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11.贅沢は言わない

 「……それで、ゾフィー。どんな婚約者がいいとか、希望はある? 出来る範囲で希望を聞くけど」


 住居+資金=婚約者の法則が、盛大にはてなマークを引き連れながら頭の中をぐるぐると行進する。

 うーん? きぼう?……希望ね。うーん、……分かった。よし、そうしよう。


 ずいぶん長い間思考を放棄した気がするが、今後の方針を決めると、アムスベルク侯爵を力強く見つめて頷いた。


「分かりました」

「ん? このまま進めていいの? 特に希望が無ければ、相手は僕が決めるけど」


 あっさり肯定した私を、訝し気に目を眇めながらも話を進める侯爵に、慌てて否定する。


「あ、いえ! 分かりません。ではなく、却下で」

「え?」

「郊外に住居と資金を、という私の希望を取り下げます。侍女としてこのまま働かせてください。いち使用人として、末永く、よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。所詮、働かずに悠々事態な生活なんて、身分不相応の願いだったのだ。いやー、自分の力で働くって素晴らしい。心機一転頑張ろう。


「いや、……あのね」


 気持ちを切り替えて、いっそ清々しい気持ちで頭を下げる私を見て、アムスベルク侯爵は、困ったように眉を寄せている。


「無理だから」

「え?」

「だから、無理だから」


 大事なことだから2回言った? ここは、私の無理目な願いを叶えずにすんで、安心するところでは? 思わず、首を傾げる。


「そうなのですか? あ、アムスベルク侯爵家で働き続けるのが難しいということでしたら、どちらかのお家を紹介頂くのでもよいのですが……」

「いや、無理だから」


 えー。頑なに無理無理言い続ける侯爵に困惑しながら考える。そんなにダメなの? うーん、……あ、契約の問題とか?


「あの、契約の魔術でしたら、当事者同士が合意していれば変更も可能だと思っていたのですが……」

「そこはね。だけど、王家に誤魔化しは効かないって話はしたよね。誕生パーティーで起こったことは、真実にする必要がある」


「それに、うちの使用人全員にかけた魔術は、……詳細は省くけど、不可逆なの」

「ふかぎゃく……」

「もう戻せない、変えられないってことね」

「もどせない……」


 単語として理解できていない私を正しく理解して、侯爵が分かりやすく教えてくれるが、変わらず情報を受け止めきれず、ただただ反復する。


「そう。まあ、上位貴族だけが知っている、対象となる相手に一生に一度だけ使える便利な魔術があってね。それ使っちゃったから」

「うちの使用人たちにとって、もうゾフィーは、君が本物なの」

「ほんもの……」


 アムスベルク侯爵はにっこりと笑いかけるとそう断定した。が、私には困惑しかない。


「だからね、もう仕方ないの。これからもよろしくね、ゾフィー」


 断定的に話を進める侯爵に、困惑しながら反論する。


「……あの、でも、お嬢様はこれからも探してくだるんですよね? 私、見つけたら交代できると思ってたんですけど……」


 探さないほうがよいとも思うけど、見つけたら普通に交代だよね? そうだよね? 願いを込めて見つめてみるが、侯爵は顔を強張らせて頷かない。


「……娘は、もう。……そうだね、見つけたら、……うん。あの娘は、フィーナとして遇するしかない、かな」


 侯爵の感情を無くしたような呟きに、顔からさっと血の気が引いた。それって、……それって、もう、……


「それでは、私は……もう、一生フィーナには戻れない、……と?」

「ごめん」


 そうだとも、違うとも言わず、ただ謝る侯爵はむしろ誠実なのかも……なんて、関係ないことを思いながら、ぼんやりと見つめ返した。


 これから一生、誰からもフィーナと呼ばれない。


 想像すると、胸が苦しくなった。侯爵が、頑なに私をゾフィーと呼ぶ理由を知った気がして、今までの違和感が、形になって肌をざわつかせた。

 なんでか急に透明人間になった気がする。誰からも呼ばれない。誰もこれまでの私のことを思い出さない。これって、死ぬのと何が違うのかな。


 婚約者とか、家を継ぐとか、そんなことより、なにより認めちゃいけない気がした。


「……侯爵さま」

「お父さま、ね」

「あの、お父さま。ここまできたら贅沢は言いません。……一つだけ、お願いしてもいいですか?」

「もちろん。……僕に、できることならね?」


 やや警戒気味の侯爵に、一つの願いを伝える。


「あの、……もし私がゾフィーになるのが仕方ないとしても、今後、私をゾフィーと呼ぶのはやめてもらえませんか?」

「うん?」


 意外な願いだったのか、訝しげな顔をする侯爵に、構わず説明を続ける。


「なんというか。うまく言えないんですけど、……侯爵さまが私をゾフィーと呼ぶ度に、私、元の自分が捨てられたような気持ちになるんです」


 多分、どんなに言葉を尽しても、この、別の名前で呼ばれるたびに、心が冷えてくような、心の端っこからぽろぽろ壊れていくような、この気持ちは、伝わらないだろうけど。


「だから、……そうですね、たとえば愛称として、私のことはフィーと呼んでもらえますか?」

「ふーん? フィーと呼べば、それでいいの? 他のことは全部飲むと?」

「全部、とまでは。ただ、これからも身代わりになるのなら、最低限、この願いだけは、聞いていただきたいです」


「侯爵さまは、ゾフィーのつもりで、私をフィーと呼んでいただいても構いません。私は、フィーナと呼ばれた、そう思うことにしますので」

「……ん。分かったよ。じゃあ、フィー。これからよろしくね」


 あっさり了承して握手を求める侯爵に、肩透かしを食らった気分になったが、おずおずと手を握り返した。


「あの、ずいぶん簡単ですけど、よいのですか?」

「もちろんいいよ。むしろ、実の娘を切り捨てたことを軽蔑されて、もっと無茶な要求されるかと思ったくらいだもの。呼び方変えるくらい、ぜんぜん問題ないよ」


 あ、やっぱり実の娘に冷たい自覚はあったんだ。


「あの、……正直、あれだけ大切にされていたお嬢様をあっさり諦めたので、びっくりはしました」

「冷たいなって?」

「あの……」

「気を使わなくてもいいよ。そうだね、僕も冷たいと思う。……そんなに簡単に切り捨てたつもりじゃないんだけどね」


「まあ、たとえ軽蔑されたとしても、いいんだ。僕の判断は、うちの家に関わる人達全員を、この一族の行く末を、何百年と守るものじゃないといけないと思ってるから」

「僕個人がどれだけ娘を愛しく思っていたとしても、僕は何度でも同じ判断を下すと思うよ」


 迷いなく話す侯爵に納得できる部分もあり、家に不利となればあのお嬢様でさえ、ばっさりと捨てられるという怖さもあり、私は不安な気持ちのまま、曖昧に頷いた。 

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