討伐作戦1
◆ソラル◆
放課後。
朝に連絡があった通り会議を開くとのことで、生徒たちがいなくなったあと、会議室で学長のカーン・デミラルを中心に教師陣が集まった。
ソラルは末席に座り、空席がなくなったのを確認したカーンが、挨拶もそこそこにさっそく本題に入った。
「この近辺の大規模な魔物の討伐作戦が計画されているそうで、ウチにも、一定水準の力がある生徒を送り出してほしい、と王国魔法省よりお達しがあった」
ざわざわと教師たちが顔を見合わせる。
魔法省。
宮廷魔法士も所属する王国の一機関であり、この学院の運営をする組織でもある。
「先生方には、そのリストを作ってもらいたい」
「討伐作戦で、生徒を……?」
ソラルが思ったことをつい小声でつぶやくと、ゲルズの声でかきけされた。
「デミラル学長。ルシアン・ギルドルフはどうでしょう。あの子なら――」
「能力は図抜けているが、まだ五歳。そんな子供を送り出せと? 演習ではないのだぞ」
カーンの強い語調に、空気が重くなる。
ゲルズよりも自分よりも強くとも、さすがに送り出すようなことはしないらしい。ソラルはほっと胸をなでおろし、再び尋ねた。
「学長、送り出した生徒たちは具体的に何をするのでしょう?」
「ああ、それは心配無用だ。前線で戦うのは、この地域一帯の警備をしている白翼騎士団の部隊や報酬目当てに参加する冒険者たち。選抜された生徒が担当するのは、主に後方支援。物資の運搬、怪我人の救護の手伝い……まあ、そんなところだ」
戦闘に巻き込まれることはないだろう、とカーンは付け加えた。
「魔法省からは、何人と?」
「三〇人ほど、と言われておる」
実戦を肌で感じるいい機会だ、とでも思っているのだろうか。
だからこその選抜なのだろうけど。
ソラルも学院生時代に、一度だけこの手の作戦に駆り出されたことを思い出した。
「選抜した生徒の引率は、ゲルズ、ハンネ、二人に頼みたい」
「はい、もちろんです」
「承知いたした」
こうして討伐作戦の人選がはじまった。
◆ルシアン◆
「野外演習……?」
イリーナが見せてくれた通知書に、俺は首をひねった。
「そう。町外れに大きな森があるでしょ? そこにいる魔物を討伐する作戦に選ばれたみたいなの。優秀な生徒が選ばれるみたい」
ふふふ、とイリーナは選ばれたことが嬉しいのか、終始ニコニコしていた。
優秀な生徒?
俺やイリーナの三組は、不出来な生徒が集まるとされているクラスだったはず。
どうしてイリーナに?
俺には何の通知もない。
ということは、イリーナは優秀だと認められているが、俺は違う、ということか?
「ルシアンくん、何かヘコんでるけど、どうしたの?」
「いえ、ちょっと……」
乾いた笑いが漏れる。
「これが嫌な人はやめていいって書いてあるけど、参加した場合は、卒業証明書にも載る作戦なんだって」
実績になる、だと……!?
俺が一番ほしいものだ。
どうして俺は除外された? 背丈や筋肉が足りないからか?
「イリーナさん、演習という名目のようですが、中身は実戦です。参加される場合は気をつけてください」
「うん。わかってる。心配してくれて、ありがとうね」
その討伐作戦とやらは、二週間後に行われるらしい。
それから、教師たちはどこかピリピリとした様子だった。
ゲルズとハンネが選抜隊の引率をするようで、他の部隊と連携するための打ち合わせが多く、彼らの講義は、しばしば別のものに変わった。
ハンネの力は申し分ないし、ゲルズの魔法技術は高い。
ボコボコにしてしまったが、改めて授業を受けていると、そう感じるようになった。
それがわかる程度に、俺は現代魔法を理解しはじめていた。
出会いこそああなってしまったが、ゲルズはあれで優秀なのだ。
魔法的な指示はゲルズ、その他現場の指示はハンネに任せておけば問題はないだろう。
討伐作戦に赴くその日、魔法学院で結団式が行われ、イリーナたち選抜隊を送り出した。
「ルシアンくーん! 行ってくるねー!」
遠くから大声で手を振るイリーナに、俺も手を振り返した。ソラルも見送る側で、ぶすっとした表情をぶら下げている。
「ソラルさんは、行かないんですね」
「当たり前。後方支援の荷物運びとかそんなの、私には似合わないでしょ」
そうだろうか、と内心首をひねりつつ、俺は先を促した。
「魔法省は、討伐部隊の人手がほしいのよ。雑用させるために冒険者を雇うのも費用がかかるし、それで、学院生の登場ってわけ」
ふうん。そういった内部事情は確かにありそうだ。
選抜隊の最後尾に続くゲルズを見つけ、俺は駆け寄った。
「先生。イリーナさんたちをお願いします」
「誰に言っているんだい。後進育成こそ私の使命だと考えている。卵をみすみす割らせたりはさせないよ」
去っていくのかと思いきや、ゲルズは足を止めた。
「……君の力は、規格外なものだと認めよう。あのときは、済まなかった。君と君を支えようとしている両親や村の人を馬鹿にしてしまった」
「いえ。よくあることでしょうし、慣れています」
ゲルズがかすかに聞こえるような小声でつぶやいた。
「……ありがとう。そのことが、少し気がかりだった」




