討伐作戦2
◆ゲルズ◆
早々に前線は崩れ、混乱状態にある――。
逃げ延びた冒険者を見つけてゲルズが状況を尋ねると、そう教えてくれた。
生徒のいない場所での聴取が幸いした。聞かれれば無駄に動揺させることになっただろう。
……予定通りの場所へやってきたのは、一五分ほど前。
森の広場を物資集積所とし、学院生たちはそこで、指示を仰ぎ各隊へ補給品を運ぶ――。
それをゲルズとハンネの二人で監督するはずだった。
だが、到着した物資集積所では、すでに魔物たちに踏み荒らされ、簡易倉庫には火の手が回り、黒い煙を上げていた。
今はハンネが生徒を指揮し消火を急がせている。
「ハンネ先生」
「うむ。想定外に魔物が手強かったのか、それとも数が多かったのか……」
「一人に前線の話を聞けましたが、要領を得ません」
冒険者の男は、生徒二人に手当てを受けているところだった。
「下がりながら前線の兵を回収し状況を再確認。必要であれば救護をしていこう。前線がどこまで崩れたのか判然とせん。が、運ぶ物資がこのありさまでは、後退するのも致し方ないだろう」
「はい。そうしましょう」
方針が決まり、選抜隊にそれをゲルズは伝えた。
安全だった来た道を引き返していく。
不意に現れた敵との戦闘はまずハンネが担当し、手に余るならゲルズ。二人の援護を生徒たちに任せた。
慣れない森での移動。いつ戦闘が起きるかわからない状況に、体力も精神力も削られていった。
味方と出くわさないことを不思議に思っていると、遠吠えが響き、すぐに狼型の魔物が複数現れた。
「ゲルズ! 下がれぇい!」
剣を抜いたハンネの怒声に、ゲルズは生徒たちを敵から距離を取るように指示を出す。
が、そのときにはすでに四方八方を囲まれてしまっていた。
「火の精霊よ――」
ゲルズが狙いをつけ魔法を放つ。一頭が燃え上がるが、意に介した様子がない。敵は減るどころか増えていった。
ハンネが剣を振り、一体、また一体と倒していくが、数は減っている様子がない。こちらを気にする余裕もなさそうだった。
「ゲルズ、行けぇぇぇぇええい!」
荒くなる息のままハンネが叫ぶ。
森で狼型の魔物に取り囲まれれば、鬼ごっこでは圧倒的に不利。
だからといって、このままでは餌になるだけだ。
「こっちだ!」
ゲルズが先頭を切り、綻んだ包囲を突破する。
こほぉぉ、と生ぬるい饐えたにおいがした瞬間。
自分の背丈よりも大きな顎を持つ巨人型の魔物が、口を開けてゲルズに飛びかかってきた。
「火の精霊、この理、我が呼びかけに応じ給え! 『フレイムショット』」
火球が敵の口内に飛び込み、魔物は嫌な叫び声をあげてのたうち回った。
それからさらに、ゲルズが放った三つの火炎弾は、三発ともグレイウルフの顔面に直撃――。
ゴウッ、と橙色の炎がグレイウルフを包んだ。
「よし――」
「グルォォォォオオオウ!」
頭を振ると、燃え盛った炎はすぐに掻き消えてしまった。
「またか!」
狼型の魔物は、今回の主な討伐対象だった。
奴等の苦手である火炎属性魔法での攻撃は、定石も定石。
……そのはずが、大した効果が認められない。
どういうことか、火炎魔法の耐性がついている。
魔物対策をした前線の味方が、混乱し崩れるのも納得だった。
「グルォォォォオオオウ!」
人間をひと呑みにできそうな大口が、ゲルズに迫った。
そのときだけ、やたらとスローモーションに見えた。
すでに誰かを喰ったであろう赤黒い血が残る大きな牙がよく見える。
上半身ごと食い千切られる――。
次弾は間に合わない。
「くそ……」
諦念とともに小さくつぶやいた。
「――現代魔法は遅いんですよ、先生」
どこからか声がする。
「『アルテミス』」
輝く矢が上空から急降下。魔物の脳天を射抜いた。
「ギャウッ……」
攻撃を受けた魔物が悲鳴を上げた。
「『形態変化』」
ザザザン! ザ、ザン、ザンッ!
樹の枝が、地面の土が――無数の鋭い棘となって魔物を貫いた。
断末魔の声を上げることもできず、魔物は絶命した。
「悪人が変に優しいときは、だいたいそれは死亡フラグになるんですよ、先生」
樹上には、ルシアンの姿があった。