認める男
俺の一撃を受けたハンネが、ようやく上半身を起こす。
「やれやれ。とんでもない子供もいたもんだ」
「立ち合い、ありがとうございました。どこまで体が動くのか、わかった気がします」
「そりゃよかった。だが、こんな棒きれみたいな木製の短剣で、あんなダメージを負うとはな……」
解せない、とでも言いたげに、俺の持っていた木製の短剣をしげしげと見つめる。
「魔法もかなりのものだと聞いたぞ。特別講師のソラルからな。……どうして魔法学院に? 高名な誰かが姿を変えて、冷やかしにやってきたと言ってくれたほうがまだ納得がいく」
「現代魔法は、正しい知識と理解が必要だと聞きました」
「現代魔法? ……ああ、それで間違いないはずだ」
「知らないことを知る――これも強さを究めることに必要です」
「子供にそんなことを言われれば、教師は要らないな」
ムハハハ、とハンネは大笑いした。
「それに、貴族の血筋とは無縁であることに変わりありません。上の学府へ通おうとすれば、足下を見られて、通うこともできなくなってしまいます。なので、この身分でも僕個人を認めてくれる証が必要なんです」
「……それもそうか……。君を見ていると出自とは何なのか、と不思議に思うよ」
いたたた、と患部を押さえてハンネが立ち上がる。
「私にも、魔法は使えただろうか」
「使えます。そういうものです」
ハハハ、と笑い声をハンネは響かせる。
「肩書ではなく、個人を認めさせる必要がある、か。……それなら、あらゆる学校に通うといい。そうしていけば、貴族と無縁でも例外あり、と世間に示していくことができる」
学校というのは、教育機関であると同時に、個人を評価する場所でもある。
そこで好成績を残すことは、被支配層にとって、無駄なことではない。
それもまたいい。
「私でいいのなら、卒業したら騎士学校に推薦をしよう。固定概念で凝り固まった連中の下へ、君のような子供を送り出すのは少々気が咎めるが、それを想像するだけで、なぜかワクワクしてくる」
いたずらを仕掛けた子供のようにハンネは笑う。
「どうして、僕にそこまで」
「男が男に期待をする――そう珍しい話でもあるまい」
ぽんぽん、と俺の頭を撫でて、ハンネは訓練中の生徒たちのほうへ歩き出した。
ときどき一喝しながら、また別のところへ行き、ときどき構えなどを教えたあと、またこちらへ戻ってきた。
「ルシアン、もう一度頼めるか?」
「はい。こちらこそ、お願いします」
俺たちはまた木剣を構えて向かい合った。
夢中になっていたせいか、授業が終わりかけていることも俺たちは気づかなかった。
「っ……」
五度目の完敗を喫したハンネが倒れたところで、ようやく周囲に集まった生徒たちに気づいた。
「またしてもか……! 強いなぁ……ルシアン! ムハハッ!」
俺も少々疲れた。
魔法のほうは体が慣れてきてはいるが、体力や筋力はやはり子供のそれだ。
ざわざわ、と騒がしくなった。
「お、おいおい……マジかよ……」
「先生を倒した……」
「ハンネ先生って、他人を褒められない病気にかかってるもんだとばかり」
「ルシアンくんは……剣もやべーのか……」
ようやく起き上がったハンネが、生徒たちに「授業はここまで」と号令し、解散となった。
「先生ってあれだろ……?」
「重戦士だぜ……ありえねえよ」
みんなが帰り際に、口々にそんなことを言っていた。
「重戦士って何ですか?」
近くを歩いていたライナスが教えてくれた。
「重戦士ってのは、物理的な戦いが得意な騎士のことだ」
その口ぶりだと、魔法が得意な騎士もいるのだろうか。
「うん。そうそう。先生は、銀翼騎士団って言って、ここらへんの治安維持を目的とした騎士団の元団長さんなんだよ」
と、イリーナが付け加えた。
団長か。あの雰囲気なら、それも納得だ。
「そんでな。重戦士っつーのは最前線で体張ってみんなを守る、いわゆる盾役の正式名だ」
何が言いたいのか、いまいちピンとこない。
「反応薄いなぁ……」とイリーナが苦笑する。
「物理的な防御の力は、普通の騎士さんよりも上で、実戦実績経験豊富なその重戦士の先生を、ルシアンくんはちっちゃな短剣で倒しちゃったんだよ!」
へえ、とだけ返した。
体格差を考えれば、倒すなんて無理に思えるだろう。
だが、加速したエネルギーと全体重を手にした短剣のただ一点に集束させられれば、かなりの威力になる。
体格差はそれほど気にならなかった。
それに、体が成長していないので、魔法なしの物理攻撃力はかなり低い。
そのとき、体がくらり、と揺れた。
楽しかったとはいえ、五回は調子に乗り過ぎてしまったらしい。
俺が想定した以上に足腰への負担が大きかったようだ。
「ルシアンくん、大丈夫?」
バランスを失って転びそうなところを、イリーナが止めてくれた。
「すみません。五回はちょっと多すぎました」
「五回も!? 一回じゃなくて!?」
「ルシアンに痣一つもないってことは、全勝かよ」
二人とも開いた口が塞がらないといった様子だった。
◆ハンネ◆
去っていくルシアンの小さな背中をハンネは見送った。
元騎士団長としての意地と、生徒たちの手前、これ以上無様を晒せないと思っていたが、もう限界だった。
訓練上に誰もいないことを確認して、呻きを漏らした。
「くふ……」
よろめいて、地面に倒れるハンネ。こんなに何度も地面に突っ伏せたのは、何年ぶりだろう。
服の下に着用していた鋼鉄製のボディアーマーを脱ぐと、攻撃を受けた箇所が酷い痣となっていた。
あばら骨も数本が折れているだろう。
ルシアンの攻撃が生身に当たれば、妥当なダメージと言える。
だが、ボディアーマーは無傷。
「ムハハ!」
思わず笑ってしまった。
「関係がないと? どんな装備も、どんな防具も。あの斬撃は、それを無視してダメージを与えると――?」
口にして、装備無効という攻撃概念に、ハンネは震えた。
ルシアンが返した短剣を確認するが、他のそれらと同じただの木製で、魔法で強化された痕も何もない。ハンネのよく知っているものだった。
「ただの木製の短剣で……」
改めて、自らが目の当たりにした攻撃を思い出す。
「あの子の剣技は、すでに神域にあるというのか」




