鍛冶スキルの汎用性
昼休憩中。
講義は一時間ほど休みとなり、昼食をとる時間が設けられている。
空き教室となった場所で、俺とイリーナは時間を過ごしていた。
無駄な時間だ。
腹が減った者は、食事は適当に講義中に済ませればいいものを。
一言一句逃さずに説明を聞いて覚えるなど不可能なのだから、食事をしながら講義を受けてもいいだろうに。
「ルシアンくん、はい、これ食べて」
イリーナが持参していた弁当のふたに、自分の弁当を取り分けてくれる。
「ありがとうございます。でも、いただけません。イリーナさんの分が」
「いいの、いいの。わたしってばダイエット中だから」
これ以上言葉を並べて断るのも野暮だろう。
えへへ、と笑う彼女の厚意に甘えることにした。
ありがとうございます、と俺は小さく頭を下げる。
「あ、フォーク……一個しかないや」
「そうですね」
「わたしのを使って」
「いえ、それには及びません」
『鍛冶』魔法を使い、窓枠の鉄を少し使い、フォークを作る。
「え、ナニソレ」
このままでは窓枠が欠けたままになってしまうので、こちらにも『鍛冶』魔法を使い、鉄を引き延ばしていく。多少強度は落ちてしまうが、すぐ壊れることはないだろう。
「フォークです」
「見たらわかるでしょ、みたいな顔しないで!?」
俺のフォークは変だろうか。実家にあるのとそん色ないと思うが。
「え、え、どうなっちゃったの?」
「窓枠に使われていた鉄を材料に、フォークを作成し、使ってなくなった窓枠の分を、元ある場所から薄く引き伸ばして元に戻しました」
「意味がわからない!」
思ったことをどんどん口に出してくれる少女だ。
なんというか、いい反応をしてくれるので、俺も魔法の使うのが少し楽しい。
「え、何? 何がどうなって……。魔法? マホーぉ? ルシアンくんの魔法ってそんなことができるの?」
「生まれる前に、神様の声が聞こえてこの魔法を授かりました」
少々違うが、本当のことを言って変に混乱させることもないだろう。
びっくり仰天してくれるイリーナ。
「か、神の使いだぁっ!」
いい反応だ。
イリーナが取り分けてくれた鶏肉の炒め物をお手製のフォークで食べる。
うん、美味い。
「る、ルシアンくん、神の祝福を授かってるんだー!?」
「それを祝福だと呼ぶのなら、きっとそうですね」
「納得ー!」
イリーナは混乱と驚愕で、テンションがおかしくなっているらしい。
早く食べないと時間ないですよ、と俺が言うと、イリーナはうなずいて弁当のおかずにフォークを突き刺す。
「……信じられないですよね」
「ううん。そんなことない。他の誰かが言ったら胡散臭いなーって思っちゃうかもだけど……ルシアンくんが言うと、なんかマジっぽいから」
イリーナは、俺のことをずいぶん買ってくれているらしい。
「神の使いだとしても、わたしはルシアンくんの友達だからね」
「……」
イリーナは、まっすぐで正直で、とてもいい子なのだと思う。
俺は、いい人と知り合えたようだ。
「じゃあ、ルシアンくんが村人の子供なのに魔法が使えるのは」
「いえ、神の祝福とは無関係です」
「そうなんだ?」
五〇〇年前に提唱した魔法理論をイリーナなら信じてくれるだろうか。
「話半分で構わないので、聞いてほしいのですが……」
と前置きすると、真面目な顔でイリーナはうなずく。
俺は、昔からの考えをイリーナに説明した。
「えっと……うんと、難しいからよくわからなかったんだけど、そのナントカが人にはあって」
「魔力器官です」
「そう、それ。それが、魔法を使うときに働くから、精霊は一切かかわりがない、と」
「はい」
ううん、と考えるようにイリーナは唸って、手を顎のあたりに添える。
「ルシアンくんが、廊下で見せてくれた魔法は、呪文を唱えなかったし、ゲルズ先生と戦ったときも、何かの力……あれは魔法だったんだよね? それを使っていたのはわかった。だから、その説明は、すごく腑に落ちた」
ほっと、俺は胸をなでおろした。
「理解を得られてよかったです」
この世界の常識だと、信じている神を否定しているようなもの。
俺の説が受け入れられない場合は、イリーナと疎遠になった可能性もなくはなかった。
「ルシアンくんの話だと、精霊の血を引く者でなくても魔法が使えるってことだよね」
「はい。僕が実践している通りです」
「じゃあ――精霊学で教わった精霊の血縁って何? 現在では貴族たちが血を引いていて、わたしたちはその末裔。だから精霊に魔法を使わせてもらえる……」
「それは僕にもわかりません。けど、色んな人が魔法を使えたほうが、人も町も豊かになります。魔法は一部の人間の手にあるべきものではありません」
「ルシアンくんは、偉いね。魔法を上手く使おうとか、魔法知識を得ようとか、自分のことしか考えていないわたしは、なんだか恥ずかしくなったよ」
「そんなことないです」
前人生の俺が、まさしくそうだった。
「『精霊』が何なのか突き止めるために、僕もきちんと勉強します」
「お互い頑張ろうね!」
昼食を食べ終えると、俺は『鍛冶』魔法を使ってフォークを鉄にして元の窓枠に戻した。
「便利だねそれ!?」
やっぱりいい反応をしてくれるイリーナだった。




