表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/57



「ルシアンくん、出られないんだね……」


 残念そうにイリーナが言う。


「はい。それは確かにそうなんですが」

「……ですが?」

「イリーナさん、僕の魔法を習得してみませんか」

「ルシアンくんの?」

「はい。イリーナさんが、僕の代わりに代表になるんです」

「えぇぇぇぇ~!?」


 驚きを口にすると、講義中であることを思い出し、すぐに声を潜めた。

 その声に驚いたロンが、隠れていた鞄の中から、にゅっと頭を出して周囲を見回している。

 大丈夫だよ、と言って落ち着かせて撫でるとすぐに鞄の中へ戻った。


「でも、できるかな」

「この学院で教わっている七面倒な魔法知識は必要ありません」


 体内にある魔力器官をいかに上手く使いこなすか。それにかかっている。


「上級生には敵わないかも」

「初年度から代表に選ばれる……宮廷魔法士になるための、すごく有利な肩書だと思いませんか」


 想像したのか、ごくりと息を呑むのがわかった。


『鑑定』したところ、イリーナは平均的な魔力器官の持ち主のようなので、俺ほどではないにせよ、まともに使えれば、他の生徒を圧倒できるはずだ。


 俺が自身の魔法を広める――。

 大切なのは俺が広めることではなく、広めることそれ自体。

 だから、広まるのであれば誰が広めてもいいのだ。


「魔力器官? だっけ。それを使って魔法を発動させるっていう、アレ?」

「それです。今日の放課後から早速はじめましょう」


 できるかなぁ~、とイリーナは不安そうだったが、やってもらうしかない。

 これは俺のためでもあるし、イリーナの宮廷魔法士になるという夢のためでもある。




 放課後。

 俺はイリーナにも丁寧に自分のしていることを伝えた。

 まずは、魔力器官や自分の魔力とその流れを自覚させることからだ。

 今まで『精霊』とやらに発動システムを依存しているため、体内にある魔力器官を自覚するのにはどうも時間がかかりそうだった。


 まったく文化が違う魔法を覚えようとしているのだ。

 呑み込みが悪いのは仕方ない。

 以前、同じ村にいた女の子、アンナに教えたことがあったが、アンナは精霊魔法の使い方を知らないまっさらなキャンパスのような状態だったので、変なクセがなく、俺の言うことをそのまま実践できた。


「帰ってからも、魔力と魔力器官を意識してみてください」

「わかった。やってみるね!」


 疑うことなく、俺の言うことを真摯に取り組もうとしてくれるイリーナに、心の中でお礼を言った。


 代表選考会まであと一〇日。

 付け焼刃だとしても、現代魔法を使うより何倍も可能性があるはずだ。

 あとは、イリーナの資質と努力を信じて教えていくしかないだろう。

 イリーナとの特別授業は根気が要りそうだ。


 その予想はいい意味で裏切られることになる――。


 翌朝のことだ。


「ルシアンくん、ちょっと見て」


 宿屋に俺を迎えに来てくれたイリーナは、疲れたような顔をしていたが、目だけは強く輝いている。

 まるではじめて魔法を使った子供みたいに。


「見てって……まさか」

「教わった通りに、何度も繰り返したの。魔力を自覚して、それがどう流れているのかを感じて――」


 俺が言った通りのことを口に出して繰り返すイリーナ。


「どんどん練習するうちに、それが少しづつわかってきて、楽しくなっちゃって!」


 えへへ、と疲労が残る顔に笑みを咲かせる。


「僕の魔法が使えるように――」

「まあまあ、焦らないで見ててよ」


 食いついた俺を制すように言うと、すうっと息を吸って吐いた。


 イリーナが集中しているのがわかる。

 それと、彼女が魔力を感じているのもわかった。

 魔力器官が稼働をはじめている――。


「『ファイア』」


 ブフォォォォゥ!


 手の平を差し向けた一帯に、巨大な炎が放たれた。

 家一軒を丸ごと呑み込めそうなほどの火炎が、周囲の空気を焼き払う。

 熱風が顔に吹き付け、俺は目を細めた。

 火炎は一瞬にして消え去ったが、まだ顔が熱い。


「や、やった! たまに失敗するんだけど、上手くいった! よかった~」


 一日でここまでできるようになるとは。

 俺が驚いていると、イリーナが言った。


「ルシアンくんの教えてくれたことって、すごくシンプルで、わかりやすかったんだよ。小難しい知識や解説とか、呪文に対するアプローチや考え方とか、そんなのすっ飛ばして、練習して体に覚え込ませる……たったこれだけだもん」


 俺は、柄にもなく感動していた。


「もっと練習すれば、きっと上級生とも渡り合えるかな……!?」

「ええ。もちろんです」


 よほど嬉しかったのか、イリーナにぎゅっと抱きしめられた。


「イリーナさん?」

「ありがとう。教えてくれて」


 お礼を言うのは、こちらも同じだ。

 力が強くなり、ぎゅぎゅと締まっていくので、どんどん息苦しくなる……!


「ロン、ロン!」


 俺のことを案じてか、ロンがイリーナの足を叩いていた。


「もしもーし? 入口で何してるのよ。行かないと遅刻するわよ?」


 ソラルが宿屋から出てきて、呆れたように鼻で息を吐いた。

 通学路を歩き出すソラルのあとを俺たちも追う。


「ソラルさんのときは、魔法競技会はどうだったんですか?」

「私? 出たわよ。史上最年少で。ただ、学院としては全然ダメだったわ。そういえば、そろそろ選考会ね」

「ソラルさんのときも、年齢制限があったんですか?」

「え? そんなのないわよ?」


 何?


「ソラルちゃん、昨日来てないみたいだから、掲示板を見てないと思うけど――」


 イリーナが前置きをして、出場資格についてソラルに教えた。


「一〇歳未満は資格なし、ねぇ……」


 納得いかなさそうにソラルはつぶやく。


「魔法学院って、基本的に才能あるものは拒まないってのが、どの学院にも共通しているの。だから、ルシアンも通えているわけだし。……けど、ここにきて制限を設けたのはどうしてかしら……」


 最後は、自問するような小声だった。

 ソラルは顎に手をやって考えるように視線をそらす。


「もしかすると、ちっちゃ過ぎると危ないってなったのかも」


 イリーナが口にした。


「うん、それが妥当よね。こんなちびっ子が通うなんて想定してなかっただろうし」


 ソラルが意地悪そうな笑顔をする。


「魔法競技会に参加できるってだけで、かなりの栄誉になるし、その後の人生を左右すると言っても過言ではないわ。だから選考会の学院生たちは命がけよ。そんな中にチビっ子を放り込んで万が一があったら――。ね? それを考えると、その判断もわからなくはないわ」


 むう。あり得そうだ。

 ソラルの仮説は当たらずとも遠からずといったところか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ