ゴーレム
放課後、学院の書庫へやってきていた。
『精霊』とやらが何なのか調べようと、記述がありそうな歴史書を開いてはめくり、開いてはめくることを繰り返している。
「なかなかないね」
手伝ってくれているイリーナが、ぱたん、と閉じて元の場所へ本を戻す。
「そうですね」
そこまで信奉しているのなら、少しくらいあってもいいはずだろうに。
「ルシアンくんが使える魔法と、わたしたちが使っている魔法はちょっと違うんだよね?」
「はい」
五〇〇年前の魔法界の人間たちが、旧態依然とした魔法を使い続け、その結果今に至っているものだとばかり思っていた。
だが、試しに使ってみた結果、少し違うことがわかった。
五〇〇年前は確かに精霊は存在しなかった。
だが、『精霊』と呼ばれる何かは、この時代に存在している。
魔力の流れや消費の仕方が、俺の知る精霊魔法ではなかった。
『何か』が、人々の魔法を発動させている――。
「……」
俺の魔法とは違った技術進化を遂げているのであれば、そういう魔法なのだ、と納得もできる。学ぶことも多いだろう。
しかし、ゲルズやソラルのような、業界トップクラスの才能を持つ人間でも、大した能力を示せないあたり、やはりおかしな進化――いや退化と呼ぶべきか――をしてしまったのだ。
教師が言っていたが、精霊の末裔が今の貴族なのだ、というのも引っかかった。
教師や教わる生徒たちは、無邪気にそれを信じているようだが。
棚の背が非常に高いため、俺の背丈では手がまるで届かない。
仕方なく『重力』と風塵魔法を使い、高い位置にある本を引き抜く。
「えっ、と、飛んでる!?」
目撃したイリーナが目を白黒させている。
「はい。そういうこともあるでしょう」
「あるんだ……。そ、そっか」
適当に濁した結果、納得してくれた。
床に座って本を開く。ロンも覗き込んだ。
「ルシアンくん、明日は休日で学院に来なくてもいいんだよ」
「そうでしたか」
ぱらり、とページをめくって、内容に目を通していく。
「無関心がすごい……」
「そういうわけではなくて。お店の手伝いをするつもりなんです」
「あー。そっか……。まだこの町をきちんと見たことがないだろうから、案内してあげようと思ったんだけど」
「お気持ちだけいただいておきます」
残念、とイリーナは口を尖らせた。
町にやってきてはじめての週末。
宿屋は大忙しで、猫の手も借りたいくらいの様子だった。
「ああ、ルシアン、悪いんだがな! 二階の二〇一号室と二〇二号室の掃除を頼む!」
「ちょっとアンタ、ルシアンには厨房の手伝いをお願いしようと思ってたのに」
「んなこと知らねえ。早いもの勝ちだ」
忙しさも相まって、二人ともピリピリしている。
ロンが俺の代わりに手伝いができれば、手分けできるんだが……。
「ロン?」
足元にいるロンが、俺を見上げた。
「そうか……ゴーレムを作ればいいのか」
「「ごーれむ?」」
「ロンロロン?」
夫婦もロンも、俺を見て首をかしげた。
「すみません、少し時間をください」
俺は二人にそう言って、倉庫に入る。
確か、この奥に……あった。
埃をかぶった案山子を発見。こいつに魔法を付与していけば、自動人形ができるはずだ。
迷宮の奥には、財宝や貴重な道具を守るための自動人形がいる。(かつての権力者の墓だった、という説が有力なのだが)墓荒らし対策の一環で、迷宮内に配置されていることがよくあるのだ。
そいつをここに連れて来れればいいのだが、移動に時間がかかってしまう。当時はいたが、今もまだ稼働しているかも不明だ。
それなら、いっそ自作したほうが早いだろう。
昔は畑仕事もしていたらしく農具一式が揃っているので、材料として使わせてもらうことにした。
建物の修復用であろう木材もいくつか拝借する。
『鍛冶』魔法を使い、材料を切り出し、それを人間のような四肢に作り変えていく。
多少動きがぎこちなくても、付与する予定の『支援影法師』があれば、俺の動きを自動的に再現してくれるはずだ。
「ロン、ロン!」
案山子を見たロンが、興奮気味に、尻尾をわっさわっさと振っている。
「すぐに動くようになるからな。もうちょっと待っててくれ」
「ロン!」
関節部分もきちんと稼働するように四肢を作る。
また『鍛冶』魔法を使って、出来上がった四肢を案山子に取りつけ、立ち上がらせる。
「ローン! ロンロンロン!」
俺やロンにとっては、大きすぎる痩せぎすの人形が完成した。
ロンが爪をひっかけ、肩によじのぼる。動け動け、と言いたげに、案山子の顔を前足で叩いている。
「待てよ、ロン。仕上げが残ってるんだ」
『支援影法師』を付与する。
案山子の影がゆらゆらと揺れてぴたりと止まった。本体から魔力を感じると、肩のロンを掴んで腕で抱きかかえた。
そして一歩を踏み出し、倉庫の中を歩き回った。
「よし、成功だ」
見えない糸が案山子の四肢をそれぞれ動かしているかのように、滑らかな動きだった。
「おーい、ルシアン、何してんだ? ごーれむってのは何……だ……?」
戻りが遅い俺をトムソンが呼びにきた。やってきた彼を視認すると、出来立てのゴーレムが一礼する。
「ロン!」とロンが、ゴーレムの代わりに挨拶をするように鳴いた。
「んなっ――、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!?」
「今作った人形……ゴーレムです」
「こ、これが……!? あの埃被ってた案山子か、こりゃ。動いてるぞ?」
「はい。僕が普段している動きを再現してくれます」
「再現? ルシアンの動きを?」
俺はうなずいて、ゴーレムの手を引いて宿屋の二階まで連れてくる。
その両手にモップとはたきを持たせると、俺がいつもしているような動きで部屋の掃除をはじめた。
「うぉぉぉぉぉ!? マジか! き、きちんと掃除してやがる!?」
「僕がやっていることをしてくれるんです」
「ロン、ロロロ!」と、司令塔気取りのロンがゴーレムの頭の上で鳴いている。
「こいつは助かる! ありがとうな、ルシアン!」
トムソンが俺の脇の下に手を入れ、持ち上げる。
完全に子供扱いで、素直に喜びにくい……。
「もう、何よぅ……朝から騒々しいわね……」
別の部屋の扉から、眠そうなソラルが顔を覗かせた。
「ソラルさんも、ここに泊まっているんですね」
「そうよ……」
ふわぁ~、とあくびをひとつ。もう昼前なのだが、まだ眠そうだった。
『高い高い』の状態からおろしてもらうと、トムソンが教えてくれた。
「マクレーン様の口利きでな。ソラルちゃんも学院の講師をする間はここにいるんだ」
「そうなんですか」
二〇一号室の掃除を早々に終えたゴーレムが廊下に出てきた。
「ふぎゃあ!? な、何コレ!?」
仰天しているソラルに構わず、ゴーレムは隣の二〇二号室へ入る。
ゴーレムの頭に乗っているロンが、行け行けーと言いたげに、「ロン、ローン!」と尻尾をばたつかせていた。
「チビちゃんに体が生えたの?」
「ソラルさん、ちゃんと起きて下さい。あと、チビちゃんじゃなくてロンです」
二〇二号室の掃除がはじまったらしく、扉の奥では、ロンの機嫌のよさそうな鳴き声が聞こえる。
「宮廷魔法士だったソラルちゃんでも、驚くのか……」
「あ、あんなの、現代魔法じゃ不可能よっ」
神から与えられた魔法を駆使すると、この程度は朝飯前といったところだ。
思いつけば、もっとすごいこともできそうだな。
「ルシアンはゴーレムと呼んでいるぞ? 働き者のいいやつじゃないか。ゴーレムくんは」
ハハハとトムソンが大笑いする。
「ゴーレム!? 原理が解明されてもいない大昔の兵器よ?」
「戦うことには使わないので安心してください」
「夢? わかったわ。これ、夢なのね?」
ごしごし、と目をこすって、ぱたり、とソラルは部屋に引っ込んだ。
「すげえ代物だったんだな?」
「材料があれば、まだ作れますよ」
「……」
驚きを通り越したのか、主人はほとんど無表情だった。
「僕たちも仕事に戻りましょう」
「お、おう……」
掃除をゴーレムと司令塔のロンに任せ、俺は夫人の厨房を手伝った。




