01.14歳の誕生パーティー準備
(…お嬢様、おはようございます。)
空が白んできた早朝、いつもなら家の主人を起こさないよう静かに準備を進める使用人たちだったが、今日はそんな余裕もないらしい。
執事や侍女長から様々な指示が飛び交い、使用人たちは慌ただしく準備を進めていた。
お嬢様付きの侍女である私も、ほとんど真夜中といっていい時間に起きた。気だるい身体をなんとか動かし、出来るだけ静かにお嬢様の部屋に入ると、ささやくように言いながらカーテンを開けた。
今日は、今年14歳になるゾフィーお嬢様の誕生パーティーがある特別な日だ。社交界デビューとなるその日は、その家の威信をかけて、できうる限り大勢の貴族を家に呼ぶ。
それまで家の中で大切に育てていた次代を担う子息子女を、初めて社交の場にデビューさせるのだ。今後を占う側面もあり、招待客が主賓を見る目は厳しい。
それまでの教育の成果を見せ、その後の各家の趨勢を占う14歳の誕生パーティー。そんな特別な日に向けた各家の気合の入れようは凄まじい。
当家でも、執事と侍女長を始めとしたベテランが滞りなく準備を進めてきた。
今日のような特別な日に、ゾフィーお嬢様と同じ年の、使用人としてはまだまだ幼い私に出来ることは少ない。
だが、今日の私には特別重要な任務が与えられている。その任務とは、とにかくお嬢様を機嫌よく起こすことだ。
わがままの代名詞と言ってもいいゾフィーお嬢様。一旦機嫌を損ねると、嵐のように使用人たちに八つ当たりし、その日どころか数週間は、機嫌が悪い。
そうなると諌めるはずの家庭教師は裸足で逃げ出し、使用人たちは、目をつけられないようお嬢様の部屋の近くを避けて暮らす。
そんなゾフィーお嬢様に唯一苦言を言えるはずの侯爵は、ゾフィーお嬢様の可愛い(?)わがままをニコニコと聞いて、諌める様子は無い。
「ゾフィーのおねだりは可愛いね」
とは、侯爵の言葉だ。暴れる怪獣を膝に乗せ、可愛い可愛いと頭を撫でる。侯爵がいなくなった後に被害を受ける予定の使用人たちは、諦めの境地で給仕に徹する。
今日は、そんなゾフィーお嬢様を、早朝、まだ夜中と言ってもいい時間に起こすのだ。
誕生日パーティー準備の中でも、「ゾフィーお嬢様を機嫌よく起こすための会議」、通称「ゾフィおこ」は準備を始めた1年前、一番最初に立ち上げられた。
当家の主要な使用人と、お嬢様付きということで特別に入ることを許された私をメンバーに、「ゾフィおこ」は、毎週、皆の仕事が終わった夜遅くに開催され、ギリギリまで起こさない派と、早く起こして完璧に飾り立てたい派に分かれ、大きく紛糾した。
多少、髪型や服装に隙があっても、ゾフィーお嬢様の機嫌がよいほうが重要だというギリギリ派。
少しの隙が付け入られるきっかけになるから完璧に着飾らせたいと主張する完璧派。
どちらの言い分もよくわかる。メンバーの末席に座る私は、気楽な気持ちで両方の言い分にうんうんと頷いていた。あと、正直、眠かった。
決定打に欠け、追い詰められた両派は、2ヶ月前、そろそろ決めないとどうしようもないという段になると、そんなどっちつかずの私に目をつけ、どちらにつくのかと詰め寄った。
皆のあまりの迫力に押され、泣きそうになりながらなんとかひねり出した「ギリギリに起きて機嫌がよくても、隙のある髪型や服装のままパーティーに出ることになれば、プライドの高いお嬢様の機嫌は結局、悪くなるのでは…」という呟きにより、完璧派が勝利することになった。
その後は、一致団結し、早朝にゾフィーお嬢様を機嫌よく起こすための方策が練りに練られた。
その1.前日は3時間前に就寝させよう
侯爵の協力により、2週間ほど前から少しずつ食事と入浴、睡眠の時間をずらしていた。流石に最後のほうは、ゾフィーお嬢様もおかしいと思ったらしくなんどか聞かれたが、気のせいですと押し通した。
昨日は、寝付きのよくなる香りのオイルを使い、3人がかりで入念にマッサージし、なんとか3時間前に寝かせることに成功した。
その2.自然な環境変化で起こそう
どんなに早く寝ても、やっと空が白んできた早朝に、無理矢理、私の掛け声で起こせば、それは機嫌の悪いゾフィーお嬢様の完成だ。
当家の執事は、侯爵の許可の下、資産と権威を惜しげもなく使い、国中から、場合によっては隣国まで手を伸ばし、気持ちよく目覚める方法を模索した。
その結果、自然な環境変化で起こすと機嫌よく起きれるという噂を聞いた。
効果があるかは未知数だが、誰も怪我をしない方法ではある。思わず飛びついた私たちは、さっそく実践しているという訳だ。
・太陽を真似て、段々と輝きが強くなる光石を部屋の中央に置くこと
・爽やかな香りの紅茶を、香りが広がるよう、よく
蒸らした後、ポットを開けておくこと。紅茶は入れ直しになるだろうが、気にしないこと。
やることリストを見ながら手順を追っていると、ドアが静かに開いた。今日の誕生パーティーで、音楽を奏でる予定のバイオリニストだ。特別な手当てを貰って、優しい音色の音楽を、ゾフィーお嬢様が起きるまで奏でる約束になっている。
バイオリニストは、私を見て頷くと、優しい音で演奏を始めた。
-なんて、優雅な朝だろう。
素敵な音楽といい香りに包まれ、思わずうっとりとしてしまったが、気を取り直して、やることリストを見る。
・朝日、紅茶の香り、優しい音楽まで準備したら、半刻ほど静かに待つ
なるほど。うっとりしてもよかったらしい。安心して音楽に聴き入る。
……
…………半刻ほど経っただろうか。残念ながら、天蓋付きベットの中のゾフィーお嬢様は、身じろぎ一つしない。あらためて、やることリストの続きをみる。
・半刻待ってお嬢様が起きなければ、諦めて声をかけて起こすこと。
……えっ。思わず目を疑った。もう一度、やることリストを読み直す。あの優秀な当家の執事が、あそこまで力を入れていたのだ。朝、この紙を渡されたときは、もっと素晴らしい方法が色々書いてあるものと思い込んでいた。
……何度読み返しても、これ以上アイデアはないらしい。
こんな気持ちのいい朝に、一番に怒鳴られるのは私なのか…若干涙目になりながら、ついバイオリニストに頼るような視線を向けるが、えっという顔をされた。そりゃそうか。彼の手当に怒られることまでは含まれていまい。
諦めて、刑の執行を待つような気持ちで、恐る恐る天蓋のレースを開けた。
バイオリニストは、応援のつもりなのか、少し賑やかな調子の曲に変えて演奏を続けてくれている。
天蓋のレースを開けても、ゾフィーお嬢様は、微動だにしない。美しい薄桃色の長い髪が流れるように布団の上に出ているが、うつ伏せになっているのか、顔色は伺えない。
私は、意を決して声をかけた。
「ゾフィーお嬢様。本日は14歳のお誕生日、まことにおめでとうございます。……まだ早いですが、お美しいお嬢様を完璧に飾り上げたいと、侍女たちが待機しています。どうか起きていただけますか?」
「……」
「あの、ゾフィーお嬢様……?」
いつもなら、うるさい!と怒鳴られるタイミングなのに、今日は相当深く眠っているのだろうか。まさか、昨日の寝付きがよくなるというオイルの効果が続いている??このまま全く起きなかったらどうしよう。
急に不安になった私は、声をかけながら、柔らかい羽毛布団を少しめくり、ゾフィーお嬢様の顔を覗き込もうとした。
すると、めくり上げた布団に合わせて、ずるりと長い髪がずれた。……そこにいたのは、薄桃色のかつらをかぶったぬいぐるみのクマだった。
……
…………
思わずじっくり見てしまったが、クマのぬいぐるみは、中空を見つめたまま微動だにしない。
……
…………えっ?
私も今日は特別に早起きしている。眠気のあまり、不思議なものを見たようだ。目を瞬き、もう一度よく見る。
………………うん、クマだ。
「……いやーっ!?」
ようやく状況を理解したわたしは、そう叫んだ。
2020年9月23日誤字報告ありがとうございます(侯爵と夫人の協力により、→ 侯爵の協力により、):す、すみません。
■完結済■「嫌われ悪役令嬢ですが、第2王子攻略を目指します。」→ドキドキしたい!そんな勢いだけの作品です。(↓にリンク)