規格外の子を授かる
眩しい。
目に入り込んだ光が強く、俺は目を細めた。
その視界の隅で、小さな手が見えた。
かつての俺の手ではなく、弱々しく柔らかそうな手だ。
どうやら、転生は成功したようだな。
「ルーくん、起きちゃった?」
優しそうな美女が俺を抱き上げた。
温かくてほんのりと甘い匂いがする。
ゆっくりと揺らされると、眠気が襲ってきた。
「どうだ、ルシアンの様子は」
「起きちゃったけど、まだ眠そう」
ふふふ、と女性が笑い、男性も笑う。二人とも幸せそうだ。
どうやらこの男女が俺の両親で、俺の新しい名前はルシアンらしい。
「しかし、もっと赤ん坊は泣くものだと思ったんだが」
「お医者さんも首をかしげてて……でも、健康なことには変わりないからって」
「珍しい子もいるもんなんだなぁ。もしかすると、天才かもしれないぞ」
父が言うと、くすりと母が笑った。
「あなた、早くも親バカね。何だっていいわよ。体が丈夫できちんと育ってくれれば」
両親の後ろにもう一人、中年女性がいた。
「どの夫婦も鑑定前は、みんな似たようなことを言うもんさ」
くつくつ、と中年女性が控えめに笑った。
「ルシアンは、どんな仕事に適性があるのかしら」
「もしかすると、大魔法使いの適性があったりしてな」
親バカだねぇ、と中年女性は笑う。
「あんたたちは貴族と血縁関係でもないじゃないか」
なるほど。赤ん坊のときに適性鑑定を行えば、将来何になれるのか、どの道に進めばいいのかという指標になる。寄り道をしないで済むということか。
鑑定士らしき中年女性に手をかざされた。嫌な気配はない。
黙って待っていると、魔力の気配を感じた。
「いくよ――」
魔力が俺の体を包み、淡く光った。
「ど、どうでした……!?」
「ちょっと待っておくれ」
じい、っと女性に凝視される。
体内まで見透かされるような気分になった。
俺のことを視ようとしているのか。
「ううん? よく視えない……?」
俺は勝手に能力を透視されないように『隠蔽』の魔法を使っている。
それが今も有効なのであれば、俺の能力は引き継がれていると思っていいだろう。
自分に鑑定魔法を使ってみると、なるほど、神の祝福とやらが何なのかわかった。
前回の人生でまるで興味がなかった『鍛冶』『創薬』『空間』『重力』『付与定着』など、様々な魔法が使えるようになっている。
最たる贈り物はこれだ。
『神の加護』(あらゆる不運を回避する)。
不治の病は、確かに不運と言えば不運だろう。同じことを繰り返さないように、という配慮かもしれない。
「これが祝福か」
ぽつりと言うと、三人は会話をやめて、こっちを見る。舌が上手く動かせないが、どうにか話せた。
「しゃ、べった……?」
「空耳よ、きっと」
「今この体で、どんな魔法が使えるのか――」
「「「…………しゃべった?」」」
じ、とこっちに視線を注がれるが、構うことはない。いずれ知られることだ。
今のところ、この体に筋力はないに等しい。……では、これはどうだ。
『支援影法師』
たとえば、怪我などによって自分では動くのが困難なとき、影が自身のいつもの動きを再現してくれる魔法だ。
俺は『支援影法師』の魔法で立ち上がる。
よし、問題なく魔法が使えるな。
「「「…………立った……」」」
時が止まったように、目を点にしている三人が固まる。
これは可能、と。
「父母よ。これしきで驚いてもらっては困る」
「「「しゃべってる! やっぱりしゃべってる!?」」」
「人間一人を育てることは、多大な苦労があると思うが、これからよろしく頼む」
俺はベビーベッドの中で深々と一礼した。
「礼儀正しい!?」
「発言が大人目線!?」
たたらを踏むように後ずさりした鑑定人が、尻もちをついた。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁあああ!?」
腰を抜かすほどとは。
こんなに驚かすつもりはなかったのだが。
「……立ったのがマズかったようだな」
「いやいや!」
「全部全部!」
とはいえ、腰を下ろしてもまだ自分では座っていることすらままならない。
首もふにゃふにゃで、まだ据わってないらしい。
俺は『支援影法師』を発動させたまま、ベッドの上であぐらをかく。
「か、母さん……。生後三日なのに……座り姿が……」
「え、ええ……。座り姿に威厳を感じるわ……」
「自分の食い扶持は自分でどうにかする」
「母さん! ルシアンが旅の武芸者みたいなこと言い出したぞ!」
『支援影法師』が使えるのなら、こちらも問題ないはず――。
さっそく授かった魔法のひとつ、『重力』を発動させる。
ふわりと体が浮いた。
ふむ。任意の重力に調整できるようだ。これは便利だな。
「宙に浮いてる!?」
「か、可愛い!?」
混乱しているのか、よくわからない反応を母がしている。
「移動するのならこちらのほうがいいな」
衝撃が強すぎたのか、鑑定人の女は白目を剥いてぶっ倒れた。
転生魔法は、親を選べない。
だが、いい両親のようで安心した。