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二物を与える

 ◆ルシアン◆


 里帰りした日、俺が試作したレンガゴーレムは、サミーにプレゼントした。


「こんなものを作ったのか、ルシアン?」


 母のソフィアも仰天していたが、畑仕事を手伝う作業ゴーレムだということを説明しておいた。


 俺の指示通り、レンガゴーレムは、畑仕事をはじめた。


「お父さんの言うことを聞くように設定してあるから」


 闇魔法の『傀儡』で、俺の指示通りに動いてくれるようになっている。


「そうか、それは助かる」


 家族そろって、畑で仕事をするレンガゴーレムを眺めながらお茶を飲む。

 なんとも落ち着く時間だった。

 学校の話や、下宿先の夫婦の話。どれも両親には新鮮なものだったらしく、俺の話に興味津々だった。


 時間が来ると、俺は「また近いうちに帰るから」と言って、二人に別れを告げた。




 週明けの月曜日。

 ソラルとイリーナの二人と登校していると、同じく学院に通っている生徒たちの視線を集めた。


「なんか、見られてるね?」

「どうしたんでしょう」

「当たり前じゃない。史上最年少で宮廷魔法士になった天才美少女ソラルが歩いてるのだから、注目は当然よ」


 フン、と勝ち誇ったように鼻を鳴らし、自慢の金髪をふぁさっ、と手でなびかせてみせる。


 ずいぶんな自信だな。


「あの子でしょ。貴族でもないのに魔法が使えるって子」

「田舎の村出身みたい」

「あんなに小さいのにー? 魔法使えるんだ? すごーい!」


 注目を集めていたのは俺だったらしく、それが聞こえていたソラルは、顔を赤くしてプルプル震えていた。


「ソラルちゃん、性格結構ヤベーらしいぞ」

「マジかよ、特別講師になったから講義が楽しみだったのに」

「っていうのも、魔法訓練のときにさ……」

「うわぁ、ショック。そういう人だったのかぁ……」


 ソラルの評価はガタ落ちだった。あの態度では、それも致し方ないだろう。


「捻り潰す、捻り潰す、捻り潰す、捻り潰す、いつか絶対に……泣かす」


 ソラルはぶつぶつとしゃべりながら、黒いオーラを出していた。

 この性格は死んでも治りそうにないな。


 イリーナはふふふ、と陽だまりみたいな微笑をもらしている。好対照の二人だった。




 この魔法学院は、魔法を上手く使うことやその能力を高めることが主であるが、それだけを常にやっているわけではないらしい。


 魔法障壁を張った演習場にクラス全員が集まり、訓練用の木剣や杖を手に準備していた。


 これから武術の授業がはじまる。


 俺は木剣がよかったのだが、この体では長すぎるので大人しく木製の短剣を使うことにした。


 元騎士出身だという武術教師のハンネが前にやってくる。

 鞘ごと剣を抜いて、ドスンと地面に刺すと、柄頭に両手を置いた。


「健全な肉体にこそ、健全な精神は宿るのであるッ! 今日は各々手にした得物で――」


 みんなが気だるそうな表情をする。


「物理的な武器とか……。何時代だよ」

「魔法全盛のこの世の中に……」

「こんなこと学びに通ってるんじゃないんだけど」


 近くにいる生徒が、ヒソヒソと、不満を口にした。


 ……古いのか……? 武器を使うことは。

 だが、実戦では懐に入られた魔法使いなど、案山子同然。

 備えておくにこしたことはない。


 隣のイリーナも周囲と同じ考えらしく、手に持った木製の盾と杖を持って小首をかしげている。


「魔法の授業は好きなんだけど、これは意味あるのかなぁ……ね、ルシアンくん」


 どうやら、武器を扱う人間の立場は、俺が知っているよりかなり低いようだ。

 魔法全盛の時代……。武器が軽視されるのも、無理からぬことか。


 歴史の授業で、最後に大きな戦乱があったのは、もう三〇〇年も前だそうだ。

 俺が死んでから二〇〇年ほどは、安泰の時代だったらしい。


 実戦を経験した人間がいないのであれば、なるほど、武器の有用性を説いても説得力がない。

 リーチが魔法よりも短い上に、継続的に鍛練が必要な武器は、色々と勝手が悪いんだろう。


 魔法使いに物理的な攻撃は不要だろうと思われがちだが、意外と重要だ。

 攻撃の手段、セオリーを知ることで、防御も上手くなる。この講義の目的は、後者の防御にあると思われる。


「二人一組で立ち合うように――!」


 ハンネの指示で、みんな仲のいい者同士で組を作ると、イリーナがまずそうな顔をした。


「わたしがあっちに行くと、ルシアンくんが一人に……」


 いつも組んでいる相手がイリーナにはいるらしい。


「僕には構わないでください」

「そ、そぉ?」


 不安そうなイリーナだったが、その相手に呼ばれ、こちらを気にかけつつも向こうへ行った。


「ちびっ子! 組む相手がいないのだろう。であれば、こちらに来い!」


 ハンネに呼ばれ、俺はそちらへ向かう。

 年の頃でいうと、四〇代後半くらいだろうか。熊のように大きな体格をしていた。

 無精ひげを撫でながらハンネは言う。


「子供相手となれば、生徒では加減が難しい。必然的に私しか相手がいない」


「気遣いありがとうございます。ですが、加減は不要です」

「ムハッ。加減しなければ、大怪我をしてしまうぞ」


「物理攻撃はまだ一度も試してないので、僕も加減が下手っぴです。お互い様ということで」


 ハンネは訝しそうに顔を曇らせた。


「……もしものときは、すみません」


「ムハハハ! 武器の扱いは長年の鍛錬がモノを言うぞ、ちびっ子」

「ええ。まさしく」

「存分に、打ちかかってきなさい!」


 魔法なしで剣技を使うのは、この体になってからははじめてだ。


「では――」


 現状でどれくらいできるのか――、その反動がどれくらいあるのか――、それを知るいい機会だ。


 両手に握った短剣を構える。


「…………っ……?」


 ハンネが一歩あとずさった。

 鳥肌が立っているのが、よく見える。


「君は、何者だ……!?」


「長年の鍛錬が、モノを言いますから」


 剣技を編み出し、研鑽の日々を送ったのもはるか昔のこと。

 元々凝り性な俺は、効率的な防御を学ぶために、あらゆる物理攻撃を会得した。


 ハンネの顎がガクガク、と小刻みに震えている。

 

 頭を振って「ふんッ」と、気合いを入れた。

 俺が構えただけで放った剣気を、どうにかして押しのける。


 ハンネも木剣を構えた。


「――すまない……! 加減は、できそうにない……ッ!」

「それで結構です」

「まだ君が五つだからと、心のどこかで侮っていたことを謝罪する。武の道を生きる者として、礼を尽くしたい」


「まったく、同感です」


 この時代では、俺も古いタイプの人間なんだろう。


 ひとつの『道』を探究する者同士の、一種の心地よさがある。


 思えば、この体にまだ馴染んでいないとはいえ、俺の剣気を受け、押しのけた。

 それだけで、この教師はかなりの手練れであるといえる。


 だからこそ、俺に敬意を払ってくれた。


 ……加減は無礼にあたる。


「いざ……!」


 ハンネの放つ剣気と俺の剣気がせめぎあい、ピン――――――――と、空気が張り詰めた。


 さらに集中すると、雑音が遠ざかり、痛いくらいの静寂が訪れた。


 相手の小さく吸った空気の流れも、かすかに始動する筋肉も、よく見えた。


「オォッ」


 ハンネが短い気合いを発すると同時に、体格差とリーチを活かした素早い突きを放つ。


 きっと、俺は消えたように映っただろう。


 数歩の間合いを一瞬で詰め、無防備な懐に入った。


 すれ違いざまの一撃。

 鈍い音と重い感触が両手にあった。


「ぐふぉ――」


 攻撃した体勢から受け身を取ることもできないまま、どさっと地面に倒れた。


「これが……!? ただの村人の子、だと……。なんと恐るべき天稟……」


 仰向けで起き上がれないでいるハンネに、一礼をする。


「魔法だけでなく、剣もこれほどとは……。天は、この子に二物を与えたというのか」


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