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 選考会当日。

 一年生全員が集まった大教室で講師のゲルズが選考会の説明をする。


「知っている者もいるかもしれないが、学院敷地内の森を使い制限時間いっぱいまで敵のバッヂを奪い合うサバイバルをしてもらう。この選考会において成績優秀者が競技会の選抜メンバーに選ばれる。やる気のない者は早々に辞退するように!」


 全員で一〇〇人いるかどうかという大教室は、緊張感でいっぱいだった。


 俺が連れてきた『クリス』改め遠隔式自動人形リモートゴーレム、略してリモ。

 彼女とクリスはスタート直前にトイレで入れ替わる手筈となっている。


「質問のある者は?」


 ゲルズが問いかけると、一人が挙手をした。


「バッヂの数だけが評価対象なのでしょうか」

「『慧眼』魔法でフィールド内にいる様々な動物と視界を同期させている。講師陣はそれを本部でモニターしているので、バッヂを得た過程も重要だと言っておこう。公に認めてはいないが、特定の仲間を支援する働きもこちらではチェックしている」


 イリーナが教えてくれたものと大きな違いはない。


「ルシアンは、本部で大人しくしているように。これは学院長からの指示だ」


 指示とはいうが、ほとんど命令のようなものだろう。

 俺は小さく肩をすくめて反応した。


 リモは『遠視』の魔法で正確に位置や状況を判断できる。

 俺とリモの視界を同期させるより周囲の景色が見やすいので、そうすることにした。


「イリーナさん、大丈夫ですか?」


 登校時からイリーナは緊張しっぱなしで、いつも繋いでいる手が少し冷たかった。


「うん。大丈夫。ちょっと足がガクガクするけど」

「ヘッ。イリーナ、おめえ何ビビってんだよ」


 不敵に笑うライナスだが、机の下の膝はずーっと笑いっぱなしだった。


 イリーナは、精霊魔法で扱える力はほとんど俺の独自魔法でも発動可能とした。

 一週間ほどでここまでやるとは俺も驚いた。


 ライナスは、俺が勧めた肉体強化の魔法をひとつだけどうにかマスターした。


 扱える魔法はどうであれ、俺の独自魔法の基礎を習得した二人だ。


 二人もそうだが、俺も緊張している。

 自分が出場するほうがどれだけ楽か。

 二人の魔法が通用するかどうか、いい成績を残せるかどうか、心配で仕方ない。


 通用するはずだしいい成績も残せるはず。

 ……なのだが、どうしても不安に感じてしまう。


 リモは俺自身が操作するので、こちらに関しては楽しみでしかなかった。

 一年から順次森へ移動し、三年が移動し終えたタイミングで選考会がはじまるそうだ。


 緊張が残る中、フィールドの森へと移動するため生徒たちが教室を出ていく。


「ルシアン、君は私と一緒に来てもらおう」

「はい」


 俺が何の文句もなく従うのが不思議なのか、ゲルズが一瞬眉をひそめた。

 よっぽど意外だったらしい。


 本部とされた屋内演習場へゲルズとともにやってくると、すでに動物と視界を同期させている映像がいくつもの水晶に映し出されていた。


 ああいったものは俺の時代にはなかったものだ。


「あれは何ですか?」

「『慧眼』魔法を反映させた水晶だ。貴重な鉱石で普通なかなか手に入らないものなんだ」

「魔法を反映させられる……? 別の魔法でもあの水晶なら……たとえば音を集める魔法の場合は、音が聞こえるということですか?」

「ああ」


 要は受信器として重宝されるそうだ。

 いくつもある水晶の前には職員が座り、じっと観察をしている。

 一年の姿がちらほらと映った。


 そろそろか。

 リモとクリスを入れ替えないと。

 最終確認のため、俺はトイレだとゲルズに言って席を立つ。


 クリスの姿が見えると彼女が手を振った。


「入れ替わったあとは、私はここにいてタイミングを見て抜け出せばいいんだな」

「はい。あとはリモと僕に任せてください」

「リモ?」

「この前作った『クリス』さんのことです」


 ああ、と合点がいったらしく、クリスは笑う。


「クリス!」


 三年の男子があとから追いかけるようにやってきた。

 ここに通うのは俺以外全員貴族だが、その中でもとくに品のようなものが感じられる。


「誰ですか?」

「セナ・セレナダル。まあ、簡単に言うとこの学院のエースってやつさ」


 そのエースとやら。

 たしか前回の魔物討伐部隊に選抜されていた一人だ。


「クリス、約束してくれ。僕が選考会でトップだったら、結婚を前提に付き合う、とな!」

「セナ、何度も断っているだろう。私は君には興味ないんだ」

「そう言っていられるのも今のうちだぞ。競技会で私は最高の成績を収める。そうなれば今以上に周りの子女は放っておかないだろう」

「素敵じゃないか」


 相手にしないクリスに、セナはチッと舌打ちをした。


「どの道、君は今回の選考会で学院を辞める。時間の問題だろうがな」

「どうしてそれを――」


 訊いてもセナは答えずニヤりと笑って立ち去っていった。


「ルシアンにしか私は話していないのに」


 俺はソラルにしか話していない。

 彼女がぺらぺらと他人のことをしゃべるようには思えない。


「セナさんの家とクリスさんの家でもしかすると密談のようなものがあったのかもしれませんね」

「そんな……。あいつ、普通に嫌いなんだ、私。生理的に無理っていうか」


 クリスはげんなりしたようにうなだれていた。


「大丈夫です。負けませんから」


 腰をかがめると、クリスは俺を抱きしめた。


「ありがとう、ルシアン」

「お礼はまだ早いです。後悔させないように頑張ります」

「まったく。頼りになる可愛い騎士様だ」


 少し低めの声でささやくと、つん、と頬にキスをされた。


 手をひらひらと振ってクリスはトイレに入る。

 入れ替わりにリモを外に出す。

 その胸には、今回奪い合うバッヂがあった。

 クリスがつけてくれたのだろう。


 もし負ければクリスのこれまでの努力が水泡に帰す。

 そればかりか、嫌いなセナと無理矢理結婚させられることになってしまう。


 負けられない理由がまたひとつ増えてしまったな。


 リモに異常がないかチェックし、俺は三年のスタート位置へリモを移動させた。


 俺自身は怪しまれないように、本部のゲルズのそばに戻った。


「あの子の調子はどうなのよ、ちびっ子」


 ソラルがこそっと話しかけてくる。


「腰を抜かしますよ。きっと」


「……あんたの場合、比喩でも何でもないから怖いのよね……」


 ソラルは苦笑する。


「尻もちつかないように、きちんと椅子に座っておこうかしら」


 冗談めかして言う声は、リモの活躍をどこか楽しみにしているかのように弾んでいた。



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