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◆ライナス◆
マリョクキカン。
はじめて耳にする単語に、ライナスは首をかしげた。
「んだよ、それ」
「魔法発動を司るものです。人間それぞれ必ず持っているもので――」
そんな話、はじめて聞いた。
ところどころわからなくなり、質問をするとルシアンは丁寧に答えてくれた。
「『ファイア』」
少し距離のある場所に移動したイリーナが巨大な火球を発現させていた。
演習場は他の生徒もいたが、見ていた人たちがどよめくほどだった。
「……おいおい、マジかよ」
よそ見をしたライナスはつぶやく。
入学して間もないが、イリーナといえば、クラスでも成績は下のほうだったはず。
落ちこぼれクラスでも下のほうなのだ。
少し見ない間にあんな魔法を使えるようになるとは、ライナスには考えられなかった。
「ルシアン。お、オレも、イリーナみたいな魔法が使えるのか……?」
尋ねると、ルシアンは辟易したように首を横に振った。
「さっきからそうだと説明をしています。誰にでも使えるものであって、精霊なんて存在に頼らずとも、人は本来あれくらいの魔法は使えるんです」
「お、オレにも……」
魔法が使えるとわかったあの日のように、ライナスの胸がドキドキと早鐘を打つ。
「……イリーナさんは次の課題は制御ですね。あれをやると三、四回でヘバってしまうんで」
ルシアンによると、今は栓を開けっ放しにして魔法を放っている状態らしい。
その栓の締め方を次は覚えていくという。
ルシアンが言うように、練習をはじめて間もないのにイリーナはもう汗だくになっている。
「選考会は来週です。イリーナさんは頑張り屋さんですからきっと間に合うでしょう」
「イリーナにできて、オレにできねえはずはねえ――!」
「そうです。まあ、ライナスさんに限らず誰でもできるんですが」
魔力器官という体内にあるソレを意識する。
ルシアン曰く、心臓のように体内に魔力を送り出す役割も果たしているとか。
「まずは手に魔力を集中させてみましょう。肉体強化の魔法を使うなら、この操作は必須です」
「よし」
魔力器官。
心臓をイメージしながら魔力が体内を循環していく想像をする。
魔力を手に集中させるように。
させるように。
させるように……。
「む、おぉぉ……るぉぉぉううぅぅぅぅ……!」
「力む必要はないですよ」
体内の魔力に集中しながらも、ライナスは、オレなんでこんなチビっ子に魔法教わってんだ、と頭の片隅で思う。
イリーナがまた初級の火炎魔法である『ファイア』を発動させた。
「オレにできねえはずがねえええええ」
そのときだった。
たとえるのなら、空転し続けた歯車が、噛み合ったような感覚。
「それです。ライナスさん」
こんな子供なのに、褒められると嬉しい。
ルシアンは、ほんのちょっとした魔力の変化に気づいたようだった。
本来の指示通り、手のほうへ魔力を集めていく。
汗が吹き出し、顎を伝う。別の汗が目尻から目に入り、集中が乱れた。
「ぬはぁあ!?」
適温のお湯のように温かった魔力が、瞬時に体内のどこかへ消え去った。
「……めちゃくちゃ疲れるな、これ」
「慣れです。慣れていけば、詠唱なんてしなくても魔法は発動させらるようになりますから」
ぴ、とルシアンが人差し指を立てる。
そこに小さな炎が灯った。
まるで魚の卵のような、爪先ほどの炎。
「あ、あんなに小さく……?」
すげえ……。
思わず心の中でつぶやくライナス。
やってみてわかったことがある。
魔力器官とやらを意識し体内の魔力を操作。魔法を発動させる――。
イリーナ同様に、自分もまだ制御も操作もできない状態だ。
だがルシアンの小さな炎は、呼吸をするように自然に発生させた。
魔力の制御と操作が完璧でなければできない芸当なのだとライナスは理解した。
魔力量が大きければ大きいほど意識しやすい。
あのままもし魔法が発動していたら、ライナスは一発で魔力を使い果たしてしまっただろう。
「これをやっていけば、ルシアンみたいになれるんだな!?」
「その通りです。ライナスさんだって、イリーナさんの背中を守るだけじゃなく、代表を目指したいでしょう」
「ったりめえよ」
「今まで教わった魔法では、上級生には敵わないでしょう。知識も経験も違います。一度で彼らを出し抜くとなると、この方法が最高効率の最短ルート」
ごくり、とライナスは喉を鳴らす。
なんとなく、魔法学院は貴族だから通ったほうがいい――。
両親も場所は違えど魔法学院には通っていた。
だから、自分も通うべきなんだ、と目的もなく思っていた。
そう。ただ、なんとなく。
何になりたいのかはわからないけど、力が強ければカッコいい。
単純明快な理屈だ。
「最っ高じゃねえか」
「最高というか、ううん……これが普通なんですよ、本来」
不敵にライナスが笑うと、ルシアンは困ったように笑って肩をすくめた。
言動ひとつひとつに説得力があるように感じるのは、自分だけなんだろうか。
所作に滲むスゲー奴感がルシアンにはある。
「ルシアン、おまえ変なやつだな」
「失礼な」
今日は何度でもやってください。
ルシアンがそう指示するので、ライナスは素直に従い、魔力器官を意識し手に魔力を集めることを繰り返した。
もっとも、きちんとできず、一番惜しかったのは一回目のときだった。
「一人でどこでもできますから、下宿先でもやってください」
「わかった」
そう。
たとえるなら、空転し続けた自分の歯車が、ようやく噛み合った。
そんな感覚。
「信じれば、強くなれる、よな」
「……」
ルシアンは答えない。
「どうなんでしょう。強さっていっても、色々ありますから」
「正直なやつ。強くなれるって言ってくれりゃいいんだよ」
へへ、とライナスは疲れが滲んだ顔で笑う。
考えるようにルシアンは視線を宙にやった。
「ううん……。出し抜ける程度にはなれますよ。ただそれを強いとは言わないです」
「何だよそれ」
こいつ、どのステージにいるんだよ。
魔法が使えるようになって、上手い下手に分かれるようになった。
自分はあいつよりも上のステージにいるんだな、と自覚できるようにもなった。
ということは、ルシアンからすれば上級生たちは歯牙にもかけないレベルということ。
「精霊なんていうワケのわからない存在に魔法能力の半分近くを依存しているような魔法体系に、僕の新魔法が劣るはずがありませんから」
だから、とルシアンは続ける。
「イリーナさんとライナスさん。今回はお二人にそれを証明してもらいたいんです」
何でもできそうで、欠点もなさそうなルシアンに頼られる。
「飛躍的に強くなれる――そのはずなんです。断言はできないですけど、どうか、信じてほしいです」
これはこれで、何だか気分がいい。
「いいぜ。信じるよ。任せとけって」
わしわし、とライナスはルシアンの頭を雑に撫でた。
「あーっ! ルシアンくんに乱暴しないで!」
見咎めたイリーナが指を差していた。
「どこがだよ」
なんとなく講義を受けて、なんとなく下宿先の寮に帰り、なんとなく日々を送る。
そしてなんとなく貴族として生きていく。
……そんなライナスにも、ひとつ目標ができた。
「おまえの言う新魔法とやらで、オレ、めちゃくちゃ強くなってやっから」
強いっていうのは、カッコいいこと。
子供のようなライナスの価値観だからこそ、ルシアンの能力も言動も真っ直ぐ信じられた。
半目をしているルシアンがぽつりと言う。
「言うが易しとはこのことですね」
「生意気な……人がせっかく意気込んでるのに」
「飛躍的にとさっき言いましたが、たゆまぬ努力が物を言います。……励んでください」
「へへ。おう」
ライナスから思わず笑みがこぼれる。
ルシアンが嬉しそうな顔をしていたからだ。




