12.で、婚約者
「で。婚約者なんだけど」
「はい?」
「婚約者。何か希望はある?」
……あれ、その話まだ続いてます?
「分かりました」
「ん? 僕に任せるってこと?」
「あ、いえ、分かりません。ではなく、やめます」
「え?」
「あの、独立した住居も資金も、やっぱり要りません。どうか私を養ってください。末永く、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。いやー、やっぱりお嬢様業はいいよね。なにもしなくても食べていけるなんて、さいこー。
「いや、無理だから」
あれ? また、この流れ? いや、でも今度こそ間違えてないはず。住居+資金=婚約者ってことはですよ? 住居も資金もいらない=婚約者いらない、ですよね。
「だから、無理だから」
侯爵は、ため息を吐きながら、ぱらりと落ちてきた前髪をかきあげた。カッコよい……(2回目)。
「あのさ、仮にも侯爵令嬢が、14歳の誕生パーティー過ぎて、婚約者無しっていうのは通らないの。本当は、今いないのもおかしいくらいなんだから」
ほほー? うん、侯爵令嬢(仮)、いいですね。私にぴったり。よし、これからは、心の中で自分をそう呼ぼう。
「聞いてる?」
「あ、はい。聞いてます。すみません」
怒られた気まずさから、ソファの上でもそもそと居住まいを正して、考える。
えー……つまり、侯爵令嬢=婚約者の法則も成り立つと。ってことは、侯爵令嬢やめれば、……ん、そこはやめれないんだっけ? あ、詰んだ……新たな法則の、強固な関係性に愕然とした。
「どんな人がいいかとか、希望があるなら出来るだけ聞くから。……まあ、だけど。とりあえず婚約者が欲しくない理由から聞こうか」
「え。……えと、欲しくないというか、そんなこと、考えたこともなかったというか。あの、こんなこと言うと笑われるかもしれませんが……」
「いいよ、いいよ。この際だから、なんでも言って?」
柔らかく微笑んだ侯爵に安心して、両手の指をもじもじと交差させながら、とりとめなく話し始める。
「あの、……婚約って、結婚の約束ですよね。あの、私、もし結婚するなら、好きな人としたいなあって。誰かを自然に好きになって、片想いするとか、やっと両想いになっても、手を握るのがやっととか、したいなあ、なんて?」
えへ。恥ずかしくなってはにかむ。前世を含めて三十うん年、少女趣味すぎないかというツッコミは受け付けない。いいじゃない、せっかくの14歳、青春なんだもの。
「ふーん。……ちなみに、それ、どうやって出会うの?」
「え?……えーと、街で偶然ぶつかったり? ずっと友達だったけど、だんだんお互い意識し始めて、とかですかね?」
前世も含めて、進展した経験がないので、ちょっとそこは分からん。少女漫画からの知識です。たぶん、もう少し大きくなれば、なんか自然に、こう、上手くいく的な? 知らんけど。
「……」
こてんと首を傾げて反応を待つが、なんだか侯爵の視線が冷たい気がする。
「……よし、分かった。もう、僕が婚約者決めちゃうね」
「え? ……いやいや、待ってください! 今の話で、どうしてそうなるんですか?」
「フィーには任せておけないってことが、よく分かったから。……あのね、まず、フィーは貴族なんだから、ぶつかってくる人がいたら、護衛が当然、阻止します」
なんと! 味方に夢の実現を阻止されるとは……
「あと、貴族の男性と友達になるとしたら、貴族の子息・令嬢が15歳で入学する王立学園で、ってことになるけど」
「ほとんどの家では、入学前に婚約者を決めるから、男性とお友だち〜なんて浮かれて一緒に過ごしてたら、婚約者の家からうちに苦情が来ます。……だから、絶対、やめてね?」
笑顔で凄む侯爵に、こくこくと頷いた。男友達、ダメ、絶対。把握しました。……でも、じゃあ、どうしたら?
「あのー。ちなみにですけど、一生独身、という選択肢は……」
「はい、却下」
はやっ。なんだか、だんだん私の扱いが雑になってきてない?
「でしたら、平民が相手って言うのは、……」
「んー……身分差を覆すくらいのなにかがあれば、考えるかな? 例えば、莫大な資金をもってる四大商会の跡継ぎとか、莫大な魔力量を持ってるとか」
いや、そんなキラキラしい方と地味な私が婚約とか、相手に申し訳ないです。
「あの、できれば、もうちょっと地味な感じで、お願いしたいのですが……」
「……例えば?」
「街の雑貨屋さんの息子さんとか、パン屋さんとか……」
「はい、却下。お話になりません」
えー。いや、これ、私の希望が通る気がしないんだけど。むしろ、侯爵の思う、理想の婚約者とはなんぞ?
「……では、侯爵が思う、私にちょうどいい相手って、どんな相手なのですか?」
「んー、そうだね。一応、目ぼしい相手の身上調査の結果が、……あ、あったあった」
机から書類を探し出すと、一枚ずつ紹介してくれた。
「まずは、第二王子のフィリップ殿下ね。同じ年齢だし、うちがずっと後見してたから、最悪、仲が悪くなっても、フィーにひどいことはしないと思う。王族に連なる縁ができるのは、うちの家にとってもメリットがあるし」
「ひぇっ! 却下! 却下で、お願いします!」
まずい、第二王子はいろいろまずい。焦って、両手で大きくバツマークを作る。ひどいこと? いや、するでしょ、お嬢様に。
「……うん、まあフィーに、第二王子は流石に厳しいかなとは思ってた。髪と眼の色も変えてるし、王家の相手に特に期待される魔力量も少ないしね。うーん、……髪色の問題を考えると、第二王子と関わりの深い、派閥の子もダメかー。厳しいな」
バサバサと、たくさんの書類が弾かれる。
「あ、うちに養子に入る予定の子にして、アムスベルク家を継ぐ? 僕もフォローできるし、この際、それもいいかな」
「きゃ、却下! 却下で、お願いします!」
はい、第二王子に続けてのお嬢様の鬼門、義理の弟来ました。全力でバツマークを作る。
「えー? でも、家にずっといられるよ? 気楽さでいえば、一番だと思うけど」
「ほかで! なんとかほかで、お願いします!」
悪い未来を回避すべく、涙目を超えて、全力で懇願する。不満そうな侯爵は、それでも書類をパラパラとめくっていく。
「えーと、……あ、なら辺境伯の子息はどう? 王国の重要な防衛拠点だから、王都の社交の大部分を免除されてるし、少し地味だと思う」
辺境伯が地味とか、侯爵の地味基準とは一体……というか、防衛とか不穏ワードが聞こえた気がする。
「あの、防衛って、戦うんですか?」
「そうだね。あそこは特に仲の悪い隣国との国境にあたるから、小競り合いは多いね。それに、辺境伯が、代々ゴリゴリの戦闘系だから、何かあるとすぐに戦いたがるんだよねー」
「僕から言わせると、もうちょっと外交努力して欲しいんだけど。せっかく圧倒的な武力を持ってるんだから、笑顔で圧力かければ済むのにね?」
不思議だね? と、にっこりする侯爵も、力で抑えてる辺境伯も、どっちも怖いです。というか、そんな一触即発な場所で、平凡な私が生き残れる気がしません。
「あの、もうちょっとほかにいないんですか?」
「えー? フィー、ちょっと我がままじゃない? みんな、見かけだけじゃなく能力もあるし、凄い条件いいのに」
「条件が良すぎるんです! お嬢様でなく、私ですよ? もうちょっと、平凡な私が、穏やかに暮らせそうな人を探していただけませんか?」
「あのさー。……フィーが平凡だっていうなら、ますます相手には能力が必要じゃない? 王家も、能力の無い貴族には否定的だし、そんなの選んだら、あっという間に没落するよ?」
「でも、能力高い方にとって、私、完全にお荷物じゃないですか……」
「そこは、うちから圧力かけるから大丈夫。大事にさせるから」
「圧力かけるのは、やめてください……」
「え? 圧力かけちゃいけないの? うーん、それは困ったな……」
「……」
「…………」
あまりの感覚の違いに、このままでは、一生、条件で折り合えない。二人の間に、そんな確信にも似た沈黙が広がった。




