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本部で状況を見ていると、バッヂ首位がどれくらい保持しているのかがよくわかる。
現在トップは、有言実行しているセナ。
ついさっきまで八つだと言っていたのに、すでに三六個のバッヂを集めていた。
リモを比較的安全な場所まで移動させると、俺は本部で情報収集をすることにした。
「あの人、やるわね」
ソラルがモニターを見ながらぽつりとつぶやく。
そこにはセナが映っていた。
「椅子から落ちるほどではないみたいですが」
「何イジってきてんのよ」
生意気、とソラルに頬を突かれる。
「あれは、ほんのちょっとびっくりしちゃっただけよ」
あれがほんのちょっと?
そうでなかったときはどれだけ驚く気なんだ。
「学院のエースと呼んでも過言ではない生徒だ。今年も競技会メンバーに選抜されるだろう」
セナの話題にゲルズも入ってきた。
「今回は、詠唱がやけに早い。発動までの時間が極端に短い。それが好成績に繋がっているようだ」
ゲルズの言う通り、たしかに早い。
……あれはもしや。
魔物討伐隊にもセナは選抜されていた。
あのとき、学院に帰ってきたあと、俺はそのメンバーに自分がやっている魔法について語ったことがある。
「……不自然なほど早いわ」
ソラルもそれに気づいたらしい。
「あんた、あいつにも何かしたの?」
「いえ。僕は何も」
よくセナを観察していると、言うべき呪文と口の動きが合っていない。
なのに魔法は発動している。
ふうん……道理で。
選考会はすでに終盤に差しかかっている。
モニターでは、諦めてフィールドから離脱する者も確認できた。
「イリーナ・ロンド、一年にしてはかなり奮戦しています」
一人の講師が言うと、その様子が見やすいように大モニターに映し出された。
へとへとになりながらも、イリーナはバッヂの奪取と防衛を繰り返し、その数を二〇にまで積み上げた。
「ライナス・ガット……こちらも一年ですが、いい働きをしています」
別の講師が言うと、イリーナに変わって大モニターに映し出される。
戦い方は荒く雑だが、それゆえに魔法をちまちまと撃とうとする生徒にはとくに強い。
精霊魔法は、一発撃つと次に撃つまで少し時間がかかる。
なので、ライナスは一対一であれば、その一発さえかわしてしまえばあとはどうとでもなるのだ。
疲労が見える表情をするライナス。
地形や付近の様子から、きちんとイリーナをフォローする場所にいるようだ。
バッヂは二三個だと観察している講師が言う。
当初は、イリーナを勝たせるためにライナスには独自魔法を教えたが、こうなったのであれば二人とも上位に残ってほしい。
「リモはまだ八つなので、そろそろ動きます」
「引っかき回し過ぎないでよ? 選考しにくくなるんだから」
俺は首をすくめて、『遠視』を発動させる。
停止しているリモを動かしながら索敵をはじめた。
イリーナとライナスがこのまま順調にバッヂを重ねられるのであれば、かなりいいセンはいく。
だが選抜メンバーの数は限られている。
現在の上位者はいずれ二人の邪魔になるだろう。
となると狙うはセナだ。
仮にリモが一位で終わっても、クリスには辞退してもらう。
というか、辞退すると言っていた。
セナのバッヂが無効になるのであれば順位は自然と繰り上がる。
標的のセナを捜して歩きまわっても、もう誰もリモに攻撃をしかけてこない。
よっぽど恐ろしかったらしい。
それか、三年一組のクリスはヤバイから見かけたら逃げろ、とでも情報交換しているのかもしれない。
本部のほうでどよめきが起きた。
何かと思ってリモから本部に意識を戻すと、モニターではセナとイリーナが対峙しているところだった。
あの場所は――。
再びリモに意識を戻し、俺は現場へと急ぐ。
「『ロックピック』」
魔法名を叫ぶセナ。
標的であるイリーナの付近から円錐状の地面が勢いよく突き出した。
「くっ――。『ファイア』!」
どうにか回避すると、イリーナは得意魔法で反撃する。
だが、開始直後と比べれば、火の勢いもなく、速度もかなり落ちていた。
「そんな攻撃で! 僕の壁を破れるとは思わないほうがいい! ――『ウォール』」
セナの前面に、ゴゴッと地面が迫り出し壁となった。
イリーナの攻撃は簡単に壁によって防がれてしまった。
……イリーナの疲労はわかる。
かなり戦っているからな。
だが、セナのほうはどうだ。
同じ数以上戦っているはずなのに、疲れた様子がない。
ライナスも付近で戦いを見守っている。
一対複数は信条としてやらないようだ。
セナの周囲に何人も仲間がいるのがわかる。
こそこそと動いているのが俺には見えた。
サポート役か何かだろう。
その数は、二、三人ではなく、一〇数人もいる。
「ルシアンとか言ったね。あの子の魔法を覚えてから、こんなにも僕は強くなった」
「だから詠唱なしで魔法を……。ルシアンから教わったんですか?」
いや、教えていない。
ただ討伐隊の前で理屈を話しただけで、この三年の先輩は独学で――。
「教わる必要はない。だいたい理解できたからね」
知らないところに俺の弟子はいたらしい。
適当に呪文をつぶやいているので、もしやと思ったが、思った通りだった。
「連戦で疲れた君なんて相手にならないな。――『ロックショット』」
セナが岩石のような大きな魔法を複数放つ。
イリーナはそれを正面から撃ち合った。
ぶつかりった魔法がせめぎ合うのは一瞬だけ。
火炎の球は呆気なく飛散し、イリーナに『ロックショット』が直撃した。
「きゃぁあ!?」
イリーナがピンチだ。ライナスは――。
居場所を確認すると、ライナスは先ほどセナの周囲にいた取り巻きの数人と戦っていた。
こちらも限界が近い。
「さてさて。可愛い一年生はバッヂをいくつ集めたのかな」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、セナは倒れているイリーナへ近寄る。
俺は威嚇するようにリモに『アロー』を撃たせた。
「む!? ……誰かと思えば、クリスじゃないか!」
「……」
「僕の雄姿を見て好きになったんじゃないだろうな? ハハハ!」
俺は問答無用で『アロー』の連射をはじめた。
「ぬわぁぁあ!? 何を怒っているんだい、クリス! 僕はただ、女子たちにバッヂを譲ってもらい協力させていただけだ! 浮気なんてしていないよ!?」
なるほど。そういうことか。
だから終盤になっても余力があったのか。
モニターにも死角はある。
何度もこの選考会を戦っているセナはそれを把握済みだったのだろう。
「『ウォール』!」
岩の壁がセナの前面を覆う。
『アロー』がガガガガ、と突き立つが、かなりの魔力を使った『ウォール』は崩すことができない。
「落ち着いて、クリス。まずは話し合おう」
戦いもせずバッヂを譲ってもらっうのはルール違反。
『アロー』以外は使わないという約束だったが、違反者にはそれなりの罰があって然るべきだろう。
「僕が愛しているのは君だけだ! 結婚したいのも君だけなんだ、クリス!」
顔を壁から覗かせるセナ。
独学で俺の魔法を学んでいるのは喜ばしいことだが、まだまだ甘いところが多い。
「信じてくれ、クリス! さっきからどうして何も言ってくれないんだい!?」
俺は中級魔法『ウィンドランス』を発動させた。
リモが両手をかざす。
ゴォッ!
強力な風の槍が壁に向かって放たれる。
直撃した瞬間、壁が四散し吹き飛んだ。
「へ? ――うぶぼふぁ!?」
風の槍はその奥にいたセナをも貫き、後ろにあった木に突き刺さった。




