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神域の魔法使い ~神に愛された落第者は魔法学院へ通う~  作者: ケンノジ


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18


 俺はロンを連れて競技場をあとにした。


 鞄から出たロンは、前足を突っ張って、一度ううん、と伸びをした。


「狭い所に押し込めてごめんな」

「ロン」


 なんと言ったかわからないが、怒っている様子はなかったので一安心だ。

 用具室から地下へ行けることを知ったのは、ロンのおかげでもある。


 ロンがほしがるものは何かひとつ買ってあげよう。


 体毛に空気を入れるようにぶるぶる、と体を震わせると、いつも通りもふもふな毛並みが復活した。


「行こうか」

「ロン」


 返事をしてくれるあたり、ロンは俺の言葉を理解してくれているのだろうか。

 この現代でわからないことは多いが、身近なところでいくと、ロンも不思議生物でわからない点が多い。


 繁華街から一本路地に入った道を歩く。

 通りが賑やかなせいか、路地に入ると陰気な感じがする。


 往々にして、大通りにある武具屋、道具屋は、金額の設定が高い。

 観光客価格といったところか。

 王都を中心に活動をする冒険者たちが通う店であれば、地味な場所にあるはずだ。


 わぁ、とここまで競技場の歓声がここまで聞こえてくる。

 イリーナのことだから二試合目までに魔力消費をするようなことは避けるだろう。


 だが、残り魔力が二割程度では試合中に魔力切れを起こしてしまう。


 昔は、魔力を分け与えられる聖女がいたそうだが、それはかつての話。

 それこそ神の祝福を得たとされる人物の逸話だ。


 俺にそんな力はない。

 もしあれば迷わずイリーナに注いでいる。


 イリーナが活躍すれば、魔法具の有用性を証明することにもなる。

 作製した俺自身にも注目が集まるはず。


 残量の減った魔力を長持ちさせるためには、方法がいくつかある。

 一つは、魔力変換効率を引き上げること。

 二つは、魔法効果を落とすこと。

 三つは、当たり前だが魔法を使わないこと。


 一つ目は、魔法に変える際のロスを極力なくすというものだ。

 まだ俺の独自魔法に慣れていないイリーナは、魔力器官を通じて魔法を発動させるときにまだ魔力を無駄にしている。


 それを道具でサポートすることで、たとえば一〇発しか放てなかった『ファイア』が一二発撃てるようになったりもする。


 二つ目は、単純だが『ファイア』の威力を強制的に下げるもの。

 そうすれば、使用する魔力もこれまでよりも大幅に減るだろう。

 三つ目は、試合中のことなので論外だろう。


 歩きながら俺は魔法具のプランを練る。


 一つ目と二つ目が実現可能そうなので、作るのは戦術変換器(コンバーター)になりそうだ。


 変換効率が高く魔力消費を極端に押さえることに主眼を置くため低威力になる。


「ロロロンっ。ローン」


 ロンがついてきていないと思ったら、足を止めて鳴いていた。


 ん。俺が考え事をしている間に、目的の武具屋を通り過ぎてしまったらしい。

「ありがとう。ロン」

「ロン!」


 もふもふ、と頭を撫でると、ロンは嬉しそうに目を細めた。

 不思議生物を中に連れていくのもどうかと思い、俺はロンに出入口で待ってもらうことにする。


 店に入ると、小さな教室ほどの広さがあり、俺がこの人生で見た中では一番だった。


 冒険者や騎士向けの店で、一見価格もモノに見合った適正額だ。


 魔法を使えない人たちのほうが、当たり前に多い。

 貴族ばかりの魔法学院に通っていると、どうもそのあたりが曖昧になってしまうな。


「ボクちゃん、ひやかしはいけねえぜ?」


 店主らしき大男が話しかけてきた。

 元々は武芸を嗜んでいたのだろう。まくった袖から見える腕は太く、傷痕がいくつかあった。


「ひやかしじゃないですよ」

「制服見りゃわかるよ。魔法使いのガッコに通ってんだろ。あいつら、武器のことをバカにしやがる。魔法が使えるから何だってんだ」


 そう店主は吐き捨てた。

 魔法使いの貴族は外ではかなり嫌われ者のようだ。


 俺が出会ってきた学院の人たちの最初の反応は、好意的なものでないばかりか、差別的な態度がほとんどだったからな。


「貴族のガキが来るようなところじゃねえって言ってんだ。とっとと出ていきな」

「買い物をしにやってきたのです。あとそれに、僕は貴族ではありません」

「魔法学院の制服着てんじゃねえか。嘘までつく気なのか? あぁん?」


 魔法学院は、一般人からすると好感度はかなり低いらしい。

 みんな、魔法を教わっているからと居丈高に振る舞ってきたんだろう。


「村の出身で、魔法の才能がたまたまあったので魔法学院に通えているのです」

「村ぁ? どこの」

「ネルタリム村といいます」

「んだよ……オイラの地元とちょっと近いじゃねえか」


 態度が軟化してきた。


「村人なのに、魔法学院に通ってんのか、ボクちゃん」

「はい。色んな方から支援をしていただいて」

「かぁー。いい話だなぁ」


 人情派らしい店主は、俺の素性を信じてくれたようで、


「気になったやつがあったら言ってくれ。高いところにある物はオイラが取ってやるからよ」


 そう言ってカウンターのほうへ戻っていった。


 どうやらここで修理も行っているようで、料金表がカウンターのそばにある。


 コンバーターを作るには、どれが素材に適しているだろう。


 制服の上からでも羽織りやすいローブ……?

 それとも、腕輪か……?


 ううん、と悩んでいると、男が一人店に入ってきた。


「ジル、明日のことなんだが――」


 鉢がねを装備している武芸者風の男だった。

 腰には剣を佩いており、身なりはあまりよくない。

 その男は俺に気づかなかったらしい。


「おい、客来てんだぞ!」


 ジルというのは、どうやら店主のことだったらしい。


 店主の剣幕に男が一瞬ひるんだ。

 男は俺にようやく気づいて、制服を見て一度鋭く睨んだ。


 ……王都はどこもこんな感じなのだろうか。


「客って魔法学院のガキじゃねえか」

「いいんだよ、あの子は」

「わけわかんねえ」


 ぼそりと文句を言った男は、店主、ジルに促され店の奥へ消えてしまった。


「これにしよう」


 あまりお金を持っていないので、これくらいがちょうどいい。


 俺が選んだのは、セール品の剣や槍の中に適当に突っ込まれていた古ぼけた杖だった。

 魔法使いとくれば杖だろう。

 前世のときですら古臭いイメージがあった杖だが、逆に今となっては新しいのではないか。


 魔法を放つ際に、イメージもつきやすい。


「『ファイア』」


 この体では少し重い杖を振ってみせる。


 うん。魔法使いっぽい。


 俺はカウンターまで杖を持っていく。


「あのー、これほしいんですが!」


 奥に行ってしまったジルに声をかける。

 代金を用意していると、ジルが戻ってきた。


「あー。はいはい、これね。…………こんなもん、何に使うんだい、ボクちゃん。殴るっていってもすぐに折れちまうぜ?」

「魔法具にするんです。魔法をいくつか付与していくと、低威力の魔法が放てる変換高効率のコンバーターにできるんです」


 ジルは俺の言っていることがさっぱりわからないらしく、小難しそうに眉をひそめていた。


「お代、これ、ちょうどで」

「いいよ。持っていきな。どうせ売れねえから捨てようって思ってたくらいのモンだ」

「いいんですか?」

「ああ。その代わりといっちゃアレだが…………ボクちゃんひとつ約束してくんねえか?」

「はい? 約束ですか?」

「明日も、その、なんていうんだ、大会? があるんだろ?」

「はい、ありますよ」

「競技場に行くのは、昼からにしてくんねえか?」

「昼から、ですか?」

「ああ」


 明日も模擬戦。

 たしか、エーゲル学院は最初の試合が昼過ぎだったな。


「はい。お昼からなら、ちょうど試合もないので大丈夫です」

「そうか、それならよかった」


 わしわし、とジルに俺は頭を撫でられた。

 最近よく撫でられるな。


 こうして俺はジルの好意に甘えさせてもらい、杖を譲ってもらった。




 店前で待っていたはずのロンがいなくなっている。


「あれ……どこ行った?」


 きょろきょろ、とあたりを見回してみると、後ろ姿を見つけた。

 ロンは町の中を流れる水路をじいっと覗き込んでいる。

 ときどき、水が流れてくる暗い地下水路のほうにも目をやっていた。


 きっと俺を待っている間、退屈だったのだろう。


「お待たせ」

「ロン、ロン!」


 何か言いたげにロンが鳴く。

 ……空腹なのか?

 そういえば昼食はまだだったな。

 会場に戻って昼食を食べることにするか。





 ロンと一緒に会場に戻り、休憩室で軽く食事を済ませる。

 ロンにはサラダとローストビーフ。

 ロンの食事にかかわらず、どのメニューも町で食べようとすれば、かなりの値段がするだろう。

 至れり尽くせりといった具合の食堂は、どれも栄養価が高いものが多くそれらを無料で食べることができた。


 はぐはぐ、とローストビーフを食べていくロン。

 食事に夢中になっているので、その間に俺は杖の改造をはじめた。


 当初の目的通り、魔力変換効率を最大まで高め、その代わりに魔法の威力を制限させるコンバーターを作る。


 神からの祝福のひとつとして『鍛冶』魔法を与えられたが、汎用性の高さに今さらながら驚いている。


 弱体効果魔法の一種、『衰弱』を杖に付与する。


 これで発動する魔法の威力を低減させらるはずだ。


 出場者専用のウォーミングアップ会場があったはず。

 そこまでいって、あとで試してみよう。


 魔法効果低減ができたのなら、あとは、魔力の変換効率を目いっぱい上げるだけ。


 俺が発見した魔力器官という体内器官は、人は誰でも一つ必ず持っているというもの。


 人為的に変換効率を上げる仕組みを考えられるのは、俺が魔力器官を知り尽くしているからだろう。


 魔法発動から、魔力の流れを逆算――。

 その中でひとつの無駄もない回路を構築――。

 自分で魔力を流してみる――。

 まだ少しロスがあるな。

 魔力が残り少ないイリーナが、残量を気にすることなく魔法を放てるようにしなくては。


 コッド学院のあの老紳士の発言を聞いていて、いい気分はしない。

 カーンのように感情的になることはなかったが、鼻を明かしてやりたい気持ちは俺にもある。


『鋭利化』の魔法を使い、杖自体の形を削って整えていく。

 物理的に回路の邪魔をさせないためだ。


 ゴリゴリ、と少しずつ削っていくと、足下のロンがぶるぶると体を震わせた。

 どうやら杖の削りカスがかかってしまったらしい。


「よし。できた」


 魔法使いの杖改め、『戦術変換器(コンバーター)


 見栄えも変ではない程度に整えたし、これなら使ってくれるだろう。


「ルシアンくん、みーっけ」


 ちょうどいいところにイリーナが休憩室へやってきた。


「ご飯まだだったらここで食べられるよ?」

「いえ、もういただきました」

「そうなんだー。わたし、ちょっと食べ過ぎたかも……。珍しい物がいっぱいあるし、食べても食べてもお金はかからないし」


 あはは、とイリーナは困ったような笑顔を浮かべた。

 貴族なのに、庶民肌なのが彼女の魅力だろうな。


「イリーナさん、練習場に行きませんか?」

「え? うん、いいけど」


 試合前だから、変な消耗をさせたくないのは俺もそうだ。

 だが、コンバーターが使えるかどうかは試しておかないと。


「何か新しい魔法を教えてくれるの?」


 休憩室を出ていくと、イリーナが尋ねた。


「新しい魔法ではなく、これを次の試合で使ってほしいんです」

「杖ぇ?」


 あからさまに嫌そうだった。


「魔法使いが杖使うなんて、むしろ恥ずかしいんだよ、ルシアンくん」

「承知の上です」

「お父さんやお母さんが見に来ているから、その、カッコ悪いところはあんまり……」


 イリーナもソラルと同じ価値観なのだな。

 ということは、彼女たちがそうなのではなく、これはもう一般的な感覚と言えるだろう。

 どうやら、一般的にも魔法具は、使用を避けられているのがわかった。


 練習場には、他学院の生徒が何人かいたが、試合当日なのでみんな簡単な準備運動や魔法の確認などがほとんどだった。


 イリーナだとわかると、その何人かがちらちらとこちらを彼女を見ている。


 その視線に気づいたのか、イリーナが自分の服のにおいを嗅いだり、前髪を手櫛で整えてみたり、服にゴミがついていないか確認をしていた。


「ルシアンくん、わたしどこか変?」

「いえ。いつも通りです」


 ああ。きっと、初戦の奮戦ぶりをみんな知っているのだろう。


「あの……あなたエーゲル学院のイリーナさん?」


 他学院の女子の先輩が話しかけた。

 この制服は、赤髪と同じロックス学院の……。


「は、はいっ! そ、そうですがっ!」


 緊張しているのか、イリーナがぴしっと背を正して答えた。


「さっきの戦い見てたわ。前線が崩れて、ああ、今年もエーゲルは全然だわって思っていたら、あなたの『ファイア』で戦線を立て直して押し切っちゃうんだから。すごいわね!」

「え? ええええ、えと、あ、ありがとうございます!」


 驚くとともに、イリーナが照れくさそうにお礼を口にした。


「わたしなんて、全然まだまだで。このルシアンくんに教わって魔法能力が格段に上がったんです」


 ちらりとその先輩は俺を見ると、小さく笑った。


「そうなのね。まあ、今は敵同士で強さの秘訣なんて秘密よね」


 どうやらこの先輩は、イリーナが秘訣を隠すために嘘をついたと思っているようだ。


「エーゲルとは明日の予定だったかしら」

「はい。模擬戦の四戦目です」

「お互い頑張りましょう」

「はい!」


 イリーナはロックス学院の先輩と握手を交わす。

 その先輩は次が試合だから、と言って練習場をあとにした。

 赤髪のようにエーゲルは常にバカにされているかと思ったが、人によるのだな。

 それか、イリーナの奮戦に学院の評価を改めたか。


 ここにいる他の生徒たちも、どことなくイリーナの動向を気にしている節がある。


「一目置かれていますね、イリーナさん」

「え、嘘」


 自覚がないのか。

 まあいい。


「さっそくですが、さっき作ったこれを試してみたいと思います」

「杖って……もうイマドキの魔法使いは使わないっていうかぁ」


 唇を尖らせて、イリーナは不満げだった。


「次の試合には、必ず要ると思います。簡単に言うと、魔法の威力を抑える代わりに、魔力の変換効率を上げたものです」

「ううん?」

「一発の威力は落ちる分、たくさん撃てるようになる、といえばわかりますか?」

「なるほどね」

「初戦を見て思いましたが、手数を多く出すというのは、かなり有効な戦術です。なぜなら、他のみなさんは、同じことをやりたくてもできないですから」

「けど、防御魔法が突破できないんじゃ……」

「それはイリーナさんの役割じゃないだけです。もっと適役がいるでしょう?」

「あ。ライナス?」

「はい。初戦の雪辱を晴らすつもりのようなので、きっと頑張ってくれるはずです」


 やってみせたほうが早いな。

 道具を使って魔法を放つなんて、どれくらいぶりだろう。


 不思議な感覚ではあるが、杖を体の一部だと思えば、さほど苦労はしなかった。


「『ファイア』」


 ブフォオ、と誰もいない方向に魔法は飛んでいって消えた。

 うん。上々の仕上がりだ。


「あれ、いつもより、勢いが少ない……?」

「はい。魔力消費が格段に落ちているんです。たとえると、いつも手の平に集める魔力で先ほどの魔法を放ちますが、爪先ほどの魔力で、威力の落ちる魔法を放ちます」


 コンバーターの真価は、単発ではなく連射性能とその魔力消費の低さにある。


「使うときはこんな具合にして」


 杖を片手に大まかに狙いを定め、魔法を発動させる。


 ボボボ――ボッボボボ、ボボンッ、ボボボボッ!


 面白いくらい火炎の弾が放たれた。


「なななななな、ナニソレぇぇぇぇえ!?」

「とまあ、杖を使うとこれが可能になります。使用感でいうと、今のアレはイリーナさんの通常の一発よりもおそらく魔力消費は低いはずです」

「嘘……あんなにいっぱい撃ったのに?」


 杖を渡してみると、しげしげ、と不思議そうに観察したイリーナは、杖に魔力を流す。


「道具を使うって、魔法学院に入る前レベルの魔法使いがやることだから、カッコ悪いしあんまり好きじゃないんだけどぅ……」


 と、浮かない表情のまま魔法を発動させた。


「『ファイア』」


 ボフン、ボボボボ、ボフォン、ボフン、ボォン!


 俺に比べると、まだ魔力制御が甘いせいか不揃いの火炎の弾が飛んでいった。


「い、い――――いっぱい出たぁあ!」


 目を白黒させながら、イリーナは杖と飛んでいった火炎の弾を見比べる。


「どうですか?」

「さっき、いつも一発使うくらいの魔力を使ったんだけど……それで、あんなに?」

「はい。どうですか。コンバーターの力は」

「す、すごい……! すごいよ、これ!」


 見ていた他の生徒が腰を抜かしている。


「な、何だよ、あれ!?」

「やべえよ。エーゲル学院のイリーナ……台風の目になるぞ……」


 イリーナの評価が爆上がりで非常に嬉しい限りだ。


「完璧です。イリーナさんは制圧射撃でフィールドを駆け巡ってください」



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