モフモフの妖魔を救う
俺が抱いているキツネらしき魔物は、アンナもはじめて見たらしい。
幸い、暴れることなく大人しくしてくれている。
上手く治療してやれるといいが。
岐路で別れると、ずっとアンナがぶんぶんと手を振っている。キリがないので適当なところで切り上げて、家に帰った。
家では、父のサミーが今日あったことを母のソフィアに聞かせているところだった。
「本当なんだ、ソフィア」
「……ルーくんが? デスボアを、魔法で?」
「ああ。すごかった。一瞬だったんだからな」
「そんな……何かと勘違いしてるだけなんじゃ……」
父のサミーは、どちらかというと俺に魔法の才能がある、と思っているようだが、母のソフィアは、何かの間違いなのでは、といまだに疑っている節がある。
二人には気づかれないように、こそこそと中に入り自分の部屋へ入る。
そもそもこいつは何なんだろう。
五〇〇年もすれば、新種の魔物、魔獣も出現するんだろうか。
机にのせて、鑑定魔法を使ってみると、種族は『妖精族』と現れた。
……妖精?
森の妖精なら、獣のような容姿ではなく、どちらかというと植物であることが多い。
半獣半妖といったところか。
大きな丸い目が俺を見つめる。
「ロォォン」
特徴的な高い声だった。
可愛い……。ひとまず名前はロンとしよう。
ロンは四本の足を投げ出し、ぐったりと横になった。
今日あれこれ魔法を使い過ぎて、体は重いが、そうも言っていられない。
回復魔法を使う。
ロンの体が淡く光ると、首を起こした。
「ロォン?」
「まだ痛むと思うから、横になってるんだよ」
ゆっくりと撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
回復魔法は、あくまでも治癒力を高めるもの。
傷をなかったことにする魔法ではない。
「ポーションがあれば、もっといいんだけど」
放っておけばロンは治るだろうが、森に帰すのなら早いほうがいい。
「ほら、見ただろ。今の」
「あれは、魔法だったの?」
ひそひそと、部屋の外から声が聞こえる。
「魔法だよ。ルシアンが使って魔物の怪我を治したんだ」
「本当に魔法が使えるのね……」
両親だった。
「お父さん」
「おおう!? ば、バレてる!?」
「うちにポーションってある?」
「あるぞ」
場所を教えてもらい、一本手に取った。
瓶の中身を見ると、少し濁っていて、粗悪品と言っても差し支えない品だった。
瓶の栓を抜いてにおいを嗅いでいると、きゃぁぁぁ!? と家の外から悲鳴が聞こえた。
ソフィアの声だ。
「ソフィア、どうした!」
「お母さん、どうかした?」
「で、で、デスボアが……し、死んでる……」
あ。玄関のそばに死体を置いていたのを、言い忘れてた。
「もしかして、これもルーくんが?」
「ええっと……食べられるかな、と思って……」
「食べられるには食べられるけど……」
つんつん、と恐る恐るデスボアを突くソフィア。
「ルシアン、おまえ……!」
怒られるかと思ったら、脇の下に手を入れられ、体を持ち上げられた。
「やっぱり、おまえは天才なんだな?」
どうだろう。
そう呼びたがるやつは、当人がどれほど努力しているのか知らないから、簡単にその名で括りたがる。
むぎゅううう、と強く抱きしめられた。
俺が困惑していると、ソフィアはそれを微笑ましそうに眺めていた。
そんなことをしている場合じゃない。
「お父さん、ポーション、たぶん効き目は微妙だと思うよ」
「そうなのか?」
「うん。瓶の中身、ちょっと濁ってたから」
「濁ってたって気にするほどじゃないと思うが」
質が落ちているいい証拠だ。
神様からもらった『創薬』魔法を試そう。
薬作りなんて以前はまるで興味がなかった。回復魔法があれば、俺にはそれで十分だったからだ。
だが、それは俺の目の届く場所に限った話。
俺がいないときに両親のどちらかが大怪我をしたとき、ポーションはきっと役に立つ。
サミーに下ろしてもらい、薄暗くなった家の外に出る。
『創薬』魔法発動。
風景の中に、光って見える植物がいくつかあった。
あれだな?
ガイドに従いポーションに必要とされるそれらを摘み、持ち帰って調合する。
調合といっても、すり鉢でまとめてすり潰して水と混ぜるだけ。
一応、全部ガイド通りに進めたが、こんなのでいいのか?
疑っていると、鍋が青白い光に包まれて、ポーションができあがった。
それをこぼさないように、ゆっくりと運ぶ。
部屋に戻ってくると、机の上で伏せていたロンが顔を上げた。
「ロン?」
「ポーションできたよ。マズイかもだけど、これを飲めばすぐよくなるから」
鍋を机において、スプーンですくったポーションをロンの口元に運ぶ。
すんすん、と警戒した様子でにおいを嗅いで、一度俺を見る。
飲めることを教えるように、ひと口飲んだ。
うん。美味くない。でも質は確かだ。
俺が飲んだことで警戒を解いたらしいロンが、もう一度口元にポーションを運ぶと、ちろちろと舐めた。
それを何度か繰り返すうちに、
「ロロンっ」
どんどん元気になっていった。
足の具合はもういいのか、すくっと立つと、俺の肩に乗ったりベッドに乗ったりと部屋の中を走り回った。
「よかった」
お礼を言うように、ロンが俺の肩に乗って頭をすりすりとこすってきた。
「はは。くすぐったい」
「ローン」