面倒見がいい
なんとも悲しい現実を目の当たりにしてしまった。
「元宮廷魔法士でも『レジスト』は使ってないんですね」
「そんなことされるなんて思ってないから、使ってないわよ」
フンッ、とソラルは怒ったように、眉根を寄せた。
生徒たちの前で恥をかかせてしまったのが、まずかったようだ。
まだ生徒たちのザワつきが収まらない。
「何が起きたの?」
「さっき先生が言っただろ。妨害されたって」
「でも、ルシアンは魔法を使っただろ?」
「だから、その同時発動ってのをやってのけたから、先生もビビってんだよ」
「けど、ゲルズ先生が、ルシアンは魔法が使えないって言ってたけど」
「今使ったよな……?」
はじめて精霊を意識しながら魔法を放ったが、たしかに少し違う。その精霊とやらの力を感じないわけでもない。
魔力や魔法の制御は朝飯前だから、困ることはなかったが『精霊』とは何者だ……?
まだ機嫌が戻らないソラルは、しかめっ面のまま俺を見つめている。
「騙し討ちのようなことをしたことについては謝ります」
「ようなこと、じゃなくて、騙し討ちだけどね」
初日だというのに、イメージダウンも甚だしく、威厳も大きく損なわれてしまったであろうソラル。
「『レジスト』を使えば、僕の魔法は弾かれてしまうでしょう」
お芝居っぽく大声で言ってみせる。
それもそうだ、と生徒たちは納得したようにうなずいた。
「よくわからない魔法ならまだしも、普通の魔法を使えば、ルシアンの魔法なんて私に触れることもできないんだから」
「じゃあ、もう一度やってみますか」
「や、やらない!」
やらないのか。名誉挽回の機会にするつもりだったのに。
講義終了の鐘が鳴らされ、魔法障壁が解除された。
生徒たちは解散し、ぞろぞろと演習場から校舎内へと戻っていく。
「ソラルさん、どうしてこの学院に?」
「マクレーン様がね。あなたのことが心配だからしばらく様子を見守ってほしいっておっしゃるのよ」
マクレーンには、まだ俺は小さな子供に映るらしい。
「友達もできましたし、困っていることはないですよ」
「そう?」
ソラルが俺を待っているイリーナに目をやる。
「あ、あの、わた、わたし、ルシアンくんと仲良くさせてもらっています。イリーナ・ロンドといいます!」
「よろしく、イリーナさん」
イリーナに笑顔を見せると、俺には心配そうな顔をした。
「困っていることはあるでしょう。イジメとか、そういうの。ないわけないわ。みんなマウントを取って、誰かを見下したいやつらの集まりなんだもの」
そういうやつも多いだろう。だが、イリーナのような子がいるのも確かだ。
「それが心配で、わざわざ特別講師としてこの学院に来てくれたんですか?」
う、と言葉に詰まって、ソラルが顔を赤くした。
「そ、そういうわけじゃないわよ。マクレーン様の家庭教師が落ち着いたから、それで……」
「ソラルさんは、優しいんですね」
ほわわわん、と春の日差しのようなイリーナの笑みだった。
「う、うるさい」
背をむけて、すたすた、と歩いていくソラル。
「次の講義、遅れるわよ」と忠告してくれた。
「ソラルさん、いい子ですね」
「はい」
一緒に校舎へ戻る間、イリーナにソラルとの関係を訊かれ、説明をすることになった。
「ふうん。それでソラルさんと知り合いなんだ?」
「はい。出会ってからこれまで、よくしてくれる恩人です」
「ふふ。ルシアンくんのことを放っておかないんだね。その気持ち、なんとなくわかるなー」
そうなのか? と思い俺は首をかしげる。
「こんなにちっちゃいのに、なんかスゴいんだもん。わたしなんて、まだ何がスゴいのかちゃんとわかってないけど」
それなのに、スゴいと言い切るイリーナだった。




