14.髪色の魔術
「ふぁー。疲れた……」
ばふっ。部屋に戻り、あまりの疲れから、一目散にベット目掛けてダイブした。
結局、侯爵に二時間近く拘束されていたが、婚約者についてはどうしても歩み寄るのが難しく、すべての候補にイヤイヤいう私に呆れ果てた侯爵の宣言により、一旦、解散となった。
侯爵が、もう少し地味な候補を改めて考えてみるとのこと。侯爵の地味基準には不安が残るが、考え直してくれるという申し出は、大変、大変ありがたい。心を込めて、よろしくお願いしておいた。
……うん、やっぱり、心の込め方が足りたかったかも。ふと不安になり、ベットの上でむくりと起き上がると、侯爵の方角を向いて、胸の前で手を握りしめて俯くと、真剣に祈っておいた。
-普通の人、普通の人、普通の人がいいです、お願いします。……あ、でも、もし可能なら、ちょっとだけかっこよくて、優しいと、なおよいです。あ、あと、誠実で、あとあと、……
「……フィーお嬢様」
「ふぁっ」
完全に一人っきりだと油断してた。雑念しかない祈りを捧げていたところで、背後から声がかかったので、思いっきりおかしな声が出てしまった。
おそるおそる振り返ると、若干呆れ顔にみえる、侍従ルドルフが立っていた。恥ずかしさに顔が赤くなる。
え? いつからいたの?
「え? いつからいたの?」
おっと、声に出てた。
「最初からいました。……というか、侯爵の執務室にお連れしてから今まで、ずっと後ろにおりましたが」
お前は何を見てるんだという、呆れ果てたような視線を向けながら、あくまで丁重に答えが返ってきた。
そうだっけ? うーん、確かに最初に呼びにきたのは、ルドルフだったし、その後も執務室から出て行っては無かったかもね。侯爵との交渉に必死すぎて、すっかり頭から抜け落ちてた様子。
あれ? そうすると、最初のベットにダイブも、怪しい祈りも見られてた?
「……今の、見てた?」
「なにを見ていたと仰っているのか不明ですが、見ていたかと言われれば、すべて見ておりました」
「……あ、そう」
だったら、きっと、ルドルフの脳内で私は、すでに残念令嬢と判定を受けているだろう。もう気にしないことにして、ベットに再度ダイブして、枕に顔を沈めた。
大体、なんだか知らないが、ルドルフがこの先もずっと私についているというのなら、気にするだけ無駄な気がする。令嬢らしくないと言われても、知らん。
あれ? だけど、お嬢様には侍女の私がついていたのに、なんで私には、侍女じゃなく侍従がつくのかな。
「……なんで、侍女じゃなくて、侍従なのかしら」
不満が、つい口を出た。
「フィーお嬢様には、より強いサポートが必要という、侯爵様のご判断でしょうね」
「ふーん?」
別に戦闘力は求めてないが。むしろ、そんなものが必要ない人生を、全力で選びたいが。
「……私が戦いにおいて強い、という意味ではないですよ。まあ、ある程度は対処しますが」
「フィーお嬢様の、貴族としての常識や振る舞いを、常にフォローすることができるよう、側を離れるなと言いつかっております」
相変わらず、こちらの思考を読むエスパーぶり。
うーむ、つまり普通の侍従とは違って、知識面でもフォローしてくれて、侯爵令嬢らしからぬ振る舞いも諫めてくれる、と。女性より女性の振る舞いに詳しいとか、万能か。
ギシッ
ほえ?
謎の軋み音に、枕に沈めていた顔をぱっと上げると、ルドルフが、ベットのごくごく近い場所に腰掛けていた。
「な、な、なに……え? な、なによ?」
思わず、起き上がって、ベットの端まで後退る。
「動かないでください」
ドキドキして、言葉にならない私を気にもせず、ルドルフは距離を詰めると手を伸ばしてきた。手が頬に触れそうになって、思わず、目をギュッと瞑った。ルドルフの手が、私の髪をすくう。
「……これから、髪色と眼の色の魔術を重ねがけします。私の場合、触れないとかけられませんので」
「……あ、そっち?」
ドキドキしすぎて、なにがなんだか分からなくなっていた。そっちって、どっちなんだ、自分。
あの、あれね、魔術ね。なんだかおかしな勘違いをしかけていたのが恥ずかしく、落ち着くために、すはすはと深呼吸をした。
ルドルフが、この、私にまったく似合わない薄桃色の髪と目を維持してくれると。なるほど、なるほど。ドキドキする必要は、まったくなかった。
「……ちなみに、この魔術って、どれくらい持つの?」
触れてくるルドルフに身を預けながら、手持ち無沙汰になった私は、気になったことを聞いてみた。
「そうですね。術者の技量にもよるのですが、三日ほど経つと、薄皮が剥がれるようにパラパラと色が落ち始めて、一週間も経つと全体がくすんで見えるようになります。完全に戻るのは、二週間ほど後でしょうか」
「なので、できれば毎日、魔術は重ねがけしたほうがよいと思います。全体に触れる必要があるので、明日からは、侍女が下がった後、寝る前に行いましょう」
ふむふむ。今のところ、そんなに変化を感じないが、毎日、重ねがけしておくと安全、ということまで把握しました。
しかし、これ、一生続けるの? 名前を変えるほどのつらさは感じないが、面倒ではある。
「……おつらいですか?」
黙ってしまった私の様子を気にしたのか、ルドルフが声をかけてきた。
「そんなことないよ。ただ、……ちょっと、面倒だなって」
「そうですか。……まあ、フィーお嬢様は、今はだいぶ日焼けされていて健康的な肌色なので、もう少し肌色が白くなれば、この髪色もお似合いになると思いますよ」
んん? なんだか今、スルーできない発言があった気がする。
「……はいー? 似合わないのがツライとか、そんな話してないんですけど。今、薄桃色の髪なんて、私に似合わないって言った? 言ったよね。はい、喧嘩を買いました!」
ベットの上では締まらないが、ファイティングポーズをとって、威嚇する。
「フフッ。お元気になられたようで、よかったです。……似合わないとまでは言ってませんよ。ただ、健康的なフィーお嬢様には、元の髪色もお似合いだったというだけで」
私の怒りを気にした風もなく、優しく髪を撫でつけながら、作業を再開するルドルフに、気が抜けた。
分かりにくいが、非常に分かりにくいが、励まそうと、してくれたらしい。
元の髪色なんて、よくあるただの栗色で。気に入ってた訳でもない。だけど、似合ってたと言われて、思ったより嬉しく、なんとなく、この事態に巻き込まれて初めて、胸がふあっと暖かくなった。
……ルドルフって、誕生パーティーでも、きちんとフォローしてくれたし、悪い人では無さそうなんだよね。というか、元の私のことを覚えていてくれる、今となっては貴重な相手で……
ふと、事情をすべて分かっているルドルフには、お嬢様らしい振る舞いもしなくてよいのでは、と気がついた。
……あれ? 侯爵の候補より地味(?)だし、元の私のことも覚えてるし、もしかして、……もしかして、理想の婚約者がここに!?
「あの、……ルドルフさん!」
思い立ったら一直線。ベットの上でにわかに正座して、思い切りよく手を差し出した。大体、このまま待ちの姿勢では、キラキラしい方の重荷として、残念な人生が待っている。
「私と、結婚してください!」
侯爵との長時間の交渉で、おかしなテンションになっていた私は、ルドルフに結婚を申し込んだ。
……
…………
あのー、沈黙が痛いのですが。




