4話 姫君の魂、明日を待つ
ユキは自宅へ帰った。
シュウヤは自宅まで送りたい、と言ってくれたが、
名残惜しくなると、決断をためらう可能性があるので、玄関先で別れることにした。
別れ際のシュウヤは、覚悟を決めたような表情で、
「例えユキが、どんな状況にあろうとも、俺はユキを信じてる。」と言ってくれた。
悲しむこともなく、笑うこともなく、ただ、真っ直ぐとユキを見ていた。
まるで、自分事のように考えてくれたようだった。
その姿はとても男らしく、頼りがいのあるように感じて、とても嬉しかった。
―――――――ほんのちょっとの安心感。
シュウヤに相談してよかった。と思った。
時計の針が、16時を指した。
決断をためらう。ということは、自分自身でも、何か戸惑いがある。ということなのではないのだろうか。
いや、決断とは、勇気あっての行動であり、ためらいは必ずしも伴って同然である。
ユキは自分自身で自問自答をした。
自宅の玄関先で、空を見上げる。
オレンジ色に染まる空。もうすぐ西へ太陽が沈む。
時間は刻々と、そしていたずらに迫っている。
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カイは、既に下界に降り立っていた。
カイの容姿はおおむね、ヒトの形をしているが、肌は白く、白髪であった。
背中からは、体より大きな翼が生えており、空を飛ぶことができる。
カイは空から現代の街を眺めた。
瞳は切れ長で、すっと通った鼻筋、唇は薄く、印象としては整った、美しい顔立ちと言える。
表情には暖かみは感じられず、とても冷ややかであった。
カイは、天界に使える者である。
天界には、主という存在がいて、人間の助けとなるべく、見えない力で救いの手を差し伸べるわけだが、時よりの命で、こうして天の使いを出し、人間の元に送り出す事もある。
「主の考えていることは未だ、理解しきれぬ。」
カイは、下界に飛ばされると同時に、主から、"助けの書"を授かっていた。
助けの書には、今回の主からの命と、詳細な内容について書かれていた。
主からの命は”地球に存在する、姫君を見つけ天界に呼び戻せ。”というものであった。
「姫君、とは一体どこの姫なのだろうか。」
きっとその人間も、自分が姫君である、ということを自覚してはいないだろう。
魂が転生するのは事実だ。だとしたら、そのいつしかの「姫君」の魂が、この地球上にて存命している。ということになるのだろうか。
”人間”という生命体は現世に生きる記憶のみで生活しているため、見つけ出すのは非常に厄介だ。
主からは、
―――――心配無用。その姫君には事前に手紙を差し出しておいた。少々の困惑はあるだろうが、姫君の魂だ。鋭い勘が働くに違いない。
姫君の魂は、強大な力を携え、人間という箱が灰となれば、新しい箱に宿り、何度だってよみがえることができる。その力は計り知れないほどだ。無論、無限の可能性を秘めているため、詳細な事は伝えかねる。
確実なのは、姫君の魂は、この平和な現代に存命するのだ。つまるところ、現代に生きる人間対して、悪なる影響を及ぼしているとは到底思えん。
今でものうのうと生きているだろう。では、カイよ、無事を祈る。――――
そう書かれていた。
地球では、”人間”という生命体が主軸となって活動している。
そして、それに見合うように、カイの容姿は変化することができた。
また、助けの書の他に、主からは”変幻の牙”を授かっていた。
現在は、カイの口内に溶けている。
本来ならば、カイの体内であればどこでも溶け込ませることは可能だが、何の気の迷いか、消える瞬間に、主がカイの口の中にぶち込んだのである。
理由は、そのシラけた面が少々ムカついたのだ。と綴られてあったが、主の本質がますます理解できなかった。
”変幻の牙”は、天界の主に仕える、ペガサスの牙でできている。
失くせば天界に戻ることはかなわんから覚悟せよ。と、こうも書かれてあった。
―――――――――――――しかし、
カイは、主の言葉が脳裏に焼き付いていた。
カイよ、一つ約束をしたい。今回の命はお前の命に関わる可能性がある。それでもなお、人間の為に我が身を差し出す事は出来るか。
我が身を差し出す事...。
この平和な現代に、なぜ、自分の命の危険が迫っているのだろうか。
姫君の魂と何の関連があるのだろうか。
しかし、現代に外的影響を及ぼすことはない。と仮定している、姫君の魂。
とにかく、多少手荒であってもすぐに見つけ出し、天界に連れ戻せばよい、と、カイはそう思った。
時計の針が、19時を指した。
迎えは明日。一旦天界に引き返すことにするか。
カイは翼を翻し、天界へ向かうべく空へと消えて言った。
西日は完全に落ちていた。
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ユキは飽きることなく、手紙に目をやっていた。
今朝には感じなかった。引き込まれる何か。手紙には何かこの世のものとは思えない力が宿っているような、そんな気配さえも感じていた。
相変わらずソファの周りには、本が煩雑に散らばっている。
明日。迎えに来るのか。
姫君って一体何のことなんだろう。
未来は創造できるが、予想は出来ない。分からないことには不安が宿る。
ユキは、これから起こることに対する不安が募り、夜も眠ることができなかった。
しかし、時は止まらず、必ずしも経過する。
これが当然であり、必然なのである。