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 お風呂グッズと着替えを胸に抱いた二人は部屋をあとにする。

 グレードによっては部屋にシャワー室があるようだが、この宿はなさそうだった。


 貴族の息子や娘を預かっているのに、変なところで節制をしているのだな。

 まあ、エーゲル学院は序列最下位とされている。

 もしかすると、魔法省から出る予算もかなり限られているのかもしれない。


 風呂へ続く扉の前にやってくると、イリーナが中を確認する。


「…………いない……?」


 半目をするイリーナの警戒心はマックスだった。


「そんなはずはないわ」


 ソラルが首を振る。

 何でそんなに言い切れるんだ。

 俺が不思議に思っていると、ソラルは口を開いた。


「こんな美少女がお風呂に入るのだから、覗こうとしないはずがないもの」


 まあ、その通り覗こうとしているのは確かだから否定はしない。

 だがよくもまあそこまで自信が持てるものだ。


 俺が感じた限りでは、イリーナが目的のような気がする。

 ソラルはおまけというか。


「では、僕はこっちなので」

「うん。じゃあ、またね」


 イリーナが笑顔で手を振る。


「とか言って、あんたが覗くんじゃないでしょうね?」


 と、ソラルが釘を差してくる。


「覗かないですよ。どうやって覗くんですか?」

「わからないわよ。でも、よくわからない魔法を使えば、どうとでもなるんじゃないの?」


 仰る通り。

 姿を隠したり、自分の気配を消したり、誰かの気配を探ったり、音を拾ったり……。

 覗くために利用しようと思えば使える魔法はたくさんある。


「そんなことのために魔法は使わないですよ」

「……ふうん。ならいいけど」


 そう言ってソラルも脱衣所のほうへ姿を消した。


 さて。

 バカどもの様子を探るとしよう。


 俺も脱衣所に入って『探知』の魔法を発動させようとすると、外の露天風呂にライナスと他三人が隣を覗こうとしていた。


 ……魔法を使うまでもなかったな。


 服を脱いで彼らのところへ向かう。


「結構広いんだね~」

「私の実家にはもーっと大きなお風呂あるわよ?」

「そうなんだ」


 イリーナとソラルの会話が隣から響いてくる。


「ライナスさんたち、何してるんですかー?」


 俺はわざとらしく話しかけた。


「ぶはぁ!? おま、で、デカい声出すんじゃねぇ!」


 驚いたライナスが、俺以上に大声を出した。

 しー、しー、と他の人たちが人差し指を立てる。


「「………………」」


 女風呂の会話が止んだ。

 不自然なくらい何も話さない。


「あのな、ルシアン。男はやらなきゃならねえときだってあるんだ」


 真面目な顔でライナスが説明をする。


 男女を隔てるこの壁のむこうを覗くことが男のやるべきことらしい。


 思春期だなぁ、と俺は半ば呆れていた。


「ソラルちゃんがきちんと成長しているか確認するだけ」

「イリーナは隠れ巨乳の噂の真相を確かめなければ……」

「覗かないとか、むしろ失礼では」


 と、バカどもはそれぞれの動機を語る。


「頼むよ、ルシアン。ちょっとの間だけ静かにしててくれ。な?」


 持て余した性衝動を発散したいらしい。


 俺が何度目かわからないくらい呆れていると、四人はそれぞれ壁をよじ登ったり、隙間を見つけたりとベストポジションを探した。


 このままでは二人の素肌が見られてしまう。


 見えそうで見えないくらいにしておいてやろう。


 俺は『煙幕』の魔法を使う。

 女風呂の中に場所を指定し発動させた。


「よぉし、これで見え……。――あれ?」

「ゆ、湯気が……!?」

「んだ、これ!」

「シルエットも見えねえ!」


 ベストポジションでそのときを待っていたライナスたちは不満を口々に漏らした。


 しばらくこれで見えないだろう。


 ふー、ふー、と湯気をかき消そうとライナスは口で吹いている。


「ダメだ、らちが明かねえ」

「オレに任せろ……!」

「何する気だ!?」

「風魔法で、この湯気を吹っ飛ばしてやるぜ――!」


 明日も試合というのを忘れていないか……。


「風の精霊よ――この湯気を晴らして女風呂を覗かせたまえ!」


 そんな詠唱じゃなかっただろ。


「『エア』――ッ」


 下心の力というのはかなりの力を持っているらしい。

 めちゃくちゃな詠唱だったにもかかわらず、発動した。


 どうせ何も起きないだろうと高をくくっていた俺は焦った。


 マズい!


『エア』は程度によるが風を巻き起こす初級魔法のひとつ。

 炎や煙の風向きを変えることに使われる。


 このままでは俺『煙幕』が風で流される。

 そうすれば、イリーナとソラルの裸がはっきりと見られてしまう。


 いいだろう……。

 神域の魔法使いとされた俺も本気を出さざるを得ないらしいな。


『マジックキャンセル』


 魔法効果を無に帰す魔法だ。

 ここで問題なのは俺の『煙幕』もその対象となることだ。

 だが、ここで俺はさらに魔法を重ねがけした。


『フラッシュ』


 ビカ――――ッ!


 太陽よりも眩しい光が男子たちに照り付ける。


「「「「うぎゃぁぁあ、目がぁぁぁぁぁ!?」」」」


 よし。

 しばらくは何も見えまい。


「くっそ、目がダメなら耳を澄ませ……。想像を働かせれば、ほら、そこにイリーナが……」

「ほんとうだ。ソラルちゃん……、成長したんだね……」

「噂は、噂は本当だったんだ!」

「音だけでも十分いけるんだが」


 新しい楽しみ方を覚えてしまっていた。

 もうダメだこいつら。


 念のためにもう一度『煙幕』をしておこう。


 ……そういえば、二人とも何も話さないな。


『探知』の魔法を発動させる。


 ん? 向こうには誰もいない――?


 こちらのほうに二人が入ってくる。

 ばっと振り返ると、そこには部屋着のままのソラルとイリーナがいた。


 目がまだよく見えないライナスたちは、妄想の虜になっている。


「おいおい、イリーナ……なんてエロい体してんだ」

「ソラルちゃんは成長過程なんだね……グフフ……」

「山脈隠してんじゃねえよ、まったく……」

「風呂じゃなくても全然問題ないな」


 イリーナとソラルは、軽蔑と嫌悪が混ぜられた冷たい目をしている。


「気持ち悪……っ」

「死になさい」


 殺気立っている二人。

 イリーナはデッキブラシを持ち、ソラルは魔法発動の詠唱をはじめた。


「火の精霊よ――いいえ、この際どんな精霊でもいいわ。モラルの精霊、女の子の精霊――あの覗き魔妄想ヘンタイ集団を消し炭にしてくれたまえッ!」


 俺が見た中で一番魔力が込められていた。

 過去一の火力だ。

 そんな魔法が妄想でトリップしている男子たちに向かって放たれた。


「ん? なんかさっきと違う光を感じる」

「ソラルちゃんの背中から光が……。天使?」

「これが、俺たちの楽園……?」

「この宿屋、至れり尽くせりだな」


 ギュオン、とソラルが放った何属性かわからない魔法。

 色が真っ黒だったので、強いて言うなら嫌悪の魔法だったのだろう。


 凄まじい轟音が響き、ビュォォと爆風が巻き起こり、水しぶきが上がった。


「「「「うぎゃぁぁぁぁあ!?」」」」


 同時に悲鳴が聞こえた。

 湯気が晴れると、四人とも風呂に浮かんでいた。


 俺は黙とうをささげた。

 残念だが、当然の結果だった。


「本当に覗こうとしてたんだね……」

「万死に値するわ」

「お風呂に入ったんじゃなかったんですか?」


 部屋着のままの二人に俺は尋ねた。


「誰もいなかったから、本当に覗いているのか試しにそのまま入ってみたの。そしたら……」


 イリーナは、ケツを突き出して浮かんでいる四人にゴミ虫を見るような目をする。


「明らかにそれっぽい声や気配がしたから、入るのはやめたのよ」


 ふん、とソラルは爆風で乱れた髪を振って元に戻す。


「賢明な判断でしたね」

「でも、煙が出たり、すごい光がいきなり出たりしたあれは……」

「……もしかして?」


 イリーナとソラルが身に覚えのない魔法の発動者を探す。


「どの道、あの人たちには見えなかったわけですね」


 想像の中ならどうとでもなるだろうが。

 頭の中だけなら許してやってほしい。

 それを口に出すと気持ち悪いが。


「ちょうどいいから今のうちに入ろう、ソラルちゃん」

「そうね。バカがおねんねしている今がチャンス」


 そう言って二人は女風呂のほうへ戻っていった。

 手早く済ませたのか、一〇分ほどで二人の気配は消えた。


「あれ……? 夢……?」


 気がついた男子たちは、首をひねっていた。

 妄想と現実の区別がついていなかったらしい。


 イリーナとソラルは、しばらくこの四人とは目を合わせないだろうな。


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