討伐作戦3
「ルシアンくん!」
イリーナに呼ばれて、俺は樹上から小さく会釈をする。
周囲にいた魔物たちは、大型の魔物が瞬時に殺されて攻撃をためらっているようだった。
奥では、ハンネが盾を構え槍を振り回し、三体の魔物を相手に奮戦をしている。
足下には食い殺されそうになったゲルズがいた。
「どうして君がここに!?」
「トイレに行こうとしたんですけど、道に迷ってしまいました」
実績目当てで学校を抜け出してきた、なんて正直に言えば、あとで何を言われるかわかったものではない。
学校を抜け出すのに時間がかかってしまったが、まだ誰も手遅れにはなっていない。
とはいえ、早く帰らなければ。
トイレに行ってくると、教師にには言って教室を出てきている。
「今は、最前線から逃げ出した人たちを回収しながら、手当をして回っているんだ」
ゲルズが状況を教えてくれた。
戦闘や作戦に想定外はつきものだが、その討伐隊が、森の奥で戦っている気配はほとんどない。
「……総崩れというところか」
「上から何か見えるのか?」
「この魔獣たちを討伐するんですよね?」
「あ、ああ、そうだ! だが、弱点であるはずの火炎属性に強い耐性を持っているみたいだ!」
ひるんだ隙を突いて、イリーナたちが魔物を攻撃する。
「火の精霊……この理、我が呼びかけに応じ給え――『ファイア』」
だが、狼たちはこれといって嫌がる様子はない。
「この道を真っ直ぐ行ってください。そうしたら森をすぐ出られます」
「――君はどうするんだ?」
俺は応えず飛行を使って、森を見下ろせる高度まで飛んだ。
「あの狼型の魔物だったな」
『追尾必中』の神代魔法を発動させた。
『個体指定』で討伐対象の魔物に狙いを定める。
「……一三二体か。数が多いな」
一三二もの数を一度に攻撃する魔法はなかった。
仕方ない。現代魔法を使うか。
「風の精霊……この理、我が呼びかけに応じ給え――『アロー』」
前方に巨大な魔法陣が展開され、輝きが強くなると無数の矢が放たれた。
『追尾必中』と『個体指定』の魔法をかけているので、一直線しか飛ばない『アロー』でも、標的を必殺してくれるだろう。
矢は森に降り注ぎ、上空から魔物の体を串刺しにしていく。
「「「「ギャウウッ!?」」」」
上空から見当たらない敵は、矢がそれぞれ木々を縫うようにして追い立てる。
四方八方で魔物の悲鳴が聞こえた。
尻から脳天を貫かれる魔物もいれば、二本の矢に狙われ、頭部と胸部を同時に攻撃される魔物もいた。
反応が一瞬で半分になり、それからさらに半分になる。
腕を組んで見下ろしていると、すぐに悲鳴も断末魔の声も聞こえなくなり、放った『アロー』が消えた。
「静かなものだな」
おびただしい魔物の死体は転がっているが、森を傷つけてもいないし、地形を変えてもない。
討伐対象の狼は根こそぎ倒したので、これでもう作戦自体完了だろう。
「ん?」
狼たちの死体からどす黒い瘴気のようなものが吹き上がり、それぞれが結合していく。
あれは、かつての魔法で言うところの『戦霊化』に近いな。
『戦霊化』は、体内に残った魔力と魂を融合させ、死してなお敵と戦うという魔法だ。
力は強くなるが、理性も自我もなくなるというデメリットがある。
集まった巨大な瘴気が、魔力によって姿を形作った。
魔獣は森に生えているどんな木々よりも大きくなった。
理性も何もないただの血に飢えた魂のご登場だ。
現代魔法にも似たような魔法があるものなのか?
あの手の魔法は、自分ではかけられないのが大きな特徴だ。
……まったく、趣味が悪い。
「ヴロォォォォォオオオオッ――!」
吠えると、空気がビリビリと震える。
大きな口を開けると、一足飛びに俺のほうへ跳躍してきた。
理性も自我もないということは、恐怖がなくなるということでもある。
せっかく学習したはずの俺との戦力差も、これでは意味をなさない。
死んでもなお、敵いもしないであろう相手と戦わされるというのは、俺でも同情してしまう。
「もう戦わなくていい。ゆっくり休め」
「ガロォォォオオオウウウウウウン!」
ひと口で俺を食おうとしたとき、手の平を魔物に向けた。
「手向けだ。『極撃砲』」
手の平を中心に、無属性の大魔法陣が展開された。
魔力器官をフル稼働させ魔法を撃つ。
音も色もなく放たれた無属性魔法が、轟音とともに巨大な敵に直撃。
光の粒子となり、魔物は消え去ってしまった。
「転生してからはじめて使ったが、この体ではまだ堪えるな」




