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16


◆イリーナ◆


形成されたフィールドは、市街地だった。

見たことのない町が一瞬で作られる。

建物や道、水路など、どこかにあってもおかしくないものだ。


「作戦通りだ! 前衛三、中衛三、後衛四で行こう」


キャプテンに任命された三年生の男子が、打ち合わせ通りの確認をする。


民家の向こうには、もうシンセイ学院がこちらと同じように話し合いをしているんだろう。


わたしは中衛の一人。

前衛と後衛を援護するのが役割のひとつだった。


『イリーナさんは、魔法の回転数が高いので、アタッカーというより相手の攻撃の抑止力となってもらいます』


ルシアンくんの意見に、ほんの少しの反対はあれど、最終的にみんな納得することとなった。


鐘が鳴った。

開始の合図だ。


「っしゃぁ! 行くぜ!」


ライナスが拳同士をゴツンとぶつけて先陣を切って動き出した。


さっそく得意魔法を発動させる。


「」


あれ? いつもより発動が遅い気がする。

あれで案外緊張しているのかもしれない。

かく言うわたしだって、膝が少しだけ震える。

観戦している人が、王様や他の魔法省の偉い人だと思うだけで、心臓が大きな音を鳴らした。


いつもよりふわふわするのはそのせいだろう。


通りを前進してくる敵が見える。


「『ファイア』」


いつも通り。いつも通り。いつも通り。

それを言い聞かせながら、魔法を発動させる。


炎の弾が敵めがけて一直線に飛んでいく。


けど、その途中でボシュン、と魔法が消えてしまった。


あ、あれ?


「イリーナ、何してんだ」

「す、すみません」


おかしいな。いつも通りのつもりだったのに。


「あ、あれ。俺もだ」


他のみんなも同じで、魔法攻撃が届かない。

射程がいつもの三分の一もない。


たぶん、緊張のせいだ。


落ち着け、落ち着け、と言い聞かせる。


「焦らず、落ち着いていつも通りやりましょう」


ルシアンくんに言われた言葉を付近の先輩たちに言った。

これは、練習のときからずっと言われていたことだ。


特別なことはしない。

練習でしたことだけをやる。


「行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇぇ!」


敵を引きつける役割でもあるライナスが突っ込んでいく。


不意にその魔法が解けるのがわかった。

気づかないライナスは、放たれた魔法を回避し、回避し、避けることができず防御しようとした。


「ライナス!」


叫んでも遅かった。


風属性魔法のひとつ、『ウィンドランス』がライナスに直撃する。

いつもなら『硬化』の魔法で無事なのに


ドシュン、と風の槍がライナスを貫いた。


「ぐわぁぁあぁ!?」


開始まだ一分。

ビー、と音が鳴り、モニターに表示されているライナスの名前が赤に変わった。




◆ルシアン◆



ビーと音が鳴った。

誰かが失格になった音だ。


荒事になりそうなので、俺はロンを入れた鞄は用具室の隅に置いていくことにした。


「ちょっと待ってて」


どうして急に吠えるようになったのかよくわからないが、元々森にいたロンだ。

もしかすると王都の空気が合わないだけなのかもしれない。


下へと続く階段を降りていく。

すると、さっきよりも明確な魔力反応を感じた。

これはもう何かの魔法を使っているな。


奥に進んでいくと、話し声が聞こえてくる。


「まあ、この術式がありゃ、絶対に負けねぇだろうな」

「そりゃそうでしょー。これバレたらヤバいっすよね」

「バレねえよ。こんなの」


 薄暗い中、いくつかランプを灯している。

 ぼんやりと浮かび上がった姿は、トイレにいたあの二人だった。


 天井に浮かんだ魔法陣に魔力を注いでいる。


 その真上は、ちょうどフィールドだ。


 二人はまだ俺に気づいていない。


 俺の予想が的中した。

 天井の魔法陣。

 あれは、大まかな種類でいうと弱体系の魔法陣だ。


 詳しく見てみないとわからないが、万が一のない勝利を確信させる魔法陣であることに間違いなさそうだ。


 俺は呆れてため息をついた。


「格下格下、とバカにしておいて、正々堂々と戦うこともできないんですか」


 びくっと俺の声に二人が驚いた。


「んだよ。ガキか。ビビらせんじゃねえよ」

「僕ちゃん迷子? 観客席は上だよ」

「こうして、魔力を流して上にいるエーゲル学院の魔法を妨害しているんですね」


 ピリリと空気が変わった。

「オイ、適当こいてんじゃねえよ」

「そ、そうそう。オレらは、ええっと、競技会の運営係で、フィールド形成を手伝ってるんだ」

「弱体系の魔法陣に魔力を流す運営なんていないでしょ。それも、エーゲル学院側だけ」


 近づいていったことで、ようやく俺が学院生だと二人は気づいた。


「ガキ相手に手荒なことはしたくないが、見られちまったらただで返すわけにはいかねえ」


 先輩が言うと、後輩のほうが魔法を発動させた。

 先輩の言葉から、後輩の魔法発動までが非常に遅い。


 あくびが出る。

 テンポが悪いし、魔力をさっきまで注いでいたせいか、すでに額に汗が浮かんでいた。

 

 俺が学院入学のためにはじめて戦ったゲルズは、やっぱり優秀だったんだな。

 彼らよりもっと早かった。


「あんたたちに魔法使いを名乗る資格はないな」

「調子こいてんじゃねえぞ、コラァ!」


 どの程度の魔法なのか待っていると、長ったらしい詠唱が終わり後輩がようやく魔法を放った。


「死んでも知らないからな! 『ウィンドランス』!」


 ゴゥ、と風を巻き起こした魔法の槍が飛んでくる。


 予想通りというか。上位校とはいえ、やはりこの程度か。

 少し期待してみたが、時間の無駄だったな。


「そんな可愛い魔法で、『死んでも知らないからな』なんて、よく言えたものだ」


 ため息混じりにつぶやき、俺は防御魔法を発動させた。


「『ガード』」


 防御魔法、初歩の初歩。

 これで十分だろう。




「そんな初級魔法でシンセイ学院伝統の風魔法が防げると思うなよ!」





 薄い膜が俺の前面に展開されると、直撃した風の槍はあっさりと四散した。


「「……」」


「え。何か言いました? さっき、伝統の魔法がどうとかって」


「マジかよ、このガキ!?」

「一点突破に優れる『ウィンドランス』があんなにあっさり!」


「鋭さという意味では、風魔法は優れていますが、重みには欠けます。たとえるなら、スパッと切ることはできても、壁のようなものを壊すことには不向きです。一点突破という用法なら土魔法のほうが有効でしょう」


「「なるほど……」」


 納得させてしまった。


「代われ! オレがこの頭でっかち小僧を黙らせてやる!」

「それはそっちでしょう」


 呆れて思わず力が抜ける……。


「バラされるよりはマシだ」

「せ、先輩、まさかアレをやる気っすか!? ヤバいっすよ、あれは」

「るせえ!」


 残り魔力を注いでいるのがわかる。

 その分さらに時間がかかるが……。

 上の状況が気になるのでさっさとしてほしいところなのだが。


「天井が崩れますよ、先輩!」

「構やしねえ! 『インビジブルエア』」


 肉眼では見えない風の攻撃魔法らしいが、残念だが俺にははっきりと見える。


「『ガード』」


 しゅん――……。


 ご大層な攻撃は呆気なく消え去った。


 そういう意味でインビジブルなのか。

 すぐに消えるから見えない、と。なるほど。


「な、何だこのガキ!」

「先輩の『インビジブルエア』も無効化させるなんて――」


 二人が騒いでいる間に、俺は光属性の魔力を方々に飛ばす。

 魔力それぞれが光るので、中がよく見えた。


 どうやら、元々倉庫か何かとして使われていたらしい。

 このカビくささも納得だ。


「運営委員に出頭してください。強引なのは好きじゃないので」

「調子乗んなよ、ガキが――――!」


 頭に血がのぼったのか、先輩が拳を握って殴りかかってくる。


「最後は結局暴力か」


 それでも魔法使いなのか。


 目と鼻の先まで迫った先輩に、俺は「『ファイア』」を唱える。

 当然詠唱はなく発動したため、二人とも驚いていた。


「うごぁぁあ!? お、オレの、体が、いきなり燃えた!?」


 ……魔法を使われたということもわからなかったらしい。


「だ、だ、大丈夫すか先輩!?」


 みるみるうちに炎に包まれていく先輩。

 どう考えても大丈夫はわけない。


 ろくに呼吸もできないから会話もできないだろう。


「お、俺が、今助けますからッ」

「おまえもそうなるぞ」

「はっ?」


 同じように『ファイア』を後輩に放った。


「ぐぁぁぁぁぁぁ!?」


 大事に至る前に消火してやろう。


「『ウォーター』」


 水流が二人を包み、燃え広がろうとしていた炎がすぐに消え去った。


 後輩のほうは完全に失神しており、意識のあった先輩が尋ねてきた。


「お、おまえは、一体……何者なんだ……?」

「魔法の父になる……みたいです」

「魔法の、父……?」


 俺の独自魔法を広めればそうなるという。

 魔法の父がどうとか、そういう肩書きは正直どうでもいいのだが、魔法体系が変わるという意味では、やはり親扱いなのだろう。


「ルシアン!」


 ゲルズの声がする。


「先生。こっちです」


 呼ぶと、ゲルズが不審げに眉をひそめている。

 ゲルズは、はぐれた俺を捜していたらしく、ロンの鳴き声に釣られてあの用具室に入ったらしい。


「ルシアン、これは一体……?」

「見て下さい。シンセイ学院のサポートメンバーが、この魔法陣を使って不正を」


「君たち、詳しく話を聞かせてもらおうか」






 俺はゲルズにあの二人の処遇を任せ、ロンを連れて関係者室で試合を観戦していた。


 失格者の席にライナスがいたので、試合状況を教えてもらった。


「やっちまったぜ、ルシアン……」


 苦い表情で頭をかくライナス。

 どうやら最初の失格者はライナスだったらしい。


「言いわけに聞こえるかもしれねえが、なんか普段と違ったんだよな、魔法の感じが」


 いずれ公になるだろうから、あの地下魔法陣のことについては黙っていよう。


「緊張のせいかもしれませんね」

「そっか。でもよ。みんな持ち直して、魔法の撃ち合い。応援で声枯れるわぁ」


 モニターでは、エーゲル学院が五人脱落。シンセイ学院も同じく五人が脱落となっていた。

 あの魔法陣がなければ、もっといい戦いができただろうに。

 それだけが悔やまれる。

 だが、序盤こそ劣勢だったが、今では戦線をあげていき、どんどん押していた。


「『ファイア』」


 その中核となっているのがイリーナだった。


「外から見ると、イリーナはかなり強力なんだな」

「ええ。制御と操作も上手いので、魔力を過不足なく魔法に変換できる。その上、次弾も早い」


 強力な魔法を一発放つよりも、手数で押し切る。

 イリーナにはそれが向いていた。


「全部ルシアンが教えた通りだ」


「それを信じて努力を怠らないイリーナさんだからできる芸当ですよ」


「くっそ……オレも活躍してえ」

「次からはきっと大丈夫です。僕が保証します」

「え? ああ、そうか?」


 不思議そうにライナスは目を丸くした。

 試合はイリーナが支配していたと言っても過言ではなかった。


 手数の多さに、じわじわと攻められ、後退を余儀なくされていったシンセイ学院。

 観客は、エーゲル学院が押していく展開が珍しいのか、面白がって応援してくれた。


 やがて。

 シンセイ学院が、最後の一人になった時点で降伏を宣言。


 エーゲル学院が四人を残しての勝利となった。


「「「よっしゃぁぁぁぁぁああ!」」」


 失格組が全力でガッツポーズを決める。


「やったな、ルシアン!」


 ライナスが拳を出してきたので、俺はそこに自分の拳を軽くぶつけた。


「みなさんの頑張りですよ」


 ようやく俺もほっとひと息がつける。

 自分が出るほうがどれだけ気楽か。


 それは、監督のソラルもそうだったようで、試合中は立ってやきもきしていたのもようやく落ち着き、どかっと腰を下ろした。


「か、勝ったわ……」

「お疲れ様です」

「エーゲル学院の模擬戦勝利って一〇年ぶりとかじゃないかしら」


 そんなに白星から遠ざかっていたのか。

 他校から下に見られるのも、無理はないということか。


 会場はというと、エーゲル学院の勝利に観客たちが大喜びで喝采を送っている。


「負けて当然って感じで見ていたでしょうから、予想を裏切る展開が楽しいんでしょうね」


 ソラルが苦笑しながら肩をすくめる。

 選手退場となり、イリーナたちと合流した。


「疲れた~~~。ルシアンくん、見てた?」

「途中から見てました。お疲れ様でした。バッチリでしたね」

「えへへ。やったね」


 ぱちん、とハイタッチをする。


 メンバー全員、疲れたような表情だが、覇気が漲っている。

 ライナスは早々に失格となったので二戦目の余力は十分だ。


「次こそはオレが……」


 と、一人でぶつぶつとつぶやいていた。


 ゲルズが戻ってきた。


「あの件、どうなりました?」

「厳重注意とだけ」


 たったそれだけ?


「しかし、私が見つけたということでいいのか?」

「はい。僕よりも先生のほうが社会的な信用がありますから」

「それもそうか」


 俺一人であの二人を運営委員に突き出しても、取り合えってくれるとは思えない。

 ゲルズかソラルに頼もうと思っていたところに、ゲルズがやってきてくれて助かったくらいだ。


 だが、あれだけのことをしておいて、シンセイ学院に処分はないのか……?


 上位校にフィールドの法則が開示されることもそうだ。

 ずいぶんと恣意的だった。

 魔法省とやらは、上位と下位で差をつけたいとしか思えない。


「先生。魔法省というのは、官僚だというのはわかったんですが、そもそもどういう組織なんでしょう?」

「そもそも? それはわからないが……基本的には、魔法学院の運営や次世代魔法使いの育成が主な目的だ。宮廷魔法士の選定も魔法省だ。魔法絡みの一切合切を取り仕切っている、と考えてもらってもいい」


 彼らの中に現代の魔法が停滞、退化している理由を知っている者がいるかもしれないということか……?


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