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 模擬戦二試合目、開始一五分前。


 杖を持ったイリーナとともに控室に入った。


 魔法具使用に関して、他のメンバーも同じ反応だったが、戦術上効果的だと教えると納得してくれた。


「魔法省のお偉いさんたちは、いい顔しないでしょうけれど」


 ソラルがひと言チクりと言う。

 だが、負けてしまえば学院は解体されてしまう。

 ソラルもそれを知っているから、それ以上ネガティブな感想をこぼさなかった。


「なりふり構わないってことね」

「はい」


 初戦は戦術プランが固まっていたから控え室に顔を出さなかったが、今回は変更がある。


 俺はイリーナと杖の能力を教え、ひとつ提案をした。


「ふふ、何よそれ」


 ソラルは呆れたように笑っていた。


「おもしれーじゃねえか」


 ライナスは真っ先に賛成してくれた。

 他のメンバーも、相手が格上なのは承知していたので、普通にやるよりは俺の提案した戦い方のほうがいいだろうと判断してくれた。


 イリーナとライナス以外は、精霊魔法を使っている。

 俺の独自魔法を教えてもよかったが、付け焼刃になってしまえば元も子もない。


 精霊魔法で可能な助言をしていくと、発動まで実にスムーズになったし、魔力を消費も減らすことができた。


 ソラルの感触では、他学院に引けをとらないレベルらしい。


「自信を持ってください。みなさんは強いです。必ず勝てます」


 俺がここで最後にできることは、もうこれくらいだ。


「よし。行くぞ!」

「「「「おぉーッ!」」」」


 リーダーのが言うと、みんなが声を合わせ、控え室をあとにする。

 俺はソラルと遅れてやってきたゲルズとともに戦況を見渡せるフィールド脇のバッググラウンドに移動した。


「コッド学院……普段なら、戦闘不能にできるのは、一人か二人の強敵だ」


 ゲルズが去年のことを教えてくれた。


「大丈夫よ、きっと。イリーナを中心としたちびっ子の戦術、たぶん大ハマりするから」

「ルシアンが考えた戦術……? 当初のものと違うのか?」

「はい。イリーナさんの消耗が激しかったので、僕が作った杖を使ってもらいます」

「杖なんて……まったく無粋な」


 やれやれ、とゲルズは首を振る。


「そうかもしれませんが、イリーナさんが魔力切れを起こして戦線が崩壊すれば、この一戦はかなり厳しいはずです」

「なりふり構わないみたいよ?」


 と、ソラルが補足してくれた。


「負ければどの道学院は解体される。結果が出るのなら、やっておいたほうがいい、か」


 最終的にゲルズも納得してくれた。


 今回の模擬戦は、草原フィールド。


 ふうん、とソラルが鼻を鳴らす。


「草原なのね。フィールドの中ではシンプルというかベーシックよね」

「ああ。見晴らしがいいから、変に小細工ができない」


 と、講師二人は言う。


「であれば、余計に僕の戦術はハマるはずです」


 何と言っても今回の戦術の軸は、圧倒的手数――。


 開始の鐘が鳴る。


 エーゲル学院は、最前列にライナスが一人、後ろにイリーナが控える。イリーナの左右には三人ずつ配置され、最後列には二人という極端な陣形だった。


 敵側は、半円を描くように一人一人が配置されている。


 正面左右から魔法を浴びせようという作戦だろう。

 そのうち一人が防御壁を構築していった。


 最前列のライナスが動くのに合わせて、全員が動く。


「な。近接が得意なライナスだけじゃなく、全員――!?」


 ゲルズが目を剥いている。


「あんな密集していては、いい的だ!」


 案の定、魔法がそれぞれから放たれる。


 イリーナが魔法を発動させた。


「イリーナ、見せてやんなさい!」


 柄にもなくソラルが声を上げると、息を尽かせぬ『ファイア』の速射がはじまった。


 ボン、ボボボボン! ボボン! ボボン!


「だ、弾幕……だと!?」


 イリーナの魔法によって、敵の攻撃が次々に撃ち落とされていく。


「あ、あり得ない! あんな速度で放つなんて」

「ゲルズ先生。それを補助しているのが、あの杖なんです」

「何なんだ、あの杖は!?」


「面倒なのであとで説明しますね」


 かゆいところに手が届かないといった表情のゲルズは、フィールドに目を戻す。


「あんなにたくさん撃てば、魔力消費は尋常ではないはず! 攻守の要だろう、イリーナは!?」


 うろたえるゲルズに反して、メンバーに浮足立った者は今のところいない。


 陣から単独で先行したライナスが、防御壁を自慢の『リビルド』の魔法で破壊していく。


 ドゴン、ボゴン、とクッキーか何かのようにボロボロにしていった。


「――今だぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」


 デカい声でライナスが叫ぶと、あらかじめ詠唱に入っていたイリーナ以外のメンバーが一斉に魔法を放った。


 イリーナの弾幕が防御から牽制に変わり、簡単に魔法を使わせない状況を作っている。


 防御用の壁は粗暴極まりないやり方で破壊され、攻撃はもちろん、防御も回避の魔法も間に合いそうになかった。


 ドォン! ドガァン!

 エーゲル学院の攻撃魔法が着弾する。

 濛々と砂煙が立ち上り、ビーッ、ビーッと失格を示す音が鳴る。


 わっと観客席が大きく沸き立った。

 二人脱落。残り八人だ。


「く、クッソ! エーゲルのくせにぃぃ!」

「あんまナメてんじゃねえぞ、オラァァァァァァア!」


 次の魔法を放とうとしたコッド学院の選手に、犬歯を剥き出しにしたライナスが襲い掛かる。


「ウラァア! オッラァアア!」


 ドゴン、ドゴッ、とライナスの拳が敵を捉える。

 すぐに脱落の音が聞こえた。


「あはは! 野蛮すぎよ、ライナス」


 ソラルが手を叩いて笑っていた。


「あれが、魔法使い……エーゲル学院の、代表……」


 ゲルズはこめかみを押さえて悩ましげなため息をついている。


「魔法を使って敵を倒す。ルールの範囲内です。あれは誰もやらないしできないやり方です」


 また次の敵に狙いをつけたライナスだったが、後方から急旋回した魔法に気づかなかった。


 それをイリーナの速射魔法が撃ち落とした。


「気をつけてね!」

「悪ぃ! 助かったぜ」


 よしよし。

 俺の独自魔法を覚えたライナスが活躍してくれるのは、とても嬉しい限りだ。


 弾幕による防御、敵の牽制をイリーナが一手に担い、他の仲間が攻撃のみに集中。

 ライナスは、攻撃を妨害する要素の排除と陽動。


 ソラルのいったようにプランが大ハマりしていた。


「なんなんだよ、こいつら!? ちゃんと魔法の撃ち合いをしろよぉぉぉ!」


 また一人断末魔を叫ぶと脱落していった。


「うわぁあああ!?」


 混乱した一人が背を向けて逃げ出し、コッド学院から無力感が漂ってきた。

 攻撃魔法は誰一人逃がさなかった。


 イリーナの速射魔法が完全に沈黙した。

 魔力切れだ。

 予想よりも早い。

 緊張と興奮のせいもあっただろうな。


 ばしばし、とゲルズが俺の肩を叩いてくる。


「ほら見ろ、イリーナの魔力が切れたぞルシアン! どうするんだ!? あんなにたくさん撃たせるから!」


 鬼の首を取ったように言うが、大モニターを見てほしい。


「そうかもしれませんが、もう勝ちますよ?」


 残りは二人。

 あ、今ライナスが一人を殴り倒した。


「ダハハハハハハハ! オレのことをトラウマにしてやろうかぁぁぁぁぁあ!?」


 なんて野蛮なのか。

 合計三人を撃破していたライナスは有頂天だった。

 八人の攻撃魔法が一人に集中し、そこで脱落を知らせるブザーが鳴る。


 エーゲル学院対コッド学院……序列最下位と三位の模擬戦は、エーゲル学院がパーフェクトで勝利した。


「よぉぉぉぉぉし! あと二勝よ!」


 ソラルがガッツポーズをすると、呆然とゲルズがつぶやく。


「や、やったぞ……パーフェクトだ。コッド学院に」

「あんたの思った通りの試合展開だったわね」


 ソラルが頬を上気させながら言った。


「ここまで上手くいくとは思いませんでしたよ。メンバー全員がこれまでやってきたことの証明です」


 イリーナとライナス以外には、動きながら魔法を放つ特訓をしてもらった。

 選考会を見たところ、全員が足を止めたまま魔法を使う習慣があった。


 他学院がどうかわからないが、少なくとも実戦中に足を止めるなど言語道断。

 ただの的にしかならない。


 であれば、多少なりとも動きながら魔法を放つ訓練は、実戦において有効なのだ。


 こちらのほうへメンバーが戻ってきた。

 ソラルが全員とハイタッチをする。


 パチン、パチン、といい音が鳴った。





 初日の日程を終えた頃には、もう夕方となっており、俺たちは下宿先の宿に大人しく帰った。


 今日の予定としては、宿で食事をして寝るだけ。


 下馬評を覆す連勝に、みんなの表情は明るかった。


 普段なかなか来られない王都というのもあっただろう。

 昨日あった緊張感も少しゆるんでいて、みんなには解放感があった。


「カッカッカッカ! コッド学院の学長の顔ときたら――! みんなにも見せてやりたかったわ!」


 カカカ、とカーンは関係者席で観戦していたときのことを教えてくれる。


「口を開けたままで、顔面は白くなったり青くなったり、怒りで赤くなったりしておってな」


 よっぽど愉快だったらしく、カーンは酒が入るとさらに饒舌に語った。

 捉まったゲルズが、その話を何度も何度も聞いている。


「はい、そうでしたか。なるほど……」


 同じ話を繰り返すカーンに相槌を打つゲルズ。

 あれはあれで大変そうだな。


「あれ、すごかったよ、ルシアンくん。魔法を撃ち落とす魔法なんて、全然発想になかったもん」

「杖だって、使い方次第です」

「今日のコッド学院戦のあれを見て、魔法具に対する考えも少し変わるかもしれないわね」


 と、ソラルが機嫌よさそうに言う。

 あの圧勝劇を見て、魔法省のお偉いさんも解体という考えを改めてくれればいいのだが。

 最悪でも決定を保留させるくらいにはなってくれればと思う。


「ちびっ子でしょう、あれ作ったの」

「コンバーターです」

「そう、それ。いつの間に作ったのよ」


「初戦が終わったあと、町の武器屋に行って……」

「え。今日作ったの!?」

「はい」


 少し黙ると、ソラルは不敵な笑みを覗かせる。


「もう一本あれば、チョロいんじゃないの? 模擬戦」

「でしょうね」


 俺も笑みを返す。


「なんか、ソラルちゃんとルシアンくんが、悪巧みをしてる……」

「勝てばいいのよ、勝てば。でないと――」

「……でないと?」


 あ、と気づいたソラルはおほん、とわざとらしい咳払いをした。


「ともかく……今日はイリーナの力と杖で連勝したけれど、明日は序列一位のロックス学院との一戦があるわ。そこで負けちゃったら全部オシマイなんだから、気合い入れなさいよね」


 またソラルが口を滑らせた。

 ぽかん、とイリーナが首をかしげる。


「オシマイ……? もし明日連敗したとしても二勝二敗。物足りないかもしれないけど、当初の予想からすれば十分な成績なんじゃないかな」


「え? あ、えっと、そ、それはぁー」


 困っているソラルに、俺は助け船を出した。


「イリーナさん、ソラルさんは全勝するつもりで気を引き締めろ、と言いたいのです」

「そうよ、それよ!」


 我が意を得たり、とソラルはビシっと指を差した。


「さすがに負けるつもりで戦わないよ。だから明日も頑張る」


 にこっと笑顔でイリーナは拳を作った。


「いいよな、イリーナは。魔法省の人や他の貴族たちにも名前覚えられただろ?」


 と、ライナスがボヤく。


「どうかな。結局杖がすごかったって話にまとまりそう」

「おい、ルシアン、オレにも作ってくれよ。杖じゃなくていいからよぅ」


「時間があれば作ります」

「うっし、よっしゃぁ!」


 道具に頼るのは好ましくないが、ここ一番であれば問題はないだろう。


「イリーナさんのコンバーターとあの戦術はすでに披露してしまったので、明日は対策をされるでしょう。同じ手は通じないと思ったほうがいいと思います」


 話の流れで、食事が終わると明日の三試合目と四試合目の打ち合わせとなった。

 ある程度のところで話をまとめ、早いうちに解散となり、それぞれが部屋へと戻っていった。


 俺とイリーナ、ソラルの三人も部屋へ戻った。


「明日の午前中は時間があるでしょ? ちびっ子、付き合ってちょうだい」

「じゃあ、わたしもー」

「あんたはヘトヘトでしょう。昼から試合もあるし、明日は宿で大人しくしてなさい」

「はぁーい」


 渋々といった様子でイリーナは唇を尖らせた。


「何か用事ですか?」

「まあ、ちょっとね」


 学院の状況についてのものだろうか。

 ここで言わないということは、イリーナやメンバーに聞かれたくない話なのだろう。


「わかりました」


 了承すると、イリーナとソラルが着替えを手に持っている。


「ルシアンくん、お風呂一緒に入ろ」

「えっ」

「あんたね……このちびっ子を何だと思ってるワケ?」


 呆れたようにソラルが言う。

 イリーナは、幼ければ男の子でも女風呂に入ってもいい、というような考えらしい。


「イリーナさん、さすがに遠慮させてください」

「えぇー。一緒のほうが楽しいよ?」


 イリーナは、俺のことを幼い弟か何かだと思っているのか?


「一緒には行きますけど、浴場は男専用のほうに入ります」

「みんな気にしないのに~」

「私は気にするわよっ。普段こんなだけど、これでも男の子なんだから」


 ソラルの意見に全面的に賛成だった。

 見た目は六歳児でも、中身は酸いも甘いも知った大人だからな。


「そうやって断固拒否しているあたり、ソラルちゃん、もしかして――」


 イリーナがいたずらっぽく目を輝かせる。


「も、もしかしてって、何よ」

「ルシアンくんのこと、男の子として意識してる――とか」

「な。なわけないでしょ! こんなちびっ子、ないない」


 もしそうなら、俺もさすがにどうかと思うぞ。

 ソラルとは八歳も離れている。大人になってからの八つと幼年期の八つではまるで違う。

 イリーナに至っては一〇歳だ。

 たしかに、歳の離れた弟として扱われても仕方がないのかもしれない。


 ん? 部屋の外に気配がするな。

 男子数人が扉の付近で聞き耳を立てているらしい。


 扉に『集音』の魔法を使ってみると、ひそひそとした話し声が聞こえた。


「お、おい、押すなよ」

「イリーナ今から風呂入るって?」

「ソラルちゃんも今から風呂らしいぞ」


 女子は他に三人いるが、この男子たちにとってはイリーナとソラルの風呂に魅力を感じるらしい。


 初日が終わってくたくたなのかと思えば……。

 呆れるというか、これが若さなのかと思わずにはいられない。


 どうしようもないやつらめ。


 この場で足を止めさせるような魔法を使おうかと思った瞬間、声は聞こえなくなり、気配も消えた。


 風呂場に先回りしたな?


 俺は一度ため息をついた。


「ルシアンくん、早く行こうー?」

「入口までなら一緒に行ってあげるわ」


 と、二人に促される。


「お風呂が覗かれるかもしれません」

「え? 男子に?」


 イリーナが眉をひそめた。


「はい」

「見つけたら……」


 ソラルが、ボン、と拳を開いて見せた。


 ……ボン、か。

 過剰防衛のような気もするが、乙女の素肌を覗くのは、それくらいの行為らしい。


「わたしも、ちょっと回復したから一発くらいなら『ファイア』発動できるよ」


 バカな男子を撃退するためにせっかく回復してきた魔力を消費してほしくないな。

 扉の向こうにいた男子たちはもういない。

 おそらく、すでに風呂場で待ち構えているだろう。


 いいだろう。二人の素肌は俺が守ろう。


 もし覗きがバレたら、イリーナは魔力を無駄遣いしてしまう。

 ソラルの過剰防衛のせいで男子数人が明日の試合に出られなくなるかもしれない。


 二人を覗かれないようにすれば、無駄な魔力消費も過剰防衛も避けられる。


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