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 今日の放課後も演習場で訓練をしていた。


 イリーナは元々そういう性格もあったのだろう。

 俺の言うことをよく聞き、愚直なほど訓練に励んだ。


 俺の魔法理論を理解すると、次は発動、そして制御という段階を踏んでいった。


 イリーナは、まず発動させるというハードルを越えるために、魔力消費を厭わないやり方をさせていたが、それもいよいよ慣れてきた。

 制御の訓練に入っても、素直な性格のおかげで得意の火炎魔法の発動、制御が日増しに上手くなっていった。


「『ファイア』」


 イリーナが口にすると、魔力消費の気配がし、手の平サイズの火球が宙に出現した。


 ちら、とイリーナが俺を窺う。

 俺は何も言わず、ただうなずいた。


 制御の次は操作となるのだが、それに関しては学院で習っているものと相違ないので、俺が教える必要はなかった。


 もう一人の生徒。

 ライナスも見かけによらず、案外素直だった。


「発動に慣れてきたら、次は制御できるようにします」

「よぉーし、わかった」


 ライナスは、安直に俺の言うことを鵜呑みにしている節がある。

 だが、それくらい単純な思考回路でないと俺の独自魔法を使ってみようと思わないのかもしれない。


 選考会はあと三日に迫っている。

 イリーナは独自魔法を実践できるだろうが、ライナスは付け焼刃となってしまうかもしれないな。

 もっといい手はないのか……。


 そう考えていると、悲鳴が聞こえた。


「あぁあッ!? あっああ――」


 思考をやめて思わず目をやると、魔法が暴発したのだろう。

 一人の生徒が火に包まれていた。


「誰か、先生を!」

「そんなことよりも、水! 水を!」


 水流魔法……この時代では水魔法か……それが使えても水場が近くにないと精霊魔法では発動できないんだったな。


「『ウォーター』」


 俺は水魔法を発動させた。

 体の三分の一ほどが炎で包まれている生徒の上に水の塊を出現させる。


 直後、そのまま生徒めがけて落下した。


 バッシャンッ、と水音がすると、炎は一瞬でなくなり事なきを得た。


 イリーナもライナスもおたおた動揺していたが、突如現れた水の塊で鎮火されたことで胸を撫でおろしていた。


「今のって、ルシアンくん……?」

「やっぱおまえか」


 弟子二人がこちらに目を向けてくる。


「誰でもいいでしょう。あの人は無事だったんですから」


 イリーナとライナスは目を合わせてくすっと笑う。


「あの人、これから大丈夫かな」

「そういや講義で言ってたな」

「何の話ですか?」


 二人の会話に入ると、イリーナが教えてくれた。


「たぶん暴発だったんでしょ、今のって」

「おそらくそうでしょう」


 魔法を撃ち合っている練習相手や流れ弾が当たった様子はなかった。


「トラウマになるんだってよ。程度は人それぞれで、全然気にしないやつもいりゃ、最悪魔法が使えなくなるくらい精神的なダメージを負うやつもいる」


 なるほどな。

 現代で一般とされている精霊魔法は、発動システムを「精霊」とやらに依存している。

 過剰な魔力や過小な魔力では、暴発の危険があると講義で言っていた。


 そうならないためにも、魔法の知識や精霊の知識がどうのこうの……。

 そういった七面倒な話だった気がする。


「ちなみに、僕が教えた独自魔法では、暴発なんてものはありません。魔力が過剰であれば、無駄に浪費するだけですし、過小であれば発動しません。それだけです」

「シンプルだね」

「だな」


 イリーナが言うとライナスも相槌を打つ。


「あの人、選考会は難しいかもね」

「三年一組の……クリスだっけ」


 そのクリスとやらは、ゆっくりと歩いて演習場を出ていこうとする。

 クリスが見守っている生徒と何かを話すと、俺と目が合った。


「君が魔法を?」


 自然と注目が集まる中、俺は一度うなずいた。


「はい」


 演習場がざわついた。


「もしかして、あの子が、噂の?」

「討伐隊を救ったんだろ」

「災害級を倒したっていう、あの?」


 先日、学院に魔物の討伐作戦参加の依頼があった。

 選抜された生徒たちは、騎士団や冒険者たち主力の物資による後方支援をするというものだったのだが、戦線は大きく崩れかなり苦戦していたのだ。

 本来戦わないはずの選抜部隊も窮地にあり、こっそり様子を見に行った俺が周囲の魔物を一掃してみんな無事に帰ってこられた。


 一組が学年で優秀な者が集められるが、その選抜隊にクリスはいなかったと思う。


「ありがとう。おかげで助かったよ」


 クリスは精一杯の笑顔を浮かべて、握手の手を差し伸べてくる。


 制服の一部が燃え焦げている程度で、体の異常はないようだった。

 精霊魔法も独自魔法も、精神を肉体が支えていると言ってもいい。

 気力、精神力、それらが萎えてしまっていれば、健康であることは、大して意味がない。


「無事だったようでよかったです」


 俺はクリスの手を握り返す。

 相当恐ろしかったのだろう。

 まだ少しだけ手は震えている。


 ん?

 手がゴツゴツとしていない。

 声も低く、髪の毛も比較的短いので男かと思ったが、どうやら違うらしい。


「保健室まで送ります」

「じゃあ、可愛い騎士様にエスコートをお願いしようかな」


 演習場を出ていき、閑散とした校舎内に戻る。

 保健室へと連れていくと保健の先生は不在だった。


 クリスがベッドに腰かけると、大きく息を吐いた。


「もう、ダメかもしれないな」

「ダメ、ですか?」

「ああ。ずっと選考会ではいい成績は残せなくて、先日の討伐隊にも選ばれなくて」


 両手で顔を覆うクリス。

 肩を震わせると、手の隙間から涙が流れてきた。


「な、何を泣くことがあるんですか。全然ダメではないですよ」


 慌ててフォローしてみるが、上手くいったとは思えない。


「入学から一組でずっとやってきたけど、何の成果も残せなくて……。一年生ならまだしも、三年にもなって魔法を暴発させるなんて……。その光景が焼きついてしばらく魔法は使えそうにない……」


 クリスはぐすん、と鼻を鳴らす。

 落ち着かせようと考え、俺はクリスの頭を撫でた。


「慰めてくれるのかい」

「そんなところです」


 もっと上手い言い方はないのか、と心の中で自虐をつぶやく。


「でも、もういいんだ。選考会の結果次第で、学院を辞めるように、と父には言われているから」


 年頃の貴族の娘だ。

 魔法の才能がないのであれば嫁いだほうが家のためになる、という判断なのだろう。


「辞めるんですか」

「その流れになるはずだよ」

「辞めなければ、また突発的に討伐隊だったり何かチャンスがあると思うんですが……」

「そういう話になっているから」


 父親とそういう約束をしてしまったらしい。


「じゃあ、『クリス』さんが選考会でいい成績を残せば、辞めずに済むんですよね」

「……? ああ。そうだけど、しばらく魔法は――」


 魔法を使おうとしているのがわかるが、発動の気配が感じられない。

 肩を落としたクリスは首を振った。


「この通りだ」


 精神的に萎えている者に独自魔法は使えないので、クリスに教えても今回は間に合わない。

 年齢制限で出られない俺は、イリーナやライナスを代役として独自魔法を教えている。

 二人が広告塔の役割を果たしてくれることが狙いだ。

 だが、一番いいのは、俺が成果を出すこと。


 ……この提案なら、お互い利益があるはずだ。


「『クリス』さんの代わりを出場させてもいいですか?」



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