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「それよりも。もうご到着されているはずなんだが」


 ゲルズは関係者席のほうへ目をやっている。


「誰か来るんですか?」

「学院長がね。本当は開会式に間に合うように到着する予定だったが、予定より遅れているみたいだ」


 その関係者席に座っている人たちは、ほとんどが学院関係者らしく、挨拶に訪れる人間があとを絶たない。


「あ。いらっしゃったんじゃないですか?」


 俺が指を差すと、ゲルズも見つけたようだ。


「初戦の報告をしてくる。ついてくるかい?」

「じゃあ、僕も」


 他のメンバーは、次に備えて休んでいる。

 そうなってくると、俺にできることはほとんどないので、手が空くのだ。


 通路を移動し、階段を上っていき、関係者席にやってくると学院長が他の老紳士と挨拶と握手を交わしているところだった。


「はっはっは……」

「ふっふっふ……」


 学院長とその老紳士……雰囲気からしてこの老紳士も他学院の学院長なのだろう。

 お互い手を握ったまま笑顔だったが、目がまるで笑っていない。


「カーン学院長」

「ああ、ゲルズか。それと、ルシアンくん」


 ようやく握手をやめた二人。

 俺は小さく頭を下げて会釈をする。

 学院長が握手の相手を紹介してくれた。


「この方は、コッド学院の学院長だ」


 コッド学院は次の対戦相手だ。


「君がゲルズか。エーゲルの次はコッド学院に来たらどうだ?」

「お誘いありがとうございます。ですが、魔法省が決めることですので」

「何。ワタシが口添えすれば簡単だ」


 学院長によって、発言権が違うのだろう。

 とくにエーゲル学院は、成績が万年最下位とあって、発言権や影響力というのはなさそうだ。


「優秀だからといって、勝手に引き抜くのはご遠慮いただきたいところですな」


 と、学院長……ややこしいのでカーンとしておくか……が釘を刺した。


「カーン殿。知らぬはずはないだろうが、じきにエーゲル学院は解体されるだろう。そこに勤める講師に次のことを考えさせて何が悪い」


 ん?

 んんんんんんん?


 今、何と……?


 解体?

 エーゲル学院が?


「先生、今の話は」


 俺が尋ねると、ゲルズはマズそうな顔をして俺を一瞥して目をそらした。


「今の話は、本当だ。競技会の成績が常に悪いから、質の低い魔法使いを世に送り出している、と魔法省では考えられている」


 ゲルズが入学するときに言っていたな。


『――以前までは家系が証明できたらなかったんだ。けど、肩書き目当てで入ってくる者が増えてしまってね』

『ここで魔法のイロハを学ぶんだけども、『魔法の勉強をしていた』というだけで、庶民たちは見る目を変えるからね』


 ゲルズは、魔法省でエーゲル学院がどういう目で見られていたか知っていたのだ。

 だから余計に入学者は厳しく選んでいたのだろう。


「い、い、あの、いいいい、いつ?」


 いかん。思わず動揺が声に出ている。

 深呼吸を繰り返すうちに、カーンが答えてくれた。


「すぐに、というわけではない。最悪年内」


 待て。俺が卒業するよりもずっと早いぞ。

 コッドの学院長が補足をした。


「毎年、競技会後魔法省で会議がもたれる。全学院の学長や主だった講師を集めてね。そこで何かしらの決定がくだされれば……年内」


 やはり年内……!?

 せっかく入ったというのに、そこがなくなるのか!?


 エーゲル学院入学のときは、学長が助け船を出してくれてどうにか入学できたくらいだ。

 余所の学院でも同じように扱ってくれるとは思えない。


 まずい。非常にまずい。


「要は、エーゲル学院のような低能な生徒を世に送り出す育成機関は、他校の魔法使いと同じくくりにされては敵わん、ということだ」


 カーンが拳をぐっと握りぷるぷると震わせているのがわかる。


「今年は例年と違うことをすでに示している。シンセイ学院を模擬戦で撃破しておるからな!」

「たまたま上手くいったからと言って吠えるのはいかがなものだろう」


 コッドの学院長が冷笑すると、それがカーンの感情を逆なでにしたらしい。

 顔を赤くして怒りはじめた。


「序列三位のコッド学院がどうしてそこまで偉そうにできるのだ!」

「四位と五位の間には、海よりも深い溝があり大きな隔たりがある」


 そんなに弱いのか、エーゲル学院は。

 解体の話が出るのも納得だ。


 だが、そういうふうに仕組んでいる点も無視できない。

 シンセイ学院のときのように、これまでも何かしらの不正が行われていた可能性は高い。


 仕組んだ、もしくはそれを容認した上で弱小校で魔法使いの名を下げる学院だから解体する、では、あまりに勝手が過ぎる。


「ゲルズ先生。解体を回避するには、どうしたら」

「成績だけではなく、エーゲル学院は今年から変わったと魔法省の者に印象付ける必要がある」


 この事情をカーンとゲルズが知っていたとすれば、俺を競技会に参加させないのが納得できない。


 模擬戦も個人戦も、圧倒してみせるのに。


「元々そのつもりであったが」


 カーンが前置きをする。


「模擬戦全勝。エーゲル学院は、残り三試合、全勝し学院の序列をひっくり返してみせよう」


 聞き耳を立てていた周囲の関係者からくすくすと嫌な笑い声が漏れ聞こえた。


「エーゲルが模擬戦全勝?」

「ふふ。シンセイにたまたま勝っただけで夢を見過ぎでは?」

「まあまあ。エーゲルはあとがありませんからなぁ。それくらいしなければ、解体は必然」


 売り言葉に買い言葉だった。

 聞こえるように陰口を叩いていた関係者たちに、大声で言い放った。


「できなければ解体してもらって構わん!」


 高らかな宣言に、周りがしんと静まった。


 おい、待て待て待て。勝手に約束をするな。


「言いましたな。言ってしまいましたな、カーン殿。二言はないでしょうな?」

「当たり前だ! 半端な成果では魔法省の考えを改めさせることはできぬ! ――吠え面を用意しておくといい。それでは」


 負け役が吐きそうな捨て台詞を残し、カーンは足音を立てて去っていく。

 俺とゲルズもあとを追った。


「学長。いいのですか。あんな約束……」

「魔法省の評価はゼロどころかマイナス。エーゲル学院は、ポンコツ魔法使いを輩出して魔法使いの地位を貶めていると思われているのだ」


 憤慨が収まらないカーンは、まだ顔を赤くしている。


「その件ですが、シンセイ学院との対戦時、我が校の魔法が弱体化する魔法陣をシンセイ学院の生徒が密かに地下で展開していたのです」

「何だと……!」


 火に油だな。

 どっちにしろ、報告しなければならいのだが。


「運営に報告したのですが、厳重注意だけで終わってしまったのです」

「ナメられておる……! エーゲル学院は、どうせ最下位で解体予定の弱小校だから、と好き放題してもお咎めなしと思われておるのか……!」


 カーンは悔しさで奥歯を噛みしめている。

 ゲルズが真剣な眼差しで言う。


「どこにも負けられません。エーゲル学院に務めて数年になりますが、侮辱されたままでは終われません」


 うむ、とカーンは力強くうなずく。

 そこで俺は切り出した。


「僕を使ってください。模擬戦に。サポートメンバーなら出場メンバーと交代可能だったはずです」


 二人に訴えると、同じような反応を示した。


「やはり両刃の剣であったな。ルシアンくんは」

「ルシアンの魔法は、異端と捉えられる可能性が高い。イリーナとライナスの二人は、既存の魔法を使っているため、言い逃れはできるが……」


 要は、全員はじめて俺の魔法を目の当たりにしたゲルズ状態。

 魔法だと認めてくれるかどうかも怪しいという。


「その異端らしき生徒がいると、学院的にもまずい、ということですか?」

「魔法省の印象は悪いだろう」


 俺の質問にカーンが答えた。


『魔法』とは何か――。

 それは魔法省が定義している。

 では、俺が壊すべき『現代の常識』というやつは、そのまま魔法省のことではないのか。




 カーンに俺は口止めをされた。

 解体の件は、いたずらに混乱させるだけだから生徒には言わないでほしい、と。

 それについては賛成だった。


 イリーナやライナス、その他メンバーには、競技に集中してほしい。


 その範囲外だろうと俺はソラルに遠回しに訊いてみた。


「エーゲル学院のこと、何か耳に入っていたりしますか?」

「何かって?」

「学院運営のこととか」

「まあ、聞かないわけじゃないわ」


 選手や関係者が使っていいとされている休憩室の片隅で、ソラルは声を潜めた。


「私だって、宮廷魔法士だったのよ。出身校の評判くらい心得ているし、意識せずとも聞こえてくるものなのよ」


 機嫌悪そうにソラルはため息をつく。


「母校を悪く言われるのは、気分のいいことじゃないもの」


 この様子なら、知ってそうだな。

 魔法省の内部ではもう有名な話なのかもしれない。


「次の試合も勝ちましょうね。エーゲル学院が、もしかすると解体されるかもしれないらしいですから」


「え」


「え? 勝ちましょうねって」


「そ、その次」

「解体されるかもしれないってやつですか」


「うええええええええええ!? ひえええええええ!? え――、え? え、えええええええええええ!?」


 めちゃくちゃ驚いていた。

 知ってたんじゃないのか。


「迂闊でした。今のは聞かなかったことに」


 俺が席を立とうとすると、ぐいっと手を引っ張られた。


「待ちなさいよ。そんな爆弾発言されて放っておけるわけないでしょ。私が聞いていたのは、外部の評判だけで、処遇に関しては何も……」


 ここまでしゃべってしまったら、説明するしかないだろう。

「俺も驚いたのですが」と前置きして、ソラルにさっきの出来事を話した。


「ということは、勝たないとエーゲル学院解体されちゃうってこと……?」


 シ、と俺は人差し指を立てる。普通の声量に戻ったソラルに注意をした。


 わかりにくいように、俺は小さくうなずく。


「そっか……そうよね……競技会では万年最下位でエーゲル出身っていうだけで、バカにされることもあるし」


 この手の話に詳しい貴族であるなら、大切な我が子は多少遠くても他学院に入学させるという。


「僕としても困ります。学院がなくなってしまうと、魔法使いとして認めてくれる公的機関がなくなりますから」

「でもあんたはいいじゃない。地元のマクレーン様にお抱えの魔法使いになってほしいって言われてんだから。卒業資格がなくたって困らないでしょう?」


 ソラルは髪の毛を指でいじりながら言った。


「お金やその後の人生の心配をしているわけではないのです。僕がやろうとしていることは、いわば改革。魔法省が定義する魔法だけが魔法ではないと世間に知ってもらいたいのです」


「……なんか、あんたすごいわよね」


 意外そうにソラルは目を丸くしてつぶやく。


「そうですか?」

「今ある魔法を疑って、別に魔法があるってことを発見して、少なくとも自分で実践してみせて、イリーナやライナスにそれを教え込んでいる」


 否定する論拠を集めるのに膨大な時間をかけたから、今こうして二度目の人生を送っている。

 もっと早くに気づけていればと思わないでもない。


「安心してちょうだい。少なくとも、次は勝てるから」

「そう言って足をすくわれる人を何人も僕は見てきましたが」

「んもう、すぐ生意気を言う」


 ふふ、とソラルは人形のように整った顔に笑みを浮かべた。


「シンセイに力押しで勝てたんだからコッドなんて余裕ちゃんよ」


 余裕ちゃん……。

 変な言い回しが気になるし、余計心配になる。


 攻守の中心となるイリーナの回復具合にもよるだろう。


 気になった俺は、イリーナを捜す。

 ようやく見つけたイリーナは、観客席にいる両親と話をしているところだった。

 観客席に身内を呼んでいる生徒は珍しくなく、時間があると顔を見せに行っている。


「イリーナさん」

「あ、ルシアンくん」

「魔力はどうですか? まだ疲れは残っているでしょうが……」

「うん。大丈夫。あと一試合くらいなら全然やれるよ!」


『鑑定』の魔法でイリーナを見てみると、通常の二割ほどしか魔力が残っていない。


 ライナスが早々に抜けたことで、イリーナの負担が増したせいだ。


「あ、紹介するね。うちの両親。――で、この子が、学院で話題のルシアンくん」


 人の好さそうなイリーナの両親を見て、俺は実家の両親を思い出した。


「まだこんなに幼いのに。もう学院に通っているなんて、優秀なんだね」


 父親が言うと、俺は会釈をした。


「ルシアンといいます。イリーナさんには、よくお世話になっています」

「あらあら。ご挨拶もちゃんとできて。偉いわねぇ」


 なでなで、とイリーナの母親に頭を撫でられる。


 この年ならこうされても自然なのだろうが、当たり前にできることを褒められると少し恥ずかしい。


「父親の私が言うのも変だが、イリーナはよくできた子で、魔法の才能も小さい頃からあったんだ」

「すごい魔法使いになれるからって、学院に入学させたのよねぇ」


「ちょっと。やめてってば。ルシアンくんの前で」


 唐突にはじまった娘自慢を、イリーナが慌てて遮った。


 この家族のやりとりは見ていて和む。

 両親の期待を裏切らないためにも、イリーナは努力している。

 イリーナだけではない。

 エーゲル学院生全員がそうだ。


 まだ付き合いの浅いみんなの顔が思い浮かぶ。

 こんなナリだから、親切にしてくれる人が多かった。

 たとえば、背が届かない棚の本を取ってくれたり、背が小さくて前が見えないだろうから、と席を譲ってくれたりした。


 些細なことだが、そんなこともあったと思い出した。


 ……解体させるわけにはいかないな。


「イリーナさん、ちゃんと休むんですよ?」

「わかってるわかってるー」


 俺はイリーナと別れ、競技場をあとにした。


 俺は競技会の案内を再度見返す。

 魔法具の使用について――という欄。


 魔法具の使用は能力をサポート補助するものであれば携行可能――とされている。


 一試合目と二試合目を見たところ、誰も使っていなかった。

 訓練のときでも、使うかどうかが議論されなかった。


 ソラル曰く、

『ダサいのよ。イマドキ魔法具使って魔法を発動させるなんて。学院生っていや、少なくとも入試をパスした魔法のエリートよ? 使わない使わない。魔法具なんて。大して効果は上がらないし、整備や調整が難しいもの』


 使う人がいないわけではないが、学院生のうちから道具頼みというのはよくない、もしくはダサいという風潮らしかった。


 要はオムツ扱い。

 未熟の代名詞とされているようだ。

 競技会についても、日頃の鍛練の成果を見せる場であると考えられているらしい。


 だったら魔法具は禁止すればいいものを。

 案内の隅にこっそりと携行可能と書かれている。


 昔からこの要項で改訂されないまま今日に至っているようだ。

 学院生や魔法使いの価値観のほうが変わった、というところか。


 俺は使える物は何でも使ったほうがいいと思うタチだ。

 まだエーゲル学院の二試合目まで時間がある。


 ここは王都。

 魔法具の素材になるものであれば、いくらでも見つけられるだろう。


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