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この日は、選考会だけで学院の講義はなかった。
「祝勝会やりましょう!」
イリーナがそう言うので、断る理由もなかった俺とライナスは、なぜか俺の下宿先である宿屋までやってきていた。
「ここのおじさんとおばさん、絶対喜んでくれるから!」
俺がサポートメンバーに選ばれたことについて、イリーナはそう断言する。
そうだろうか。
俺はあの二人にとって、宿の手伝いをする居候でしかないと思うが。
「ソラルちゃんとクリス先輩もすぐ来るって」
幸い、昼すぎの宿屋の食堂は閑散としており、席も時間も十分にあった。
やがて、イリーナの言う通り、ソラルとクリスが合流し、テーブルをイリーナ、ライナス、ソラル、クリス、そして俺の五人で囲んだ。
「お。ルシアン。今日は選考会なんだってな。どうだった?」
ここの主人であるトムソンが俺を見かけるなり尋ねると、声が聞こえたのか、食堂の奥で仕込みをしていた夫人も顔を出した。
「ええと、まあ、そこそこいい結果に終わりました」
と、俺が濁すと、テーブルの下で足を蹴られた。
犯人はソラルだった。
「なーにがそこそこいい結果よ。スカしちゃって」
「スカしてません」
「あのね、おじさん、聞いてください。ルシアンくんすごいんです!」
俺の代わりにイリーナが説明をすると、トムソン夫妻は大いに喜んでくれた。
「おぉぉぉ! すげーじゃねえか、ルシアン!」
「すごい子だと思っていたけど、学院でもやっぱりすごいのねぇ」
「えと。サポートメンバーなので、競技会に出るというわけではなくて……」
俺は喜ぶ二人に恐縮しながら話した。
「何だろうが、認められたってことだろ」
…………ああ、そうか。俺はそのために今こうしているんだったな。
「おっちゃん。ルシアンに魔法を教わったおかげなんだ。オレもこのイリーナも」
へへへ、とライナスが照れくさそうに言う。
わいわいと話が盛り上がりはじめると、トムソンが「祝いの席だ。好きに飲み食いしな!」と景気の良いことを言い、ますますテーブルは盛り上がった。
肩を叩かれると、クリスが小さく頭を下げた。
「ルシアン。改めてお礼を言わせてほしい」
「ですが、クリスさんは失格になってしまったので、学校を辞めないと……」
唯一懸念だったことを口にすると、クリスは首を振った。
「セナがああなってすぐ、家の者に訊いたんだ。そしたら、密かにセナのセレナダル家とうちのアーノルド家で結婚の約束を勝手にしていたらしい」
そう言って、クリスは潰えたセナの陰謀を教えてくれた。
どうやら、クリスと結ばれたいがために、セナはクリスのアーノルド家と結婚の約束をしていたそうだ。
選考会でクリスの成績が悪かった場合、学校を辞めさせセレナダル家に嫁がせるように、と。
元々成績優秀ではなかったクリスのことを案じていた父親は、その約束を呑んだそうだ。
だが、セナの不正が露見し、父親はあっさり手の平を返したそうだ。
「『君のような男に娘はやれない』と、言ったらしい」
劇のようなお決まりのセリフに、クリスは苦笑した。
「父親に今日のことが伝わるのが早いんですね」
「ああ。あれ……実は」
クリスは声を潜めた。
「密かに、各家庭で見えるようにしてあるんだ。詳細は知らないが、大半の貴族があの選考会を観戦している」
なるほど。そういうことだったのか。
魔力による連絡装置が学院にひとつあるため、結果などの速報が伝えられたようだ。
「というわけで、これから私もルシアン塾の生徒になろうと思う」
「歓迎します」
「お手柔らかに頼む。何せこちらは大して優秀ではないから」
「今まで学院で教わったことは無関係ですから、安心してください」
俺とクリスは握手をした。
「ちびっ子、何してんの、バカライナスが全部食べちゃうからなくなるわよ!」
はぐはぐ、もぐもぐ、と出された料理をライナスが頬張っている。
皿ごと食べようとする勢いだった。
「ルシアンくん、ジュース、これ美味しいよ」
「あ。ありがとうございます」
料理がどんどん運ばれ、グラスがあけばすぐにジュースが注がれる。
わいわいがやがやと祝勝会は続いた。




