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討伐作戦4


 上空では、森の外で討伐隊が集まっているのが見えた。


『遠視』の魔法で、様子を詳しく観察すると、教師二人と選抜隊の生徒はみんな無事のようだった。


 今は、あらかじめ本部として設置された野営地で、怪我人の手当てなどをしている。


 犠牲はある程度出たようだが、俺の知り合いに欠けた人間がいなくてよかった。


『飛行』をやめて、地上に着地する。

 グレイウルフの死体がそこら中に転がっている中、俺は森を抜けてみんなのいる野営地に向かった。


「あ――」


 俺の姿を真っ先に見つけたイリーナがこちらへ走ってきた。


「ルシアンくん! よかった!」


 駆け寄った勢いそのままに、抱きしめられた。


「無事だったんだね……本当によかった……」


 肩の上で、イリーナがぐすぐす、と鼻を鳴らした。


「イリーナさんも無事でよかったです」

「ごめんね。ルシアンくんを見失って……捜そうにもできなくて……」


 ごめんねぇぇぇぇ、とイリーナが本格的に号泣しはじめた。


「森で、たった一人で、怖かったよねぇぇぇ……」

「大丈夫でしたよ。気にしないでください」


 わぁぁん、と泣くイリーナに、俺はぬいぐるみのようにがっしり抱きしめられて身動きが取れなかった。


「神童もそうなっては形無しですね」


 疲れた顔をしたゲルズがやってきた。


「……君でしょう。あの『アロー』は」


 俺は答えなかったが、確信していたようだ。

 その沈黙を肯定と捉えたらしいゲルズは、呆れたように言う。


「森一帯を駆け巡る『アロー』……壮観でした。どれだけ工夫を凝らそうと、一発ずつしか撃てない攻撃魔法なのに」


 一撃の威力を無数の矢に分散したためだ。


「一直線にしか飛ばないはずのそれが、複雑な動きで飛び回った。索敵し、追尾し、正確無比の攻撃を見舞う……『ウインド』に並ぶ風属性の最弱魔法ですよ? それに、あんな真似をさせられるなんて」


 やれやれ、とゲルズは首を振った。


「ルシアンくんが、やっつけたの? グレイウルフたちを」


 目元を赤くするイリーナが俺の顔を覗き込んだ。


「はい」


 イリーナが一度ゲルズの顔を見ると、苦笑した。


「元々風属性に強い耐性のあるグレイウルフを、最弱の風属性魔法で倒したんだ」

「耐性があったら魔法効果はかなり薄くなる……」


 教科書を読み返すようにイリーナがぽつりとこぼし、ゲルズが教えてくれた。


「討伐隊の認識は――というか世間的には、風属性はグレイウルフには効果がないとされている。だから火炎属性を中心に選抜したんだが……ロクにひるませることもできなかったよ」


 なるほど。準備はしたが、威力不足、もしくは情報に不足があった、と。


「耐性をものともしない威力。まさしく、規格外だ」

「ルシアンくんが、あたしたち選抜隊や討伐隊のみんなを守ってくれたんだね」


 目を見てそんなセリフを言われると、照れてしまう。


「えっと、実績に、なるので……」


 目を逸らしながら言うと、またイリーナに抱きしめられた。


 俺に気づいたハンネもこちらへやってきた。

 一人で複数の魔物と戦っていたハンネだったが、受けた傷は軽いようで、手当てもすぐに終わったらしい。


「あの大きな魔物……グレイウルフのように見えたが、今まで見たどんなそれよりも大きかった。あれも、ルシアン、君が?」


 三人とも確信は揺らがないらしく、じいっと俺の返答を待っている。


「はい」


 ハンネが頭を振って笑う。


「討伐隊本部では、現れたあの魔物は、バーサク・グレイウルフと呼称して、災害級の魔物に指定して、各組織から応援を呼ぼうとしていたそうだ」


「災害級……!?」


 ゲルズが目を剥いて驚いた。


「何ですか、それ?」


 俺が訊くと、イリーナが教えてくれた。


「えっとね。魔物の強さを表すランクだよ。『下級』、『中級』、『上級』、『幻想級』『災害級』『神話級』ってあって、上級より上の三種類は、上下とかはなくて、個体別によって呼称されるの」


「その通り。ただ、上級以上の三種を……個人で倒したという話は、聞いたことがない。まだ信じられない」


 ゲルズがちらりとこっちに目をやった。


「であるな。幻・災・神の三種は、冒険者でいうならSランクパーティが複数で討伐する敵だ。軍が対処するなら、国を上げての討伐作戦になるであろう」


 あのバーサク・グレイウルフは、そんなに強敵だったのか。


 同情するあまり、すぐ殺してやらねければと思い『極撃砲(カノン)』で消し飛ばしてしまったから、戦闘にすらならなかった。


 イリーナだけは「すごいっ、すごいっ!」と無邪気に褒めてくれた。


「……ルシアン、君は、今日ここにはいなかった」


 ハンネの言葉に、ゲルズもうなずいた。


「君は、今教室で講義を受けていた。いいね?」

「まずいことでしたか……?」


「討伐隊数百人の窮地を救ったルシアンの行動は、称賛されるべきことだ」


 そう言って、嘆くようにハンネは首をゆるく振る。


「……だが、このことを軍や魔法省の連中が知れば、完全に兵器扱いされたり、研究対象にされたりしてしまうだろう。そうなれば、今の生活は送れなくなる」


 俺には持論を布教するために、宮廷魔法士になって独自魔法を広める目的がある。

 兵器や研究対象扱いでは、「珍しい個体」と認識されてしまう。

 俺がやろうとしていることと、まるで逆。

 特別な存在だからこの魔法能力があるのではない。

 今があるのは、持論を信じ鍛練し続けた結果だ。一部例外もあるが、ともかく、俺流の魔法を特殊なものだと思われるのは困る。


「でも! ルシアンくんがいたから、わたしたちは無事で森を出られてるんです。わたしたちだけじゃなくて、他の討伐隊の人たちもです」

「もちろん、その功績を蔑ろにするつもりはない。ゲルズと共に、学長に相談する」


 今回の戦闘に準ずる何かしらの実績がもらえるらしい。


「よかったね、ルシアンくん」


「はい。ありがとうございます」


 いないことになっているので、ゲルズには「今すぐ、こっそりと帰りなさい」と学院に戻ることを促され、俺は野営地をあとにし学院へと帰った。

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