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 競技会二日目の朝。

 宿屋での朝食を済ませると、俺は誘われていたソラルと一緒に町に出かけた。


 体力を温存するため、イリーナ他メンバーは宿屋で過ごすように言われており、ゲルズが今彼らのそばにいる。


 王都に来たのだから観光したいと思っているメンバーも多い中、こうして外出するのは少々気が咎める。


 その代わりといっては何だが、ロンを宿屋においてきた。

 イリーナに暇なら相手をしてほしい、と伝えてある。


 ソラルの案内でやってきたのは、大通りから少し離れたところにあるオープンテラスのあるカフェ。


「ここよ。久しぶりだわ」


 王都で宮廷魔法士をしていたころは、よく通っていたという。


 店員が来店を察して外に扉を開けてくれた。


「おはようございます。ソラル様、お久しぶりでございます」


 給仕の紳士が恭しく礼をする。


「おはよう。もう一年以上来てなかったものね」


 簡単な挨拶を交わし、案内された席に座る。


 大きな窓ガラスから光りがよく入るため、店内がすごく明るく感じた。


 瀟洒なイスにテーブル。クロスも上質のものなのだろう。

 脇に置いてあるカトラリーも、高そうな銀製のものだった。


「……ソラルさんって、なんというかテンプレートなお金持ちって感じですね」

「はぁ? 何を言ってるのよ、今さら」


 呆れたようなソラルは、俺の分もオススメだという紅茶を注文してくれた。

 運ばれてきた紅茶に口をつける。

 こちらも当然のように上質な茶葉を使っているのだろう。


 じゃ、じゃ、と砂糖をソラルは目いっぱい入れていた。


「ん」


 と、ソラルは砂糖用のスプーンを渡してくるが、断った。


「ストレートで構いません。せっかくの紅茶が台無しです」

「ぐっ……。か、カッコつけるんじゃないわよ」


 こういった店を知っていてお金の使い方も知っているソラルだが、味覚はまだまだ子供らしい。


 香りと味を楽しんでいると、ようやくソラルは話を切り出した。


「昨日二連勝したでしょう。魔法省の人たちもエーゲル学院を見る目は変わったみたいよ」

「そうでしょうが……というか、そうであってほしいですが、どこからそんな話を?」


 カーンだろうか。


「ゲルズは現在も魔法省所属で私は元魔法省所属で、二人とも元は宮廷魔法士だから、それなりにコネが残っているのよ」


 なるほど。当時の知人に客観的な話を聞いたのか。


「あんたが教えている魔法、あのおかげでイリーナが凄まじい戦績を残している。けど一般的な魔法とは違うって魔法省も気づいているわ。それがわからないほど、あの人たちはバカじゃないから」


 イリーナがあれだけ俺の独自魔法を派手に使って目立ったのだ。

 わかる者が見ていれば、従来式とまったく違う理だというのは気づいただろう。


「……どういう類いの話ですか?」

「端的に言うと、あんたの独自魔法は、異端視されかけている」


 俺の魔法を広めたいがために、イリーナに教え込んだが、イリーナにとってはよくなかったのかもしれないな……。


「確かにすごいわよ、あんたの魔法。けど、頭の固い魔法省の人にとっちゃ、あれは薬というより毒なのよ」

「刺激が強すぎる、と」

「そういうことね」

「異端が常識となるには、まだまだ時間がかかりそうですね」


 エーゲル学院解体の窮地を脱しさえすれば、地道に布教していけばいいか。


「本当だったら、魔法省の人たちももう少し鈍感でもいいのだけれど、今は状況的に敏感にならざるを得ないみたい」

「状況的に?」


 そう、とソラルは一度うなずく。

 言葉を選ぶように、一度カップに唇をつけて、そっとソーサーに戻す。

 こういった所作は、ソラルも貴族なのだなと思わせる品があった。


「現魔法省の体制に不満を持っている過激派がいるのよ。いわゆるテロリストね。事件を起こして自分たちの言い分を聞かせようとする武装集団で……」

「テロリストと異端魔法ですか」

「そのふたつが結びつくとは思えないけれど、もしそうなったら、国のありようが覆されてしまう。昔ながらの武器で武装しているだけだから、今のところ制圧にそこまで苦労はしないみたいだけれど、厄介なのは確かね」


 精霊魔法が使える者と使えない者では、圧倒的に使えない者のほうが多い。

 貴族と非貴族の割合と言ってもいい。


「魔法省は、自分たちが認めない者同士が結びつかないか、戦々恐々としているってわけ」

「だから、その魔法を使っているイリーナさんやライナスさんも、認められない、と?」

「……うん。そういうこと」


 俺がやってきたことは、イリーナやライナスにとってはマイナスになってしまいそうだ。

 異端ではないという証明ができればいいのだが、そもそも理を別に魔法を発動させている。


 原理が違えば、なるほど、たしかに異なる教えと断じることができるだろう。

 こうやって新しい可能性の目を摘んできた、というわけか。


「市民に危害を加えるテロリストじゃないみたいだから、そのへんは安心できるのだけれど……」


 うっすらと競技場からの鐘が聞こえる。

 今日最初の試合がはじまったようだ。


 ソラルは現状の報告をしたかったらしい。

 それも終わったようで、昨日俺が譲ってもらった杖の話になった。


 王都に詳しいソラルは、俺が覚えている限りの場所を教えると、すぐにピンときたようだ。


「あのお店は、いい店よね。熟練の冒険者たちも通うし、修理やメンテナンスもあそこで頼んでいるみたいよ」

「貴族は嫌いみたいでしたが」


 ふっと俺は苦笑してみせる。


「貴族好きな平民のほうが珍しいから仕方ないわよ」


 とソラルが言うと、ふと外に目をやった。


「……? また鐘?」


 そうぽつりとつぶやく。

 耳を澄ますと確かに聞こえる。

 開始の鐘が。


 終了を知らせる鐘の音はまた違うので、開始のものだけが鳴らされている。


「おかしいですね。終了の鐘と間違えているんでしょうか」

「そんなはずないわ。何度も鳴らされているもの」


 不思議に思って俺は店の外に出てみる。

 鐘が何度も慣らされていた。

 競技会場の方角を見上げると、うっすらと煙が立ち上っていた。


「……誰かの魔法かしら」

「いえ。あれは火災のものでしょう」


 今は白くてもすぐに黒煙に変わるはずだ。


「競技場で何か起きています」

「火事!? それなら魔法でさっさと消さなくちゃ」


 ……。

 俺は昨日の武器屋で交わした会話が引っかかっていた。


「ソラルさんは宿屋でみんなに外出しないように伝えてください」


 そう言うと俺は走り出した。


「ちょ――! どこ行くのよ!」

「競技会場のほうに行って様子を見てきます!」


 まだ何かを言うソラルを無視して、俺は競技会場のほうへ急いだ。




◆Side Another◆


 競技会場に火の手が回りはじめた。

 会場は混乱に陥り、そこかしこから悲鳴が聞こえる。


「逃げろ、逃げろ! ロクに戦いもできねえくせに威張り散らしやがって!」


 武装集団「暁」のリーダーは、槍の柄の部分で綺麗に整った床をガンガンと叩いて煽る。


「暁」は、王国の国王他魔法省の要人が集まるこの競技会を狙って、テロを起こした。


 魔法を習得していようが、同じ人間。

 混乱してしまえば、魔法なんて使うことはできない。

 それに、計画通り放った発煙筒や煙幕が効いていて、視界が非常に悪い。

 魔法を離れた場所から狙うことなんて誤射覚悟でないと無理だろう。


 リーダーは全体を見渡すため、すでに誰もいなくなった観客席にのぼった。


「リーダー、標的Aは逃したが、BとCの確保に成功した」


 鉢がねを額に当てた男が煙の中現れて報告をした。


「よし」


 Aは国王。

 さすがにこれは無理だったが、B、Cは魔法省の要人。

 観戦に来ていた長官と副長官の二人だ。


 魔法というのは、隙がいくらでもある。

 戦場帰りのリーダー他、仲間たちは身に染みていた。


 戦場に出れば、誰かのサポートがなくては発動できないのが魔法だ。

 それなのに、この国では、魔法が絶対的なものとして扱われており、しかも貴族でないと魔法が使えず、また学ぶことさえできない。


 違和感だらけのこの国を、リーダーは変えたいと本気で思っていた。


 半年前。

 競技会場の図面を手に入れたとき、今日の襲撃は決まった。


 爆発物を仕込む場所や、混乱した観客席の民衆、関係者たちを誘導させる経路。

 毎年王や学院関係者、魔法省の官僚が座るであろう席……。

 どれもその通りだった。

 おかげで「暁」のメンバー三〇人ほどで楽に襲撃ができた。


「こっちだ! こっちならまだ火の手は回ってないぞ!」


 あの声は、よく知る「暁」のメンバーだ。

 民衆になりすまして、どうでもいい人間を外に逃がす役割を負っている。


 無関係者がどんどん退避していくのが煙の合間に見えた。

 学院の生徒は、この競技会運営からすると将来を担う金の卵。

 まず真っ先に非常口のあるほうへ関係者に案内をされていた。


「今のところすべてが思い通りだな」


 鉢がねの側近の男はつぶやく。


「まだだ、油断するな」


 魔法省の長官、副長官を押さえれたのは大きい。

「暁」の思想は貴族絶対主義の撤廃。


 魔法省の官僚を捕まえたとて、それが叶うかはわからない。

 だが、そういった輩が存在し、自分たちの脅威であると知らしめる必要があった。


『魔法が使えないのなら虫けら同然』


 これが彼ら貴族の優性思想。


 ご大層ぶっているその魔法は、この通り、思わぬ出来事には何も対応できない。


 魔法知識の解放と、非貴族の登用。

 これが「暁」の行動原理。


 リーダーは、これが貴族優性思想を変えるものだと信じていた。


 ゴォォ!


 煙の中から真紅の弾が飛んできた。


 側近の男とリーダーは、一瞬驚きはしたが難なく回避をする。


「最近噂のドブネズミってのは、おまえらのことかァ!?」


 煙の中から一人学院生が現れた。


「……ロックス学院の」


 側近の男が制服を見てつぶやく。

 赤い髪が印象的な少年だった。


「火の精霊よ――」


「使わせるわけないだろうがッ」


 側近の男が剣を抜き斬りかかる。


「ルァッ!」


 気合いとともに剣を一閃。

 リーダーから見てもその一撃は完璧で、魔法使い程度が避けられる目を持っているとは思えなかった。


 だが。

 その少年は将来を嘱望された天才であり、ただの魔法使いではなかった。


「『陽炎』……どうだドブネズミ! おまえらが攻撃しようとしてもオレには絶対に当たらない!」


 クハハハ、と高笑いを響かせた。

 確実に斬ったと思ったはずが、赤髪の少年は、いつの間にか数歩ほど左へ移動していた。


「なら、当たるまで攻撃するのみッ」

「単純だなッ! 勉強したことすらねえだろ!?」


 側近の男が斬撃は、またしても赤髪の少年には当たらず。今度は別の位置へ移動していた。


「おっさんたちドブネズミには、何が起きてるかわかんねえだろうな!? 学もねえ金もねえ地位もねえ責任もねえ! だからこんなクソみたいなテロが起こせるんだろ!」

「ナメるな、ガキがッ!」


 また斬りかかろうとした瞬間、側近の男が炎上した。


「ぐあぁぁああ!? あ、ああああああ、う、ああっわわあああああ!?」

「るせえよ。燃えるくらいなんだよ」


 ゲシ、と赤髪の少年は側近の男を蹴る。


 ゴロゴロと転がり、服を脱ぎ捨てどうにか炎から逃れることができた。


「あれくれぇ、ほんのちょっと詠唱すりゃできるんだぜ?」

「……」


 リーダーは、この赤髪の少年の脅威度を改めた。


「魔法を放つために呪文を唱える……これをオレたちは戦場ではまるで役に立たない足手まといだと決めつけていたが……君は違うらしいな?」

「安心しなよ。そいつが無能だったってだけだぜ」


 獰猛な笑みを浮かべて、赤髪の少年は悠然と近づいてくる。


 リーダーは槍を構えた。


「ハァァァッ!」


 気合いとともに、最速の刺突を見舞う。


「……『陽炎』。…………当たらねんだよ」


 やはり移動していた。


 だが、何度も見ていれば、それなりに分析はできる。


 あんなに魔法の発動が早いのも、これなら納得がいく。


「ラァァア!」


 不自然に煙が晴れない場所があった。

 リーダーはそこ目がけ槍を薙いだ。


「ッ――!」


 そこからたまらず赤髪の少年が出てきた。


 ふっ、とさっきまで悪態をついていた少年は消えてしまった。


「戦場に出たこともない童貞が大人をナメるな」


 手品みたいなものだ。

 あらかじめ、あの『陽炎』とかいう魔法で自分の偽物を投射しておく。

 攻撃が当たっても被害がないのも当然だ。

 そして、また別の場所に偽物を登場させる。


 そうして、何か得体のしれない魔法を使ったのだとこちらに思い込ませた。

 魔法の詠唱も、本体があらかじめ行っていたのだろう。


 赤髪の少年は舌打ちをした。

「クソ!」

「貴族の少年。槍の錆びとなるがいい――」


 リーダーは三連続の突きを放つ。


「あっ、わぁあ」


 さっきまで自信満々の表情も崩れ、赤髪の少年は、情けない声を上げて何とか攻撃を回避した。

 這いずるように逃げていくと、側近の剣を手にし構えた。


「どうした。足が震えているぞ。ナイフより重い物は持てないのか? 重いだろう、剣は」

「だ、黙れ。平民以下のテロリストが!」

「そういう考えをするくせに、最後にすがったのは、魔法ではないのか。なんと情けない」


 ザザザザ、とリーダーは小走りで迫る。


「魔法使いが剣を構えるなど笑止! 魔法使いとしてプライドはないのだな、君はッ! 学院で一体何を教わっていた!?」


 一喝するようにリーダーは吠える。


「うッ、ウァァァァア!」


 やぶれかぶれに斬りかかってくる少年。

 なんと哀れなのか。

 こうして戦場で死んでいく者を、何人も何人も何人も見てきた。


 この少年も、得意魔法が破られれば、すがるのは転がっていた剣。


「怖いだろう。これが、戦うということだ、少年。それもこれも現体制……魔法省の考えがおかしいが故のこと。魔法使いといえど、もっと柔軟に臨機応変に対応できる力を身につける必要があるはず……。いずれオレたちがそれを変えてやろう」


 位を鼻にかけ、民衆を見下すような教育をしているのが魔法省だ。


「地獄で待っていてくれ」


 ひと言声をかけ、リーダーは愛槍を力の限り突き出した。


 胸を狙った。

 突かれればそれほど苦しむことなく逝けるはず。


 だが、感触はなかった。


「いやはや。その思想には賛同しかありませんね」


 薄れゆく煙のむこうで小さな影が声を発していた。


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