15
サポートメンバーの俺は、観客席からゲルズと開会式を眺めていた。
周囲には、一般市民が大勢いて、会場の周辺には出店も多く出ており、さながら祭りのようだ。
「毎年こうなんですか?」
「ああ。観戦に来るのは市民だけじゃなくて、王侯貴族もやってくる。少年少女の一生懸命な姿というのは、どうやら見ていて清々しいものがあるらしい」
ルールにのっとり競技を行うのであれば、まあ、たしかに清々しくはある。
当の本人たちは、人生を懸けて望んでいる者も多いようだが。
だからこそ見世物になるのだろう。
各学院が拍手とともに入場してくる。
歓声が巻き起こり、慣れている生徒は手を振ったりして反応している。
引率のソラルと選抜メンバーたちは、緊張気味の表情で整列していた。
この国……ガスティアナ王国の国王である中年の男が、司会の案内によって、挨拶をはじめた。堅苦しく、正直何が言いたいのかよくわからなかったが、幸い二、三分でそれは終わり、開会が宣言された。
国王が席に戻る。
ゲルズが教えてくれたが、その脇に控えるのは魔法省の長官で学院などを管理するトップの官僚だという。
「ヴェイロン長官が、学院の管理運営を行っている。元は宮廷魔法士の私もカーン学院長も、所属は魔法省ということになる」
ふうん、とゲルズの話に相槌を打った。
そんなことよりも、ロンの機嫌がずっと悪い。
王都に来る前に吠えていたが、あれっきりではなく、宿屋でも鞄の中で暴れたり、唸ったりしていた。
鞄の中に長時間閉じ込められていたことがストレスになったのかもしれない。
今日はゲルズに許可を得てここまで連れて来ているが、やはり機嫌は悪いままで、あちこちを見やっては歯を剥き出しにして何かに怒っている。
「その不思議な動物は、もしかすると腹が減っているんじゃないのか」
「いえ。朝食は十分食べさせましたし……空腹ではないかと……」
原因が何なのかさっぱりわからない。
魔法の要素となる魔素が、ここは濃い気がする。
魔素は体内にある魔力と違い、魔法発動の際にごく微量に消費される空気中の成分だ。
妖精族のロンからすると、濃密なそれが不快なのかもしれない。
開会式が終わり、選手たちは控室へ戻っていく。
競技時間外であれば、どこで何をしていてもいいようだ。
「たまに場外に出る生徒もいるが、ごくわずかだ。たいていは控室でリラックスしていたり、この観客席でライバルの動向を観察していたりする者が多い」
だからゲルズは、他校の情報収集と分析を担当するため、この観客席にいる。
まとめた意見を俺がみんなに伝える、という分担となっていた。
エーゲル学院は、今日の第二、第五試合。
初戦までしばらく時間はあるが、いずれの学院とも戦うことになるのでチェックしておく必要がありそうだ。
第一試合の準備が整うと、さっきまで何もなかったフィールドに木々が生え、川が流れ、あっという間に小さな森が出来上がった。
「へえ。こんなことが出来るんですね」
「ああ。今回は森林フィールドみたいだな。ランダムで市街地だったり森だったり色々と変わるから、現場には地形に応じた戦術が求められるんだ」
他校同士が入場し、歓声が上がる。
観客から見やすいような大モニターには、出場校と選手名が表示された。
ん? 入場選手の中にあの赤髪がいる。
注目選手なのか「フィリップ!」と声が上がると手を挙げて応じている。
「あの赤い髪のフィリップさんって人は有名なんですか?」
「ああ。ロックスの赤髪フィリップといえば、去年の個人戦覇者。今年も優勝候補筆頭だ」
……あの程度で優勝候補、ねえ。
ぼんやり見ていたが、特筆するような点は何もない。
俺からすればあくびの出るような魔法の撃ち合いだったり、正面きっての力比べ。
……もしかすると、貴族というのはバカしかいないのか……?
名誉や世間体を重視するあまり、正々堂々と戦うことが名誉だと思っていそうだ。
フィールド全体が森の意味がまるでない。
どちらも単純に見つけ次第攻撃といった方針で、子供同士の退屈な戦略ボードゲームのようだった。
フィリップが所属するロックス学院が押し込みはじめる。
「む。ついに撃つ気だぞ、ルシアン」
ゲルズが前のめりになってフィリップを見つめる。
会場中も固唾を飲んで動向を見守った。
「『エンシェントフレイムペイン』」
魔法名はそう聞こえた。
追い詰められた敵が集まっている足下に、緋色の魔法陣が出現し、そこから炎が吹き出した。
悲鳴がいくつも聞こえてくる。
ドン、という重苦しい音が鳴ると、モニター表示の名前が赤に変わった。
あれが戦闘不能を示しているようだ。
ドン。ドドド、ドン。
一気に六人が戦闘不能扱いとなり、戦闘可能選手が瞬時に四人にまで減ってしまった。
会場は一気にヒートアップし、フィリップコールが響き渡った。
「運が悪かったな。追い込まれたタイミングで広範囲火炎魔法の『EFP』とは……」
感嘆をゲルズがこぼす。
おいおい。嘘だろう。
フィリップは開始した瞬間から、こっそりと詠唱をしていた。
上手くバレないようにしていたが、魔力の流れを見れば明白。
「ゲルズ先生……。他のメンバーの動きからして、元々フィリップを支援するための戦術でしたよ」
「んむ?」
んむ、じゃない。
俺はさっきの出来事をまとめる。
「開始直後からフィリップは詠唱をしていたんです。他のメンバーも、発動まで時間がかかることを知っていて、その上で最大効果が見込めるように敵をなるべく固まらせるように誘導したんです」
「そ、そうなのか……? 私はてっきり、ものすごく早く詠唱が終わったのだとばかり」
これが王国三〇選の魔法使いなのか。
どこまで魔法能力は退化してしまったのだ。
ゲルズがこれでは、観客は気づかないだろうな。
あの程度の魔法を、御大層にもあんなに時間をかけて……。
俺は一種のパフォーマンスだと思ったが、本気でやってあれのようだ。
「『EFP』はフィリップの得意魔法のひとつだ。去年の個人戦でも何度か使っていた」
個人戦であんなに時間のかかる魔法を発動させるなんて……。
観客は退屈じゃないのか?
俺なら観戦しているうちに寝てしまいそうだ。
試合はというと、おそらくロックス学院の戦術プラン通りの展開で、フィリップの魔法が決まり、残り四人となった時点で、各個撃破。
一〇人戦闘可能なまま終了。ロックス学院の完勝だった。
第一試合を見終わった俺とゲルズは、選手控え室に向かった。
「エーゲル学院が戦う相手は強いんですか?」
「エーゲルからすればどこも格上になるが、初戦は王国南部にあるシンセイ学院。ロックス学院に次ぐ実力校だ」
ロックス学院があれなら、二番手も恐れる必要はないだろう。
途中、ゲルズと別れトイレに行くと、中にいるシンセイ学院の生徒を見つけた。
俺のようにサポートメンバーらしく、男子二人が用を足している。
「エーゲル相手なら余裕っすよね」
「ま、苦戦なんて万にひとつもないだろうな」
先輩と後輩らしく、二人は会話を続ける。
「万が一ってことはあるでしょう?」
ははは、と先輩は低い声で笑う。
「ないない。実はな」
面白い話が聞けそうだ。
話に夢中な二人にバレないよう、俺はこっそり個室に入って聞き耳を立てた。
「ロン」
いきなりロンが鳴くので、俺は慌てて口を塞いだ。
「次は市街地フィールドなんだが」
よかった。鳴き声は聞こえていないらしい。
「え? あれってランダムなんでしょ?」
「って思うだろ? 違うんだよ」
誰もいないと思っているトイレで、先輩は得意げに話す。
「上位二位には、翌年のフィールドが教えられるんだ」
「マジすか」
そうなのか。
いつから情報を与えるようになったのかはわからないが、少なくともエーゲル学院が弱小校になってからだろう。
万年最下位という話だから、学院長やゲルズがそれを知らないのも無理はない。
「ああー。だから市街地用の練習が多かったんすね」
地形をあらかじめ知っていれば、対策も容易だからな。
特に模擬戦はメンバーの連携が物をいう。
自信が増すのも無理はない。
「フィールドを知っているだけじゃ、有利ってくらいだと思うんすけど」
「それだけじゃねえんだよ」
まだあるのか。
「フィールドがこうだとすると、ここをこうしてるんだ。今ごろ上手くやってるはずだ」
「なるほど。そりゃ余裕っすね。オレたちゃ余力を残しながら二戦目ができるってわけだ」
「そういうこと」
二人はトイレを出ていった。
扉を隔てていたせいで肝心な部分がわからないな。
ここをこうする……。
それはフィールドをあらかじめ知っている以上に有利なことらしい。
今ごろ上手くやっている、とも言っていたな。
フィールドの話の流れからして、不正に近い何かをしているのだろう。
調べてみるか。
控え室に行って簡単に激励しようと思ったが、後回しだ。
何かをやった、もしくはやっているところを先に見つけなければ。
俺は会場の通路を歩き回る。
魔力反応はそこかしこにあった。
選手控え室からだったり客席からだったり、様々だ。
不正をしているらしきそれと区別がつかない。
「ロン、ロン!」
「どうした、ロン」
通路に向かってロンが吠えている。
「下……?」
集中してみると控え室などから感じる魔力反応が下からもしていた。
圧倒的に有利になる仕掛けをしていると仮定してみる。
俺なら広範囲の弱体化魔法。
もちろんバレないようにな。
もしそれに近い何かをこの地下から行なっているとすればーー。
俺は通路を走り出した。
どこだ。地下に通じる階段か何かがどこかにあるはず。
「あ、ルシアンくん!」
控え室からフィールドに出ようとするイリーナたちメンバーと鉢会った。
「あ、みなさん」
「緊張するけど、頑張ってくるね!」
「はい。ご武運を」
それどころではない俺は、スタスタ、とみんなの前を通過する。
怪訝な顔をされたが、不正をされている証拠がないので、今ここで何かを言うべきじゃないだろう。
だが、一言だけ注意しておこう。
「もし何か違和感があっても落ち着いてください。緊張しているだけかもしれません」
何かしらの不都合は緊張ということにしておこう。
みんながそれぞれ声を出して反応する。
まともに戦いさえすればいい勝負にはなるはず。
だが、不正をされた状態では、敗北は必至。
早くその仕掛けを見つけないと。
フィールド裏手の通路を走り回るが、それらしきものも、地下へ続く道もない。
会場から大歓声が通路にも聞こえてくる。
試合が始まったようだ。
さっきまで競技会関係者らしき人達がちらほら見えたが、今は誰もいない。
みんな試合を観戦しているらしい。
そんなとき、あの先輩後輩コンビを見かけた。
サポートメンバーは試合が始まると応援擦るくらいしかすることがない。
ただサボっているだけかと思ったが、違うようだ。
「ここだ」
周囲に気を配った先輩は、用具室らしきところへ後輩とともに入っていく。
後を追い中の様子を覗くと、二人はどこにもいなかった。
隠し通路、もしくは階段がここにあるんだな。
そう思って探スト、すぐそれは見つかった。
棚の裏が空洞になっており、地下への階段があった、
ようやく見つけた。
「ロンロン!」
ロンも地下に向かって吠えている。
試合状況はよくわからないが、さっさと不正を暴くことにしよう。




