17.クリフと授業.魔術
クリフのスペックが高すぎる件について。
クリフが、アムスベルク侯爵家で暮らすようになってから二週間が経った。使用人たちにも、丁寧にお礼を言い、からかわれると、はにかんで笑うクリフの人気は、侯爵家内で急上昇中の様子です。
若い侍女たちが、仕事の空き時間を利用して、クリフの授業風景を遠巻きに見ていることが増えた。たまに侍女たちが手を振ると、クリフは恥ずかしいのか俯いて、ちょっとだけ手を振り返す。その様子に、また、きゃーと歓声が上がる。
わかる。確かに、クリフは可愛い。私にもすごく気をつかってくれるいい子だし。可愛いし。
ちなみに、私にそんなことをしてくる使用人はまったくいない。もしされたらこうしよう、ああしようと、横目に見ながらシュミレートだけは完璧だ。いつでもかかってきなさい。
「さすが、クリフさまです! 一度教えただけなのに、ここまで水属性の魔術を使いこなすとは、素晴らしいですね」
クリフ人気は、魔術の先生にまで広がっているようだ。三十代に見える女性の教師は、もはや目のハイライトがハートなのでは? と思えるくらい、熱心にクリフを見つめている。
最初は、氷属性ということもあって、冷たい感じだと思ったのに。たった二週間で、女性をここまで変えるクリフの才能に戦慄する。
クリフが作り上げた両手で抱えるほどの水球は、形こそ安定しないものの、クリフの両手の間の高さを保っている。目がハート先生は、クリフに惜しみない賛辞を送る。
「くっ」
クリフの汗が一筋、頬をつたい、それに集中力を奪われたのか、水球が弾けて、水しぶきが飛び散った。
「あ、姉さん! すみません! ドレスを濡らしてしまいました……」
「大丈夫。今日は、魔術の授業だから、汚れてもいい服で来たの」
「汚れてもいい服……?」
ほんのちょこっと水しぶきが跳ねただけで、慌てるクリフに、にっこりと笑って答える。本当にそれ、汚れてもいい服なの? と疑問の視線を送るクリフに、そうなの、だから大丈夫という意味を込めて、もう一度にっこりしておく。
侯爵令嬢にとっては、これが汚れてもいい服なのよね、自分でも驚くけど。授業の前に、侍女たちに汚れてもいい服を着たいと宣言し、かしこまりましたと言われて着替えた服。
え、ちょっと綺麗すぎないか? と思い、もっと汚れてもいい服を着たい、かしこまりましたの流れで来た服です。私には、一着前との差も正直分からないため、それ以上繰り返すのは、諦めました。
さて、休憩しているクリフを横目に、私も魔術の練習を始める。クリフと違って、ごくごく小さい風属性の魔術しか使えない私だが、先生に教えてもらって、少し成長した気がする。
ふんっと鼻息を荒げ、かつてないほどの気合を入れると、そよそよとした風が先生に届く。届いたのは鼻息ではないか、という指摘は受け付けない。
「えー……そうですね。フィーお嬢様の魔術は、だいぶ操作が正確になってきましたね。今、確かに私に届きましたよ」
先生は、どこを褒めるべきか悩んでいる様子を見せながらも、いいところを探して褒めてくれる。目がハート先生も、いい先生なんだよね。こんな私のことも、きちんと見てくれるし。
「お嬢様は、このまま、操作性を向上させるといいかもしれませんね。髪を乾かしたり、首の周りに風を纏わせて涼んだり、風属性はとても便利ですよ」
先生に、生活魔術としての活用をお勧めされたが、侯爵令嬢的には不要なスキルな気がする。まあ、でもこれから、普通の人と結婚したら便利かもね。ならば私も、操作性とやらを、向上させてやろうじゃないか。
「分かりました! 頑張ります」
「あ、……はい。が、頑張ってくださいね」
決意を胸に、元気よく返事をすると、先生は困惑気味に応えてくれた。えー、返事、不正解でした?
「先生、水球がだいぶ安定したと思うのですが、見ていただけますか?」
私が風属性の魔術の練習をしている間にも、クリフは自主練を続けていたらしい。見ると、先ほどよりも確かに表面が滑らかな水球が浮かんでいた。
「さすが、クリフさまです! 確かに先ほどよりも美しいですね。苦労せずに維持できるようになるまで、この調子で続けていきましょう!」
そのうち、宮廷魔術師になれるかもしれませんねと、目をハートにして話す先生を見て思う。向ける熱量が違いすぎやしませんかと。まあ、そんな状態でも、私にもきちんと教えてくれるところには、プロ意識を感じますが。
うーん、なんというか、さすがって不思議な言葉よね。この、あなたが出来ることは最初から知ってましたよ感。クリフは、たった二週間で、「さすが」を何回言われたんだろう。短い期間に周囲から信頼を勝ち取るクリフ、恐ろしい子。
一方、私が、例えば、風属性の魔術で自分の身体を浮かせるとか、クリフと同等の魔術を繰り出すとして。
目にハート先生は、「さすがお嬢様です!」と言うだろうか。いや、言わない。言うとしたら、「まさか! あのお嬢様が!」だろう。……って、あのって、なんだよ!
妄想したあげく、想像の中の先生のセリフにイラッとした私は、地面をどかっと殴る。……痛い。涙目です。
「姉さん! 大丈夫ですか?」
クリフが、維持していた水球を、バシャンと落とし、私に慌てて駆け寄る。
「ごめん。なかなか上手くいかないから、ちょっとイライラしちゃって。でも、もう大丈夫」
上手くいかないからって、地面を殴る侯爵令嬢、全然大丈夫じゃない。知ってた。だけど、とりあえずにっこり笑って、全力で誤魔化しておく。
「……姉さん。貴方は、アムスベルク家の大切な一人娘なんですから、身体を大切にしてくださいね」
クリフに、手をぎゅっと握られ、真剣に心配された。いい子だなあ。そして、魔術の才能が凄い。
クリフが魔術をきちんと習い始めたのは、アムスベルク家に来てかららしい。私は、何年もお嬢様と一緒に頑張っていたのになー。
あ、でも平凡な人生を望むなら、平凡でいいのか。髪を乾かす魔術とかちょうどよいのかも。よし、頑張ろう。




