22
◆ルシアン◆
「昨日のボクちゃん……」
男の殺気だった顔が、少し和らぐ。
武器屋の店主、ジルが槍を構えたまま俺をじいっと見つめている。
胸当てに手甲を装備し、動きやすさを押さえながら最低限の防具をつけていた。
「杖、とっても役に立ちました。ありがとうございました」
こんなところで改めて礼を言われて、毒気が抜けたのか、ジルは戸惑っていた。
「どうしてここに」
「テロリストが競技会場を襲撃したと逃げてくる人たちが言っていたので」
「昼から来い、と言っただろう」
この人は、武器屋で話をして、俺を認めてくれた雰囲気がある。
貴族ではない村人の子が、貴族たちの中で魔法を学んでいるという肩書きに、応援したくなったのだろう。
「だから、昼って言ったんですね。こうやって襲撃することが決まっていたから」
ジルは言葉を返さなかった。
数分前。
煙が濛々と立ち込める競技場にやってきた俺は、わかりやすい赤髪のあの先輩を見つけた。
テロリストらしき男と戦っているようだったので手助けにやってきたのだ。
槍に突かれそうだったところを、俺は後ろから思いきり制服を引っ張って、回避させた。
その際に、赤髪の先輩は失神してしまったらしい。
白目を剥いて口をパクパクさせていた。
「手を引いてください。さっき言ったあなたたちの理念がそうであるなら、俺が成し遂げようとしていることと同じです」
ジルたちは、絶対的な権力者である貴族、ひいてはその象徴である魔法を彼らに独占をやめさせることが目的だった。
俺がやろうとしていることに似ている。
ここまで直接的な手段を下さずとも、内側から変えていけるはずなのだが。
そのへんは、志が同じくとも方針の違いといったところか。
「引くことはできない。魔法省長官と副長官を捕縛している。我々の要求を呑んでもらうまでは、解放しないことにしている」
「要求というのは?」
「話をしている時間はない」
時間稼ぎとでも思われたのだろうか。
理念を聞いた限り、完全な敵ではないし協力できるのであれば、お互いできると思うのだが。
まあいい。あとで話はいくらでも聞いてやろう。
「身代金を要求なんてしないですよね?」
「邪魔をしないでくれ。同じ平民同士。争う意味はない」
「この手段はいただけない。この競技会に、僕や他の生徒は人生を懸けて臨んでいます。それは、捨て置けない」
すぅ、とジルは息を吸い込む。
「子供を手にかけたくはないが、邪魔をするのであれば仕方ない」
「……僕をさっきの赤髪の先輩と同じだと思わないことですね」
赤髪の先輩が落とした剣を拾い上げる。
「魔法使いが、最後に頼るのは武器か。なんと情けない」
「心技体……それらを鍛えることが、神域に至る極意です。本物の魔法使いは、魔法だけではないのですよ」
「フン。生意気を!」
ジルが動き出す。
俺は剣に魔法を付与していく。
『硬度倍』『遠心力三倍』――。
通常の剣だが、俺の身長では大剣といって差し支えないだろう。
さらに属性を付与した。
『炎纏』。
発動した瞬間に炎が剣を包む。
「むう!」
「魔法剣は……はじめてですか?」
「小癪な!」
雷のように鋭い刺突を炎に包まれた剣、炎剣で弾き上げた。
「くうッ」
俺はその流れで一回転し、渾身の力で剣を振り抜く。
遠心力が乗った一撃。
剣が空気を焼く。
煙がうっすらと残る中、赤々と燃え盛る紅蓮の炎をジルに叩きつける。
「ッ」
回避にうつったジルは、紙一重で俺の攻撃を避けた。
そのとき、炎撃は、柄の部分を斬り燃やした。
「なんと、恐ろしい天稟……こんな子供が、熟達の剣捌きを見せ、なおかつ魔法すらも自在だというのか……!」
「わかったのなら――」
クックック、とジルは愉快げに肩を揺らした。
「『暁』として活動する以上、オイラはどの道長くは生きられねえ。ボクちゃんみてえな『とんでもねえヤツ』に負けるのなら、本望よ」
ジルは折れた槍を持ち、腰に佩いていた剣を抜く。
「変えるんだぜ……絶対に。この魔法至上主義の世界を」
気迫十分。
ジルに負けるつもりはないだろうが、そうなるとわかっているのだろう。
はぁ、と俺はため息をついた。
「華々しく散ろうとしていますけど、死なせませんよ? それくらいの加減しますから」
「クク……ハハハハ! ボクちゃんみてえなやつにコケにされても、悔しくとも何ともねえんだな!」
このジルからは、戦士としての純粋な戦意が伝わってくる。
武の道を極めようとしている輩は、どうしてこう、明らかに強い相手を見つけると喜ぶのか。
目指す場所は同じでも、戦士と魔法使いでは、思考に違いが大きく出るようだ。
「完膚なきまでに叩き潰したら、言うことを聞いてくれますか?」
「そのときになりゃ考えてやるぜ」
この手のタイプは、体で覚えていく単純バカ。
やってわからせるしかない。
俺は指を自分側にちょいちょい、と折って攻撃の誘いをする。
フッ、と一度笑みをこぼしたジルは、顔を引き締め、雄叫びをあげて迫ってきた。
「貴族が、魔法至上主義を謳うのも、わからないではないのです」
俺は一人ぽつりとつぶやく。
「オゥラァァアアア!」
並みの人間ならこの殺気で足がすくむだろう。
なかなかお目にかかれないレベルの戦士だ。
風属性魔法『エアシールド』を展開。
風圧によって周囲を守る防御魔法の一種だ。
「チェリャァッ!」
短くなった槍の刺突が、あと数センチのところで不自然に止まった。
「魔法を使ったのか!? い、いつの間に!」
「魔法というのは、極めればこんなに便利なのです。使える人間が特別感を抱く気持ちはわからないでもないのです」
剣を振り下ろしてくるが、俺の頭上でビタッと止まる。
『雷槍』
死なない程度に調整した中級魔法をジルに向けて放った。
ヂヂ、バリバリッ、バリバリ。
紫電が宙に舞い、雷の槍がジルを貫いた。
「ぐあぁぁぁぁあぁあああ!?」
まだ倒れないので、もう二発ほど追加しておいた。
焦げ臭いにおいが漂う中、いよいよ力尽きたジルは、ようやく膝から崩れていった。
頭領らしき男は他にいないのかときょろきょろと見回していると、戦闘を目撃したジルの仲間が一人ジルに駆け寄っていった。
あの日、武器屋にやってきた鉢がねの男だった。
「ジル!」
こげついたジルに声をかけて、反応がないことを鉢がねの男は確認した。
「クッソ、このガキ、よくも……ッ」
「すみません。すぐに治しますので」
「は? 治すっていっても」
『ヒール』を発動させ、ジルに使う。
すると、焦げていた肌がみるみるうちに元通りになり、気を失っていたジルが目を覚ました。
「治った!? なんで!?」
「魔法を使ったので」
「使ってないだろ!」
「あ、いえ。使ったんです……」
精霊魔法の大げさな詠唱やら何やらがあって魔法が発動するものだと思い込んでいるのは、このテロリストたちも同じだったようだ。
「ボクちゃん、強ぇな……」
ジルが体を起こした。
「ジル……! よかった。あんたがダメになっちまったら『暁』はどうすんだよ」
鉢がねの男は半泣きでジルが目覚めたことを喜んでいた。
どうやら、俺が探していたテロリストの頭領が、ジルだったようだ。
「何泣いてんだ。鼻垂らしてみっともねえ」
ジルは一度笑うと、目線を俺に向けた。
「二言はねえ。今回の襲撃はここで手を引かせてもらう」
「ありがとうございます」
「いいのか、ジル」
「そういう約束だ」
どこかすっきりとした表情でジルは首を振った。
「僕は、みなさんの考えに賛同はしているんです。村人の子ですし。貴族ばかりが威張り散らしているその原因が、魔法だというのも一理あると思っています」
「ボクちゃん……いや、なんつったか――」
「ルシアンです。ルシアン・ギルドルフ」
「ルシアン、オイラたちの『暁』入らねえか? 理念が同じなら、協力してやっていけると思うんだが」
「ジル! 魔法学院のガキだぜ!?」
いいんだ、とジルは鉢がねの男を制した。
「色々とお互い話したいと思いますが、それはあとにしましょう」
周囲の煙幕の煙は、すでに火災の煙となっている。
競技場の火事はどんどん酷くなっていっていた。
「それもそうだな」
仲間の手を借りて、ジルが立ち上がる。
消火活動をさせようと周囲の仲間たちを呼んでいた。
「大丈夫ですよ。消火はこっちでやるので」
「こっちでって、一人でどうにかなるもんじゃねえぞ」
「どうにでもなりますよ」
ざっと見渡した限り、様々な箇所での火災だ。
『ウォーター』を一発ずつ撃ってもいいが、面倒だ。
俺は『アクアレイ』の魔法を発動させた。
上級水属性魔法の一種だ。
「雲が……」
鉢がねの男が言うと、真っ暗な雲からポツ、ポツン、と雨が落ちてくる。
「ルシアン、これはおまえの魔法なのか?」
「はい。酷い雨が降ります。屋根のあるところへ急ぎましょう」
「んなバカな」
鉢がねはそう言って笑う。
「おい。ルシアンの言うことは聞いたほうがいいと思うぜ」
まるで信じてない鉢がねを放っておいて、俺とジルは屋根のある場所へ急ぐ。
すると、雨粒がすぐに大きくなり、一分とかからず豪雨が競技場へ降り注いだ。
「うわぁぁぁあああ!? マジだ! めっちゃ降ってきやがった!」
鉢がねが慌てて俺たちの場所まで急ぎ雨宿りをした。
「ガキ……ルシアンつったか、何モンだよ、おまえ」
「魔法の常識を変える者です」
「「魔法の常識……」」
二人は、さっきまで轟々と燃え盛った火災現場へ目をやる。
火の勢力はずいぶん弱まり、箇所によってはすでに鎮火されていた。
「ルシアン。おまえは火事を収めるために、この雨を降らしたってのか……?」
ジルの言葉に俺がうなずくと、鉢がねが思わずといった様子でつぶやく。
「そんなこと、人間にできんのかよ…………」
口調には畏怖が混じっていたように思う。
そのひとりごとに、俺は即答した。
「できますよ。今のは上級魔法ですから、誰にでもすぐとは言えませんが、貴族でなくても魔法は使えるんです」
火災の数はどんどん減っていき、ザァ、という雨音が耳の中いっぱいに聞こえた。
雨で競技場は白く煙り、数メートル先も見渡せないほどだ。
「魔法省の人たちを捕まえて、どうするつもりだったんですか?」
「要求の一番は、知識の共有だった。貴族しか魔法が使えねえって話だが、何でそんなことがわかんだ? 誰か試したのか?」
ジルが言うと、鉢がねが継いだ。
「もしかすると、オレらも教わりゃ魔法が使えるんじゃねえかって思ったんだよ」
「ああ。いい大人が子供みたいなこと言うなってバカにするやつは大勢いたな」
魔法は貴族が使うものであって、一般市民は使えない。
子供なら無邪気にそう考えるのも無理はない。
自分にも使えるんじゃないか、と。
「あなた方の疑問は正しいです。貴族が勝手にそう言っているだけで、そういうルールを作り上げているだけで、もしかすると後天的に習得可能な能力かもしれないのですから」
だから知識の共有、か。
誰も彼も、魔法を諦めているわけじゃないのだな。
「魔法は貴族だけのものではありません。知識と訓練次第で、誰でもある程度はできるようになるものです」
二人は顔を見合わせた。
「本当か?」
「ええ。僕自身、貴族ではありませんので」
簡単に手の平に火を出してみせ、次は水の球体を作って見せる。
「僕が魔法学院に通っているのは、誰でも魔法が使えることを僕自身が証明していくためです。魔法省の宮廷魔法士にでもなれば、僕の発言も真実味が増すでしょう? だから、魔法学院に」
魔法に関してデタラメな知識が横行している。
それを俺が正して、独自魔法を普及させる――。
「ジルさん。僕に任せてくれませんか。今回のように危険な手段を取って無理に要求を呑ませるよりも、ずっと安全で効率がいいはずです」
観衆たちが逃げられるように、きちんと配慮した襲撃だった。
無関係な人間を巻き込まないという意思がはっきりと見てとれた。
こんなことをするのは、ジルも本望ではないはず。
「ルシアン、おめえは内部から変えろ。オイラたちゃ、外から訴えていくぜ。今度からは誰も巻き込まず安全なやり方でな」
「それがよろしいかと」
「ひとまず、お偉いさんたちを解放してやろうか」
うなずいた鉢がねが弱まりつつある雨の中、走っていった。
残っていた火災はいつの間にかすべて消火されていた。




