里帰り
「あんた、こんな朝早くにどこ行こうとしてるのよ?」
朝食を食べ終えたあたりで、髪の毛がボサボサのソラルが階段をおりて食堂へやってきた。
これで貴族の出なのだから恐れ入る。
「どこって、学院ですけど」
俺の発言を肯定するように、ロンが一度わさわさ、と尻尾を動かす。
「あのねぇ、土日は休みなの。日曜日の今日行っても誰もいないわよ?」
む。そうなのか。
俺の日課である掃除は、ゴーレムがやってくれるし、厨房の仕事も今日はいいと夫人に言われている。困ったな。
子供なんだからガキと遊べばー? と適当にソラルが提案する。
それもそうだな。では、少々遊んでみるか。
『重力』と風塵魔法を使っての飛行が、どれほど続けられるのか試してみよう。
あとはゴーレムの改良だ。もっと上手く『鍛冶』魔法を使うことができれば、もっとマシな仕上がりになるはず。
食器を流しに運んで、「遊んできます」と厨房の夫人に声をかけた。
「ルシアンも遊ぶんだねぇ。なんだか安心したよ」
と、夫人はにこりと笑った。
「行こう、ロン」
「ロン」
宿屋を出ていき、俺はまっすぐ町の出口へとむかった。
以前、実家のある村からマクレーンの町まで飛行したときは、それほど長く飛ばなかった。
「俺の魔力がどれほど持つのか……きちんと自分のスペックを知るいい機会だ」
ロンに鞄へ入ってもらい、『重力』と風塵魔法を合わせた『飛行』を発動させる。
方角を適当に決めて、空中を進む。次作るゴーレムはああしよう、こうしよう、と頭の中で考えているうちに、村が見えてきた。
魔力もそこそこ消費したので、ここらへんで一息つかせてもらおう。
人目につかないところに着地し、ロンを放つと猫のように伸びをした。
「おお! ルシアンじゃないか! どうしてんだ」
畑からの声に目をやると、父のサミーだった。
ということは……?
あたりを見回してみると、見覚えのある景色がいくつも見える。上空からではわからなかったが、図らずも俺は戻ってきてしまったらしい。
「魔法を勉強しに行ってるんじゃないのか?」
「今日は休みで、時間ができたから、戻ってきた」
ということにしておこう。
そうかー! と言う父に手を振り返し、我が家へとむかった。
せっかくなので、母にも顔を見せよう。
「ただいまー」
俺に続いて「ローン」とロンも挨拶をする。
飛び出てきた母のソフィアに、サミーにしたのと同じ説明をしておいた。
「そんなにすぐ帰ってこれるものなの?」
「意外と近かったよ」
そうなの、それはよかったわ、とソフィアは目を細めて喜んでくれた。
「ロンもお帰りなさい」
「ロン!」
魔法学院のあるダンペレの町からここまで、飛行時間は約一時間ほど。
これなら実家から通えなくもない。『空間』を使えば、飛ぶ必要すらないかもしれないな。
そうなると、宿屋のお世話になる必要はなかったかもしれないが、まあ、社会経験ということにしておくか。
挨拶もそこそこに、俺は飛行中考えていたゴーレムを作るため、畑へとやってきた。
サミーは席を外しているらしく、姿が見えない。
『鍛冶』を使い、土をこねて人の形にしていく。
さらに『強度上昇』『支援影法師』を付与した。
すると、手の平に乗れるほどの小さな人形が動き出した。
「成功だ」
この調子なら、石材でもゴーレムを作れるぞ。
ロンが小型ゴーレムと遊んでいる間、朽ち果てた古い空き家にむかい、レンガを材料にし、同じようにゴーレムを作る。今度はサイズアップしたものだ。
一時間ほどの製作時間を経て完成したゴーレムが、ゆっくりと立ち上がる。
「オオオオウ」
大人の身長よりも大きい。唸り声を上げ、両手を握っては開くことを何度か繰り返した。
「でかいな」
ロンが案山子ゴーレムの肩に乗った気持ちが少しわかる。
よじ登って肩に座ると視界が開け、なんとも言えない爽快感があった。
「うん。これはいい」
指示を与えてゴーレムを動かし、問題がないことを確認する。
そのとき、わぁぁぁん、と大声で泣く声がした。
……アンナか?
ゴーレムから下りてそちらへ行くと、泣いているアンナと他に男の子が数人いた。
「オヤジとかが、バカみたいに騒ぐから気になったけど、絶対ぇ勘違いかなんかだろ!」
「そんなこと、ないもん……」
喉をしゃくらせながら、アンナが一人で男の子たちに言い返す。
「オレはそんなの信じねえし」
肥満ボーイがフンと鼻を鳴らす。
威嚇のように、ぱしぱし、と拳を手の平にぶつけていた。
確かこの子の父は、村長だったはず。
何を揉めているんだ?
「ルーくんは、まほー使えるんだから!」
「うっそだぁ!」
「ほんとだもん!」
と、再度主張したところで、またアンナが大泣きしはじめた。
「何してるの」
「あ、ルーくん……帰ってたの?」
「まあ、そんなところ」
肥満ボーイが見下すように顎を上げた。
「ルシアン、おまえはオレたちと同じ村人なんだよ。魔法なんて使えるわけねーんだよ!」
その発言に、「そうだそうだ」と残りの男子二人が続いた。
「ルーくんは、村人でも、まほーが使える、トクベツなんだからっ」
涙ながらに必死で訴えるアンナが余程おかしかったのか、三人が腹を抱えて笑った。
この肥満ボーイは、いわゆるこの村のガキ大将というやつで、いつも取り巻き数人と威張っている。年は二つ上だった。どうも今回はアンナが目をつけられたようだ。
「アンナちゃん、僕だけじゃなくて、本当はみんなが魔法を使えるんだよ」
「え?」
使えるわけねーだろ、ギャハハ、と何か言うたびに周囲が笑う。
おまえたちの常識では、そうなのだろう。きっと俺は笑われるようなことを言っているに違いない。
だがな。
のしのし、とレンガゴーレムが俺の下へとやってきた。
「「「う、うわぁぁぁぁ!? な、なんだこれぇぇぇぇ!?」」」
驚愕して腰を抜かす男子とは対照的に、アンナは目を輝かせていた。
「おまえたちに見せてやる。魔法を」
指示を出すと、オォォォォ、と唸るレンガゴーレムが両手を組んで振り上げる。思い切り地面を叩きつけると、地響きとともに地面が少し割れた。
「「「…………」」」
例外なくチビったらしい男子たちは、はっと我に返って、
「「「ごめんなざいいいいいいいいいいいいい」」」
大号泣で謝罪し、走って逃げた。
まあ、このへんで許してやろう。
「ルーくん、ありがとう」
「ううん。子供のうちから、魔法が使えないなんて認識だから、本当に魔法が使えなくなるんだ」
それは、幼い頃から自己暗示をかけ続けているようなもの。
「まほー、すごいっ!」
いつかのように、アンナだけがきゃっきゃとレンガゴーレムとそれを動かす俺の魔法を喜んでくれた。




