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勉強不足


 ライナスも俺とイリーナと同じクラスだったらしく、三人揃って後ろ側の扉から教室へと入る。

 中では、四〇名ほどの少年少女がずらりと席について、教師の話を聞いたり、メモを取ったりしている。


「ルシアンくん、こっちこっち」


 イリーナが空席を見つけてくれたので、そこへ座る。


 くッ。足が届かない……! この幼児体型め……!


 俺が屈辱に震えていると、「またあとでな」と、ライナスは別の空席のほうへ向かっていった。


「男の子も女の子も、いーっぱいいるでしょ?」

「そうですね」

「こんなにたくさんの子供たちを見るのは、はじめて?」


 田舎者扱いをされていたのは少し気になるが、転生してからは、数十人の少年少女を一度に見るのははじめてなので、うなずいておいた。


「みんな、まだ入って一か月なんだ。だからルシアンくんとそれほど離れてないからね」


 俺のように、途中から編入してくる生徒は珍しいらしい。

 はい、これ、とイリーナが教科書を俺にも見せてくれる。


「今は精霊学の授業なの」


 精霊学……。

 何を精霊と呼んでいるのか、興味がある。

 しばらく教師の話を聞くとしよう。


「基本的に魔法とは、精霊の能力を呪文を通じて呼び出すものです。その対価として術者の魔力がエネルギーとして消費していきます」


 出た出た。

 精霊の必要性を説く輩は、魔法を目に見えない者の力だと主張しようとする。この時代でも、同じことを考える輩は一定数いるようだ。


 実際どうしてそうなるのか――問い質せば理屈なんて話せないのである。


 何かあれば挙手を、と男性教師が言うので、俺は手をあげた。


「……君は……」

「よろしいですか」

「うん。なんだい?」

「先生は、精霊を目にしたことはあるのでしょうか?」

「いや、ないが?」


 それがどうした、と言わんばかりの態度だった。


「目にしたことがないのに、どうして精霊の能力だとわかるのでしょう?」

「魔法とはそういうものだからだ。古の時代から、彼ら精霊の血を引いたとされる末裔が我々なのです」


 誰だ、そんなデタラメを広めた輩は。

 古の時代? 五〇〇年前にはそんな話を聞いたことはなかった。


「祖たる精霊に血縁者が呼びかけ、一時的に能力を呼び出す――これが魔法です」


 こんなことを魔法学院で教えているから、純血思想がはびこり差別意識が蔓延するのだ。


 俺の知らない五〇〇年の間に、魔法界に何が起きたんだ?


 リュックからペンとメモ帳(布切れを集めたもの)を出して、机に置く。


「……」


 く。机と背丈が合わない……!


 思わず眉間に皴ができてしまう。

 俺が屈辱に震えていると、イーリスが笑いを堪えていた。


「ふふ……か、かわ……いい……っ。あ、あんなに強いのに……」


 ちんまりと収まる俺の体と、それに不釣り合いな机と椅子は、さぞかしおかしかったのだろう。


「ちゃんと真面目にメモしようとして、偉い偉い」

「当然です。お金を払って通っているんですから」

「ま、そうなんだけどねー」


 ぽんぽん、とイリーナが膝を叩く。


「ここならちょうどいいかもだよ?」


 試しに膝を借りて机に向かう。

 ぴったりだった。


「しばらく、膝の上を借ります」

「はい、どうぞ」


 考えをまとめるために、メモをしていく。


 いつからか魔法界では『魔法を使える者は精霊の末裔で血縁者である』という考えが持ち上がり広まった。そしてその末裔が貴族だという――。


 前人生のときから、魔法を使うためには精霊が絶対必要だと言い張る輩がいたのは確かだ。

 それを俺が精霊不要、精霊不存在説を唱え、立証した。


 力を魔法に変換するための体内器官の一種を発見したことが、それらを否定するに至った大きな理由だった。俺はそれを魔力器官と名付けた。


 魔力器官が大きければ、魔力の変換効率もよく、扱える魔法の種類が多くなる。

 小さければ、その逆。使える魔法がかなり限定されてしまう。


 一般的に大きさは不変であり、生まれついてそれは決まっている。

 魔力器官の大小が、先天的な魔法の才能といえた。

 調べた結果、努力次第で後天的に大きくすることも可能だとわかった。


 ……ともかく。

 魔力器官の働きによって魔法は発動する――決して精霊頼みではない。

 という説を立証したので、広まるはずだったのだが……。


 教師が説明を再開する。


「魔法とはもとを糺せば、まじないの一種。四大精霊――火、水、風、土……彼らに祈りを捧げるための陣……すなわち魔法陣があり、祈りの言葉である呪文を唱えて、魔力を糧として精霊の能力とされる魔法が発現します――」


 この時代の常識では、そういう解釈のようだ。


 俺の知っている精霊であれば、彼らはいないし、その呼びかけも無駄なことだ。

 だが、俺の知らない何かを『精霊』と呼んでいるのなら、話は違ってくる。


 何がどう違うのか、現代魔法をきちんと学ぶ必要があるな。


『精霊』の存在を信じている人たちに、不存在説を提唱しても受け入れてもらえるとは思えない。

 ソラルがいい例だ。

 魔力器官のことはいまいち理解してもらえなかったので、ここにいる人たちに教えてもきっと無駄だろう。

 さて。俺の理論をどう広めたらいいものか。


「はい」


 教師の説明を遮り、俺は挙手をした。


「またか。……なんだね」

「本来であれば、魔法陣が必要なのですか?」

「ああ、そうだ。慣れれば呪文を唱えると魔法陣が展開できるようになる。だが、慣れないうちは手書きをすすめている」


 旧常識派の言い分は確かこうだったな。


「『魔法を行使するために魔法陣が必要』なのであれば、それは精霊と交わす対等契約の一種です。『能力を呼び出す』ではなく『精霊を介して魔法を使う』となります」


「何が言いたい。魔法を使うことに、変わりはないだろう?」


 正しい知識と正しい理解を持った上で、はじめて本来の力が発揮される。

 五〇〇年前の魔法知識の基礎だ。


「細かいニュアンスが違えば、発動する魔法に影響が出る、と言っているんです」


「これは、精霊学における基礎知識だ。はじめて授業を受けるのか何か知らないが、それはこの魔法界の理だ。今さら何を言うか。もっと勉強したまえよ」


 小馬鹿にしたように、教師が鼻で笑う。生徒たちみんなは、俺の主張にぽかんとしていた。


「やってみせたほうが早い。イリーナさん、いつも通り魔法を使ってください」

「わたし?」


 いいけど、とイリーナが立ち上がり、使い慣れているらしい魔法を発動させた。


「火の精霊……この理、我が呼びかけに応じ給え――『ファイア』」


 上に向けた手の平に、ボホォと炎の塊が現れて、すぐに消えた。


「こんな感じでいいの?」

「はい。ありがとうございます。今度は、対等な契約者の意識を持って、魔法を」

「あ、うん。……契約者、契約者……対等……」


 ぼそっと言いながら、イリーナは何か考えるように目をつむった。


「火の精霊……この理、我が呼びかけに応じ給え――『ファイア』」


 やはり――。


「お、おい……魔法陣が」

「魔力の流れが、さっきよりも段違いにスムーズだ!」


 同じようにイリーナは魔法を発動させた。


 ――ボフォォォォン!


 爆音と同時に、イリーナの手の平に巨大な火炎の華が咲いた。


 熱波が教室内を走り、空気を焼く。


 近くにいた数人の生徒が、驚いて椅子からひっくり返っていた。


「――う、嘘だろ……」

「あれって……上級魔法の『フレイア』じゃ」

「でも、今確かに『ファイア』って唱えたよな?」


 一番驚いていたのはイリーナで、目を点にして何度も瞬きをしていた。


「す、すごい……」


 ぺたん、と座り込んでしまった。


「魔法は、正しい知識と正しい理解を持った上で、はじめて本来の力が発揮されます」


 みんなが納得したようにうなずいて、その言葉をメモにしていた。


「嘘だ。精霊との対等契約? たったそれだけで……?」


 教師も目を剥いて口を半開きにしていた。


「先生も、少々勉強不足だったようですね」


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