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02.お嬢様の家出

 あまりの事態に思わず叫んでしまった。


 少し落ち着いたところで、目を瞬いて何度か見直すが、クマのぬいぐるみは中空を見つめたまま動き出す気配もない。


 ほんの少しの希望を込めて、布団を全て外してみる。ゾフィーお嬢様の身体があるはずのあたりには、毛布がくるくると丸められていた。念のため、毛布をコロコロと広げてみたが、ゾフィーお嬢様は出てこなかった。


 途方に暮れていると、私の叫び声を聞きつけた人たちが、バタバタと入り込んできた。


「どうしたの!」


 当主であるアムスベルク侯爵も来たようだ。涼やかで端正な顔立ち、白銀の長い髪を束ね、下手な女性より優美でやさしげなその姿は、侍女たちの憧れだ。


 私は慌てて天蓋の外に出ると、膝をついた。


「取り乱して申し訳ありません。ゾフィーお嬢様が……あの……お部屋にいらっしゃらなくて……」


 口ごもりながらなんとかそれだけ言うと、アムスベルク侯爵は、厳しい顔つきでベットに近づき、天蓋のレースを乱暴に開け放った。


「なんてことだ……」


 もぬけの殻のベットを見て固まったアムスベルク侯爵だったが、次の瞬間には執事を呼び、ゾフィーお嬢様捜索の指示を出す。


「かしこまりました。今から、手の空いているもの全員で、全力で捜索を行います!」

「……あ、いや、ちょっと待って。その机の上にあるものは何?」


 その言葉に反応し、強く宣言して動きかけた執事を、侯爵は手を上げて止めた。


 その視線の先を皆でみる。確かにゾフィーお嬢様の机の上に何か、封筒のようなものがあった。


 アムスベルク侯爵は、厳しい表情のまま机に近づき、乱暴に封を切った。部屋中に、張り詰めた空気が流れる。私も緊張から、ごくりとつばを飲み込んだ。


「……今日、この特別な日に……愚かな子だね……」


 しばらく経ってそう呟くと、アムスベルク侯爵は、頭痛でもするかのようにこめかみを片手で押さえ、力なく椅子に座り込んだ。


 恐る恐る執事が近づくと、侯爵は読んだ手紙を放り投げた。手紙は、ひらひらと舞い上がり、私の近くに落ちる。思わず、中身を見てしまった。


 -旅に出ます。探さないでね。

 ゾフィー=アムスベルク


 ……ゾフィーお嬢様は、この大切なタイミングで家出をしたようだ。




 *******




 呼吸音すら憚られるようなシンと張り詰めた空気の中、集まった使用人たちはアムスベルク侯爵のお言葉を聞き漏らすまいと、固唾を飲んで見守っている。


 私も、膝をつき俯きながらも、全力で耳を澄ます。衣擦れの音にさえ、ビクッと身体が反応するほどだ。


 ほとんど動きのない侯爵のお言葉を待ちながら、私はだんだんと暗い気持ちになっていた。


 クビかなあ……


 幼い頃、ゾフィーお嬢様のお相手をするためだけに雇っていただいていたのが私だ。


 少しずつ他の仕事も出来るようになってきたが、それでも格式ある侯爵家の侍女として相応しいかと聞かれると、まだまだ幼さの残る今の段階では、自分でも首を傾げざるを得ない。


 今回の件で解雇されるかもしれない。ただ、頼るべき家族もいない私には、ここを出ても行くあてもない。


 ……よし。なんとかお願いして、どんな仕事でもいいので、ここにいさせてくださいとお願いしよう。


 相変わらず跪いたまま、そんな決心をする。場合によっては、執事の足にしがみついてやろうと、固い決意を胸に、スカートの中で静かに片膝を立て、タックルできる体勢を整える。


 私が内心、戦う姿勢を整えている間に、侯爵はようやく復帰したようだ。執事を身近に呼び、人払いもせずに小声で相談を始める。


 2人とも小声とはいえ、周りに気を配る余裕もないのか、やりとりはうっすらと聞こえてきた。


「そんな!……恐れながらそれはあまりに……いえ、……逆らうつもりは、……はい。……はい。……仰せのままに」


 内容は聞き取れないが、紛糾しているようだ。しかし珍しい。滅多に感情を表さないあの執事が、どんな難題にも文句も言わず淡々とすべてをこなすあの執事が、侯爵に逆らおうとするなんて。


 思わず興味を惹かれて顔を上げると、私を見ている侯爵と目がバチっと合ってしまった。慌てて頭を下げる。


 まずい。ただでさえ立場が悪いのに、不敬だと思われたかしら。嫌な汗が背中を伝う。


「……フィーナ。こっちへ来て」


 そうだ、奥様の小間使いになれないか聞いてみよう。ゾフィーお嬢様のわがままに付き合い続けたスキルで、それならなんとかやれると思う。いや、むしろ長年磨き続けた得意分野だ。


「フィーナ!」


 ……えっ。若干逃避気味だった思考が戻ってくる。私が侯爵様に呼ばれてる?!侯爵が私の名前を覚えているとは思わなかった。慌てて近寄り、侯爵の足元に跪く。


「お呼びでしょうか」

「フィーナ。今回の件、兆候は感じなかったの?」


 顔を上げると侯爵は、私を真っ直ぐに見つめて聞いてきた。厳しい口調ではないが、そう聞かれて血の気が引いた。たしかに、1番近くにいた私が最初に気付くべきだった。


「恐れながら申し上げます。……ゾフィーお嬢様は、昨日まで、全くお変わりなく暮らしておいででした。1番近くにいながら、今回の件、気付くことができず、誠に申し訳ありません」


 昨日までの私って、ほんとにお嬢様の何を見てきたんだろう。ちょっと泣きたくなってきた。


「あ、ですが、……」


 話しているうちに、思い出したことがある。


「なに?」


 侯爵は静かに続きを促す。


「ゾフィーお嬢様はよく、私のことを自由で羨ましいと仰ってました。そんなときは、どんな望みも叶えられるお嬢様のお立場の方がずっと羨ましいですとお答えして、本気にもしていなかったのですが」


 話しながらだんだんと気持ちがしぼんでいく。


「今思えば、あのとき、もっと本気でお答えしていれば、このようなことにならなかったかもしれません。……本当に申し訳ありません」


 頭を下げながら、後悔が胸をつく。あのとき、私がもっと真剣に答えていれば違ったのだろうか。


「そっか……」


 怒らないのだろうか?

 そんな不安を胸にアムスベルク侯爵を見上げると、侯爵様は、椅子に深くもたれかかり、天井を見上げながら呟いた。


「……フィーナ。ゾフィーがきみを孤児院で見つけて、側に置きたいと言い出した5年前から、今回の件は本気だったのかもしれないね」

「……あの、侯爵様?」


 侯爵の言葉が理解できず、私は思わず聞き返した。

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