討伐作戦5
「どこ行ってたのよ?」
学院に戻ると、ソラルに見咎められた。
「ちょっと、トイレに」
「トイレ、校舎内にいくつもあるんだけど?」
ソラルは、俺がどこに行っていたのか知ってて訊いている雰囲気がある。
俺は降参するように、ため息をついた。
「討伐隊のことが気になったんです」
「だと思った」
呆れたようにソラルは眉をひそめた。
「マクレーン様から、無茶はさせないようにって言われているんだから。派手な行動は慎んでよね。大暴れしてないでしょうね?」
「してないですよ」
ならいいけど、とソラルは一安心したようだった。
「ソラルさんにはわからないと思いますが――」
「何よ、その前置き」
「僕の魔法をみんなに知ってもらうために、客観的な、誰もが納得する肩書きや実績が必要なんです。ソラルさんが推薦状を書いてくれたように」
「まあ、ちびっ子だしね」
「それ以上に、村人の子だからです」
俺は、学院に通う誰よりも、優秀である必要があるし、実績もまた然り。
「焦らなくても、きっと大丈夫よ」
今回の件は、功に逸った行動だったと言われればそれまでなので、何も言い返せなかった。
ソラルがしゃがんで、俺に目線を合わせた。
「マクレーン様も、私も、イリーナも、ルシアンのことを認めている。心配しないで」
うなずくと、俺の手を取ってソラルが歩きはじめた。
「具体的に何をしてきたのよ?」
いたずらっぽく訊くので、本当のことを教えると、ぎゅっとほっぺをつねられた。
「大暴れしてるじゃない!」
「痛い、痛い」
「何かあったらどうする気だったのよ」
「でも――」
サクサク、と足音が聞こえると、置いてきていたロンがこちらに走ってきていた。
「ロンッ」
どふっ、とソラルに体当たりをする。
「きゃ!? ちょっと何よ」
ロンが、たしたし、とソラルの足を抗議するように叩き、うぅ~、と低い声で唸った。
どうやら、俺がソラルにいじめられていると思っているらしい。
抱き上げて、お礼を言っておいた。
「ありがとう、ロン。僕は大丈夫だから」
そうなの? と言いたげに小さく首を捻ると、わっさわっさ、と尻尾を振った。
ソラルが触ろうとすると、歯を剥き出しにして威嚇した。
「ちょっとくらいいいじゃない! 可愛いのに可愛げのない謎生物!」
よくわからない罵り方だった。
そうだ。グレイウルフは、風の魔法に耐性があり、火の属性を苦手としている――それなのに、火の属性にも耐性があった。
ソラルにそのことを教えると、不審げに眉をひそめた。
「グレイウルフが? おかしいわね……」
「そのせいで、現場は大混乱だったんです」
「一概には言えないけれど、変異種って場合もあるから今回がそうだったんじゃないかしら?」
そうだといいが。
釈然としないでいると、講義が終わるチャイムが鳴る。時間を尋ねると、今のが四時限目だという。無断で講義を二つ休んでしまった。
「これじゃあ、優秀とは呼べないわねー?」
くすっと笑いながら、からかうように言った。
くっ。今回ばかりは、ソラルが正しい。後ろ指を指される要素をなくそうというのに。
「そうですね、今度から無断で外出するときは、早めに戻ることを心掛けます」
「そこじゃなくて。無断外出をやめなさいよ」
頬をつんつん、とつつかれた。
その日の夕方。
選抜隊が帰ってきた。教室の窓から見えた様子では、疲れた表情をしているものの、大怪我を負っている者はいなかった。
イリーナがまず俺に気づき手を振ると、それを怪訝に思った生徒がイリーナに何か尋ね、説明をする。合点がいったような顔をした生徒が、さらに他の生徒たちに何かを言っている。
イリーナが駆け寄ってくるので、窓を開けよう。
……と、思ったが鍵のあるところまで手が届かない……。
踏み台にできそうな椅子を引きずり、鍵を開けた。
「イリーナさん、お疲れ様でした」
「どうなるかと思ったよ~。ルシアンくんは、全然平気そうだね」
「いえ。少し疲れましたよ」
この体になって使ったことのない魔法を使うと、多少は堪えるのだ。
「君があのちびっ子?」
やってきた上級生らしき少年に訊かれ、どのちびっ子かはわからなかったが、うなずいた。
「助かったよ、本当にありがとう」
「僕は別に何も」
「そんなことないよ。どうやって現場まで来たのかわからないけど――」
『飛行』したとは、わざわざ教えなくてもいいだろう。
「君のおかげで、選抜隊だけじゃなく討伐隊も冒険者も、被害を最小限に抑えられたんだよ」
少年と話しているうちに、周囲にやってきた生徒の数はどんどん増えていった。泣きながらお礼を言う少女や、魔獣を目の前にして足がすくんだ、と語る少年も、俺に感謝を伝えてくれた。
俺は、自分のために行動をしたまでだ。感謝されるようなことは何もしていない。
……でも、と思う。
俺の魔法を広め魔法文明を発展させ、人の生活を豊かにする――というのを縮図にすると、きっと、こうなるのだ。
人生を費やして魔法を極めてきた意味は、たぶん、ここにある。
照れくさかったが、一言だけ「どういたしまして」と集まった選抜隊に言った。
イリーナが俺の魔法について何か教えていたのか、魔法について、様々なことを訊かれた。さすがは学院の優秀者の選抜隊。魔法に対する学習意欲はかなり高かった。
向上心を持つ少年少女たちに熱意と関心を持たれては、無下にできるはずもない。
「僕が使っている魔法は――」
わかりやすく噛み砕いて、俺は自分の考えを伝えた。




