう、勝手にしろよ」
そんな私に心底呆れた、吐き捨てるようにそう呟くと、クリフは荒々しくドアを開けて出て行ってしまった。
やさぐれクリフの態度に、先生と二人、目を丸くする。さすがに、バカバカ言い過ぎだと思う。バカって言ったほうがバカなんだから。姉は怒っているぞ。ぷんぷん。




