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19.クリフと授業.歴史(そのに)

「あ、ところで、黒猫さん家なんですが……」


 歴史の授業の、今後の方針が決まったところで、重要な質問をしていないことに気付いた。改めて質問する。


「ん? それは、さきほどの、紋章が黒猫の男爵家のことかのう?」

「はい。その黒猫さん家って、独身の男性はいますか?」

「うーむ、どうじゃったかのう。理由によっては調べてくるが。なんで知りたいのじゃ?」


 おじいちゃん先生は、不思議そうに尋ねた。


「はい。私、婚約者を探しているんです。せっかく結婚するなら、紋章が可愛いというのも、ありかなあと」


 動機が不純じゃないかという指摘は、受け付けない。紋章って、パーティーのときとか、パートナーの胸ポケットにワンポイントで入れてたりするんだよね。婚約者さんの胸ポケットに、黒猫さんがいるなんて、可愛い。ぜひ連れ回したい。


「なるほど? ふむ……踏み込まないほうがよければ、答えんでもよいんじゃが、……フィーお嬢様は、アムスベルク家を継ぐのではなく、お嫁に行くつもりかの? 外に嫁ぐとしても、男爵家じゃと、かなり家格が下がるのじゃが」

「家格?」

「家の格のことじゃ。フィーお嬢様の立場なら、同じ侯爵家や、下がっても伯爵家、上を望むならば、王族に連なる公爵家も視野に入るじゃろう。当代の王太子は、すでに結婚しておるが、第二王子はまだ婚約者がいないとか」


「あー……」

「ふむ。……やはり、ご当主もそうお考えじゃろう? 極めて妥当な選択肢じゃと思うがの」


 キレの悪い私の返しに、状況を正しく読み取ったおじいちゃん先生は、当然のことのように、そう返した。


「あの、普通に考えたら、いいお話だなあとは思うんですけど」


 私に釣り合わない、という点を除けばね。


「ふむ。……お嫁に行くのが嫌なら、アムスベルク家を継いでは、いかがかな?」

「あ、アムスベルク家は、クリフが継ぐので。ね、クリフ、頑張ってね」


 クリフに向かって、にっこりしておく。大変だけど、君ならできる。頑張れ。


「え、そうなの? 僕、まだなにも聞いてないんだけど」


 今まで黙っていたクリフが、急に自分のことが出てきて焦ったのか、会話に加わった。


「あれ? そうなの? じゃあ、クリフは、なんて説明されて、うちに来たの?」


 侯爵から、なにも聞いてないとは思わなかった。生まれた家を10歳で出て、別の家に入るって、結構、重大な決断だと思うのだけど。


「僕には、魔術の才能があるようだから、養子においでって」

「それだけ?」

「それだけ」


 なるほどー。究極の説明不足ですね。そんな説明で決断したクリフ、ある意味すごい。手放したご両親もか。まあ、でも私のことが決まってない現状、仕方ないのかも。


「あー……お父さまは、私の婚約者が決まるまで、クリフに言わないようにしてるのかも。話しちゃって、ごめんね?」

「それは、いいんだけど。本当に姉さんは、まだ婚約者も決まっていないのに、この家を出ていくと決めているの?」

「あー、うん、ごめん。アムスベルク家は、魔術の才能がある人が継いだ方がいいと思って」


 そして、私は、平凡な人生を送りたい。負担をかけて、ごめんよ。


「そんな……一人娘より役に立つところを見せようと、無理して頑張ってた僕が、馬鹿みたいじゃないか……」


 にっこり笑ってそう言い放った私に、ショックを受けたのか、クリフは小さな声で何かを呟いた。


「ん? ごめん、よく聞こえなかったんだけど、なに?」

「……いや、なんでもないよ」


 クリフは、誤魔化すように、にっこり笑うと、普通に話を続けた。


「……姉さん。魔術の才能のこと、悩んでるの? アムスベルク家には相応しくない、と?」

「うーん。まあ、そう、……かな?」


 実際は、才能無くてラッキーくらいの気持ちだけど、家を継がなきゃいけないクリフに、そんなこと言いにくいので、曖昧に答えておく。


「そっか。……侯爵様って、大切な一人娘に、少し冷たくない?」

「あ、それはない。確かに私の魔術は、平々凡々だけれども。お父さまは、ここにいてもいいとは言ってくれたの。外に出たいと言ったのは、私の希望なので」


 侯爵が冷たいかどうかは保留中だけど、少なくとも、誕生パーティー以降、私には誠実に接してくれてると思う。婚約者探しも、私の希望を聞こうとしてくれてるしね。


「姉さんは、優しいんだね……」


 クリフは、少し辛そうに呟く。呟いた内容が予想外だったので、びっくりして聞き返す。


「え? どうして?」

「だって、この家のために自分を犠牲にするなんて。確かに、アムスベルク家には、魔術の才能がある人が必要かもしれないけど」

「追い出された訳でもないのに、この贅沢な暮らしを捨てるような決断、なかなかできないよ。……少なくとも、僕には出来ない」


 うーん、これは、価値観の相違ってやつ? なんとなく、両方が納得するのは難しい気がする。今の私にとっては、贅沢なんかより自由な暮らしのほうがずっと羨ましいんだけど。


「……確かに、この家を出たら、こんな贅沢、出来ないかもね。でも、私は、多少貧乏でも、気楽で自由な暮らしがしたいの」


「フッ」

「え? なんで、笑うの?」

「いや、別に。ただ、姉さんは本当の貧乏なんて、知らないんだろうなと思って」


 いや、知ってるし。10歳まで腹を空かせていた孤児を舐めるなよ? とにかく、なんとなく、馬鹿にされてるのだけは分かった。喧嘩を売るなら、買ってやんよ? と、ファイティングポーズを取ったところで、おじいちゃん先生から声がかかった。


「なるほどのう。色々分かったような気もするが、まずは、フィーお嬢様かの」


 おじいちゃん先生は、おもむろに、私の方を向いて話し出した。


「フィーお嬢様、わしは、基本的には傍観者でいたいのじゃ。外から歴史を面白がるために、歴史の当事者にならないよう、気をつけて暮らしておる」


 ふむふむ。なるほど? 確かに自分の笑い話って、恥ずかしいだけで心からは笑えないもんね。真面目な口調のおじいちゃん先生に合わせて、しっかりと聞く体勢になる。


「じゃから、本来なら、婚約者探しなぞ手伝いたくない、というのが本音なんじゃが。……まあ、可愛い生徒のためじゃ」

「よさげな家の坊主がいないか、探してみよう。……フィーお嬢様は、ちょっと放っておくと、あっという間に、転落人生を送りそうじゃしの」


 最後の方に、不穏な判断を聞いた気がするが、そこは無視して、ありがたく返事をしておく。


「おじいちゃん先生、ありがとう! できるだけ地味で、できるだけ平凡で、お父さまが納得できる方をおねがいしますね」

「うーむ……ご当主を納得させるのが、一番の難題じゃのう。まあ、家格が見合う範囲はご当主が探しておるじゃろうし、それ以外で、多少は魔術に覚えがある、といったあたりかの……」


「じゃあ、そんな感じでお願いします!」

「フィーお嬢様は、お気楽じゃのう……」


 呆れるように、おじいちゃん先生がため息をついた。

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