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特注金庫

作者: N(えぬ)

 彼は金持ちだった。だが表面的にはそれほど派手な暮らしぶりでは無かった。それは彼のずる賢さの証拠でもあった。

 彼はふだん、どこにでもあるようなアパートの一室に暮らしていた。「アパートに1人暮らしで、小金を貯め込んでいるらしい」そう噂されていた。そう言う噂というのは、「悪いやつら」の間を伝わっていくものだ。そして、その悪いやつらは手持ちの金が無くなり切羽詰まった時、最後の手段として強盗を試みる。


 ある晩のこと、彼が眠りに就いて何かの気配を感じてふと目覚めると目の前にぼんやりとした影があった。

「ふん。やった目が覚めたか」

 そのぼんやりとした影はまさしく人間だった。

「ご、ごひょ、ゴートーか?」

 目覚めた彼は寝ぼけて口がうまく回らないまま、ベッドの上で後退りした。目の前に懐中電灯を持った男が立っていた。頭からすっぽりと目出し帽を被っている。

「そのとおりだよダンナ。あんたのカネを少し分けてもらいに来た」

 強盗が低く囁くよう、そう言ってナイフをちらつかせるとベッドの上で仰け反るようにしていた彼はやっと少し頭がハッキリした。そしてすぐさま、

「て、テーブルの上に財布がある。持って行け」

「そうはいかないよダンナ。あんた、部屋にある、でっけえ金庫に相当貯めてるって噂を聞いたよ。部屋に入ってみたら、なんて大きな金庫があるんだ。さすがに驚いたよ。こんなアパートにこれほど立派な金庫を置いているなんて」

 確かに強盗の言うとおり、二間のアパートの彼が寝ている隣の部屋は、ほぼ金庫に占領されるほど大きな金庫だった。人が立っては入れるような、そう、それ自体が部屋のような大きさだ。

「その金庫は私の趣味でね。大きくて立派な金庫に憧れて作ってもらったんだ。中にはカネは入ってないんだよ、カネをしまうための金庫じゃ無いんだ」

「そんなごまかし、聞くものかよ。強盗に入る候補はここ以外にもあったんだ。せっかく選んでやったんだから、さあ、金庫を開けろ」

 強盗はそう言いながらまたナイフを前に突き出して見せた。ベッドの上で少しおどおどしていた彼は、

「いくつかの候補からウチを選ぶとはね。これも運命というワケか……」そう言ってベッドを降りた。

「運命って言うのは皮肉だよな。俺がほかのところに強盗に入って満足すれば、ここには来なかったんだからな。クックック」

 強盗は彼の背中にナイフをチクりと押しつけて。

「妙な真似をするなよ。何かあればすぐにブスリと行くぜ」

「ああ。なにもしない。勘弁してくれ……それより、あんた、一人で強盗をするってことは、仲間は居ないんだろうナァ、そして家族も居ない孤独な男」

 彼のそのことばが強盗の癇に触ったようだった。

「フッ。そのとおりだよ、俺は仲間も居ない家族も居ない親友と呼べるようなヤツもいない天涯孤独さ……チキショウ、余計なことを言わせるな!」

 強盗は少しばかりナイフに力を入れたので切っ先が彼の背中に当たった。

「イテテ。悪かったよ、刺さないでくれ」

「そう思ったら、余計なことを言わずサッサと歩け」

 彼はおぼつかない足取りで金庫のほうへ歩き出した。

「金庫を開けると警報が鳴り出すとか、そんなことも無いだろうな?」

「ああ。金庫にだけ警報を付けるくらいなら、この部屋に入られないように警報を付けるさ」

「ははは。それもそうだな」


 彼が金庫の前でダイヤルを回し更に暗証番号を入力すると「ガシャ」という音で金庫の扉が少し手前に開いた。

「ヨシヨシ」

 強盗は彼をすぐさま後ろに引き寄せベッドに倒すと口をガムテープで塞ぎ、手足もテープでぐるぐる巻きにしてしまった。

 それから金庫にとって返し、大きな重い扉を引き開けた。金庫の中には自動で照明が点灯するようになっていた。強盗は金庫に足を踏み入れた。金庫の中の正面、両方の側面には小さい引き出しがびっしりと並んでいる。強盗はその引き出しを手近なところから開け始めた。だがしかし、

「なんだ、この引き出し、何も入ってないじゃないか」

 強盗はいくつも引き出しを開けたが、中はどれも空っぽだった。紙切れ一枚入っていない。

 強盗は頭に来てベッドの上に縛って転がした彼を締め上げようと振り返った時だった、金庫の扉が音も無く閉まった。一瞬、中の強盗の「アッ」という声が聞こえたけれど、ガシャンと金庫の扉が閉まると、もう強盗の声も、恐らく執拗に扉を叩く音も何も聞こえなかった。



「ボス。お疲れ様です」

 一人のスーツ姿の若い男が部屋に入って来て照明を点け、笑顔で会釈をするとベッドの上の彼を拘束しているガムテープを痛くないようにゆっくり丁寧に剥がし始めた。口のテープを外された彼は、

「フウ。今日もスリルがあっておもしろかった。これだから囮役はやめられないんだ」

 ボスと呼ばれた彼は口の辺りを手で拭った。

「ボスの悪い趣味ですね。代わりをやるヤツはほかにいますのに」若い男は呆れたように言った。

「いや、この役は当分、誰にもやらせない。この仕事の一番楽しいところだからな」

 手足も自由になったボスの男は手首の辺りも拭った。若い男は、

「では、アイツは「いつもの通り」でいいんですね?」

「ああ、身ぐるみ剥いでパーツごとに分けて売り捌け。金庫の中じゃ、もう眠りに就いていることだろう。

 あの金庫に入った男。我々が流した噂に釣られて侵入して来て、財布のカネをやると言ったのに見向きもせず、金庫にカネは無いと言う話も信用せず、判断力が無いな。こんなアパートに巨大金庫がある不自然さも考えもせず喜んでいた。世の中の役に立たない悪人だ。

「使えそうなヤツ」なら仲間にしてやるかと思ったが、ダメだな。

自分で選んだつもりが実はこっちから選ばれている。

まあ、仲間も友人も家族も居ない天涯孤独というのは本当だろう。そこは救いだな」


 彼らは、この特注金庫にカネでは無く、「カネの素」を納めて稼いでいるのだった。




タイトル「特注金庫」


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