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ガタゴト、と揺れる馬車の中、俺は遠ざかる王都を眺めていた。
やはり王都の空気が合わなかったのか、離れていくほどにロンの機嫌は回復していった。
あんな事件があったせいで、競技会は中止。
火事によって客席が焼失していたり、選手控え室もめちゃくちゃな状態だったという。
あのテロがあった翌日。
魔法省の官僚と運営委員、あとは魔法学院の学長、引率の講師など関係者が集められ、話し合いの結果中止ということになった。
イリーナやライナスの力を見せつけられるはずだったのが非常に残念だ。
「犯人たちはまだ見つかってないらしいわね」
ソラルはわけを知ってそうな俺に話しかけてくる。
「上手く逃げたらしいですね」
と、俺はあたかも第三者かのような情報を口にする。
あの日、長官と副長官を解放した「暁」には、『隠蔽』魔法を使い、現場を去ってもらった。
テロリストの逃亡を手助けしているのは、どうかと思うが、それもこれも、魔法省並びに貴族たち特権階級の身から出た錆びだろう。
俺がいたからよかったものを、いなければもっと大きな騒ぎとなっていた。
長官と副長官の命も危なかったかもしれない。
「競技会場の火事だって酷いって話を逃げてくる人が言っていたわ。なのに……」
突如として大雨が競技会場に降り注ぎ、テロリストたちが起こした火事をあっという間に食い止めてしまったのだ。
「ちびっ子、あんたまた何かやったんでしょ」
「やってないですよ」
半目のソラルは、完全に俺を疑っていた。
この様子は、疑っているというより、半ば確信していそうだ。
「あの日も言ったけど、ルシアンくん、ダメだよ。勝手にあんな危険なところに一人で行くなんて」
め、とイリーナにまた叱られた。
「ルシアンを連れ戻そうとするイリーナを止めるの、すっごい大変だったんだから」
思い出したソラルがため息をつく。
「ごめんなさい。以後気をつけます」
「わかったのならよし」
イリーナは笑顔になった。
「競技会は半年後に延期されるそうだが、それだけ期間が開くと……」
ゲルズが考えるようにつぶやく。
「みんなはもっと強くなれるのか、ルシアン?」
「ええ。半年あれば十分でしょう」
そうか、とゲルズはまたつぶやく。
弱小と侮られたエーゲル学院が、他学院を圧倒するところを見てみたいのだろう。
俺の魔法が異端だの、魔法ではないだの、ゲルズはもう何も言わない。
俺たちが通っているのは、魔法学院。
魔法の技術を習得し、それを伸ばす教育機関だ。
であれば、覚えるべき魔法というのは、必然的に決まってくる。
「…………ルシアン、私も、簡単に教えてくれるか?」
小声でぼそりとゲルズが言う。
生徒がいる前では堂々と頼みにくかったのだろう。
俺は苦笑しながらうなずいた。
「せっかくなので、丁寧に教えますよ」
前世の俺がそうであったように、知識と技術を探究するのは、もしかすると魔法使いの性なのかもしれない。
「あの件も、一時保留となったみたいだわ」
ソラルが言う。
おそらくエーゲル学院解体の話だろう。
「保留か。競技会が再開されれば、保留なんて言っていられなくなるだろう」
フン、とゲルズが唇をゆるめた。
俺以外は、二人が何の話をしているのか、さっぱりわかってなさそうだった。
エーゲル学院にいい成績を取らせないように仕組んでいたのは、かつての風習ではないか、とソラルは教えてくれた。
昨日のことだ。
『エーゲル地方って、大昔、廃嫡になった王子が流れてきて根付いた地方なのね。それにならって、各貴族たちも、家督に関係のない子供をここへ通わせるようになったらしいわ』
だから明確に他学院と差をつけなければならなかった、とソラルは教えてくれた。
廃嫡になった王子が現王子より優秀では、後々問題の種になる。それは貴族も同じく。
だからエーゲル学院の序列は最下位でなくてはならなかった。
通っている生徒はポンコツ魔法使いである必要があった。
『けど、近年になってそういった風習が薄れて「意地悪」の文化だけが残ってしまった』
ドヤ顔で知ったふうに教えてくれたソラルだったが、魔法省の人の受け売りなんだとか。
『それで、用済みとなったからそろそろ解体しようとなったみたい。低能魔法使いを輩出するからというのも、もちろんあったみたいだけれど。低能って、失礼しちゃうわよね』
話しながら思い出したソラルは自分で言って腹を立てていた。
魔法省が低能魔法使いであることを促したくせに、低能だから不要だというのは、勝手もいいところだ。
イリーナやライナスの活躍があったから、今回の競技会は決して無駄ではなかった。
興味を持ち、探究するのが魔法使いの性。
二人を気にかけた者は多くいる。
選考会でも、クリスをはじめ俺の魔法が気になった者はいるだろう。
「暁」のジルをはじめとしたメンバーもそうだ。
種はすでに撒かれたといってもいい。
俺の独自魔法……誰でも魔法が使えるという新常識は、非常に多くの者の興味を引くはずだ。
異端だと魔法省は言うかもしれないが、貴族より一般市民のほうが圧倒的に多い。
いずれ、異端が常識になる日は近いのかもしれない。
そうなれば、俺の役目も終わったと言えるだろう。
精霊不存在説を唱え、魔力器官を提唱などと、口だけではなく身近な人たちに実践してみせていれば、転生なんてしなくてもよかったのかもしれないな。
今はただ、撒かれた種がどういうふうに成長していくのか見守っていきたい。