16.可愛い子には、回らせろ
厳しい淑女教育に涙目になる毎日、非常に密度の高い英才教育とやらを受けているはずですが、凡人の私の器にはなかなか染み込みません。
ダンスは楽しい。才能はともかく、ストレス発散になるので、先生を振り回して楽しんでます。先生と一緒にクルクル回るの、楽しい。あ、先生は、割と背の高い女性です。男性パートも苦もなくこなす、カッコよい方です。
凡人の私が楽しめるよう、楽しい曲を選んでくれて、技術より楽しみましょうの姿勢がありがたい。勢いよくホールの真ん中をステップで駆け抜ける練習とか、爽快で豪快。食事時すら気の抜けない、最近の私の唯一の息抜きにもなっています。
知識の授業は、声の素敵なおじいちゃまがひたすら朗読してくれます。もうすぐ、睡眠学習的な効果が出るのではないかと信じてる。うっかり寝てしまっても、優しく朗読を続けてくれるおじいちゃん先生、大好きです。
初日に怯えたマナーの先生は、意外と実利を取る方でした。事前に、猿でもできる方法を考えてきたとのこと。この世界には、生徒への礼儀という作法は存在しないのでしょうか……
マダムいわく、私の礼儀作法は、無難にできてはいるが、細部にまで気を使っていないため品が足りず、淑女というより侍女のように見えるとのこと。鋭いですね。
一目で完璧な淑女と分からせるために、まずは、笑顔の作り方、立ち姿、座る姿勢、それぞれの姿勢とそれに合わせた手の位置を完璧に矯正した後に、動きを取り入れていくそうです。
合格がもらえるまで鏡の前で笑顔の練習をし、それを維持したまま立ち姿の矯正……これだけでキャパを超える私。むしろ笑顔すら、まだまだのようです。目が笑っていませんよと指摘を受ける。すみません。
最終的に、想像よりはよくできてますね、とお褒めいただき、一日のレッスンは終了です。褒め言葉……なのか? いつか、マダムの想像していた侯爵令嬢像を問い質したい。先は長そうです。
食事の際、マダムの指摘をまともに受けると食べることがまったくできないという問題は、怒られた瞬間に一口食べてしまうという、後でもっと怒られる、痛みを伴う技術開発により、解決させました。もぐもぐ。はい、すみません。
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「やあ、フィー。頑張ってるね」
テンション高く、汗だくになりながら、くるくるダンスを踊っていたある日のこと、珍しくアムスベルク侯爵が見学にやってきました。後ろにちょこんと人影が見え隠れしています。
「紹介しよう。これから、フィーの義弟になる、クリフだよ。今年、10歳になるんだって。誕生日には、家族でお祝いしようね」
侯爵はそう言うと、隠れていた人影をぐいぐいと前に押し出した。
「あ、あの……クリフです。よろしくお願いします!」
前に押し出されて諦めがついたのか、勢いよくぴょこんと頭を下げるクリフを見て、私の中で、お嬢様の攻略ノート……対象ノート? の内容が駆け巡った。
正直、ノートの存在はすっかり無かったことにしていたので、自分が付けたはずのネーミングすらあやふやだ。駆け巡った情報も、なんかお嬢様が危険って書いてた、程度のもの。
私の反応をびくびく待っているこの子が危険? こんな可愛いのに腹黒属性とか、世の中、深いなあ。逆に萌える、かも? いや、そもそも私の好みはクール系インテリ眼鏡でした。そんなことより、まずは様式美として、ここは怯えておくべきだろうか。
うーむ、……だけど、少し考えると、……もし、この世界が私の知っている悪役令嬢ものの世界だとして、まったく邪魔をしない、むしろ応援している私が、本当に処刑されたりするんだろうか。ただの凡人な私ができることって、むしろ全力で応援し、周囲にも全力で邪魔しないアピールをすることでは?
そんな単純な思考に突き動かされ、私が黙っているのを不安そうに見つめていたクリフにじりじりと近づき、両手をがしっと掴むと、力強く宣言した。
「クリフ! 私、あなたの恋を全力で応援します! どんな相手でも私、必ず味方になるから。だから、好きな人ができたら、隠さず教えてね?」
「ええ? あ、あの、……ありがとうございます?」
突然の突進に目を白黒させながらも、律儀にお礼を言うクリフ。ふふ、可愛いなあ。腹黒属性は、これから育つんだろうか。……というかそもそも、お嬢様は恨んでいたようですが、義弟は腹黒って書いてたっけ?
うーん、……覚悟を決めて、あの怖いノートを開くか、そんなことは無視して、全力で仲良くなるか……結局、仲良くなったほうが、みんな幸せになれそうじゃない? 自分の発想の素晴らしさに衝撃を受ける。天才か。いや、ホントに。
そんな直感的な閃きを信じて、クリフの両手をギュッと握って笑いかけた。クリフの幸せを祈るから、どうか私の幸せも守ってくれという願いを込めて。
「フィー……もうなんかさ。……さっきから色々言いたいことはあるんだけど。とりあえず、初対面の会話じゃないよね? それ」
私と義弟の様子を伺っていた、というよりむしろ、私の奇行をしばらく黙って見守ってくれていた侯爵は、呆れたようにそう呟いた。
「え? そうでした? でも私にとって、一番重要なことだったので。ね、クリフ。これから姉弟になるんですよね。仲良くしましょうね?」
「そう、それ! 普通そっちでしょ」
「……ふふっ。フィーお姉さまは、楽しい方なんですね」
侯爵と私のやりとりに、少し緊張が抜けたのかクリフが笑いながら応えてくれた。うーん、やっぱり可愛い。
「よし、クリフ。踊りましょう!」
「ええっ!?」
うっかり忘れかけてましたが、今はダンスの練習中でした。可愛い子には、回らせろ。謎の名言が頭を駆け巡る中、クリフの両手を掴んだまま、くるくると回ることにしました。うふふふ、うふふ。
ドタドタと音を立てながら、部屋の中を縦横無尽にくるくるします。もはやダンスとも言えないくるくるは、気を利かせて演奏を再開してくれた、ピアノ演奏者の技術もあり、なんとなく音楽に乗れた気になった私の、空回りパワーが無くなるまで続きました。へろへろ、ペタン。あ、目が回りすぎて、気持ち悪い……




